2017年05月27日

大道寺将司死去

 法務省は24日、8人が死亡した1974年の三菱重工ビル爆破を含む連続企業爆破事件で殺人などの罪に問われ、死刑が確定した「東アジア反日武装戦線」の大道寺将司死刑囚(68)が同日午前、東京拘置所で多発性骨髄腫のため死亡したと発表した。2010年に病気が判明し、抗がん剤治療を受けていたという。

 確定判決によると、大道寺死刑囚は71〜75年に計14件の爆破事件に関与。74年8月に東京・丸の内の三菱重工本社ビル前で爆弾を爆発させた事件では、8人が死亡、165人が重軽傷を負った。

 一審東京地裁は79年、「犯罪史上例のない残虐、凶悪、卑劣な犯行」として死刑を言い渡し、東京高裁も被告側の控訴を棄却。最高裁が87年に上告を棄却し、死刑が確定した。

 その後、大道寺死刑囚は「爆弾の威力は予想を超えたもの」などとして再審請求したが、最高裁は08年に再審開始を認めない決定をしていた。(時事通信、2017.5.24)





<参照>
ウィキペディア 大道寺将司
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2017年04月18日

渡部昇一逝去

 本紙正論メンバーで第1回正論大賞を受賞した英語学者・評論家で上智大名誉教授の渡部昇一(わたなべ・しょういち)氏が17日午後1時55分、心不全のため東京都内の自宅で死去した。86歳だった。葬儀・告別式は親族で行う。喪主は妻、迪子(みちこ)さん。後日、お別れの会を開く。ここ数日、体調を崩していた。

 昭和5年、山形県鶴岡市生まれ。上智大大学院修士課程修了後、独ミュンスター大、英オックスフォード大に留学。帰国後、上智大講師、助教授をへて教授に。専門は英語学で、「英文法史」「英語学史」などの専門書を著した。

 48年ごろから評論活動を本格的に展開し、博学と鋭い洞察でさまざまな分野に健筆をふるった。51年に「腐敗の時代」で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。同年に刊行された「知的生活の方法」は、読書を中心とした知的生活を築き上げるための具体的方法を論じ、100万部超のベストセラーとなった。

 57年の高校日本史教科書の検定で、当時の文部省が「侵略」を「進出」に書き換えさせたとする新聞・テレビ各社の報道を誤報だといちはやく指摘し、ロッキード事件裁判では田中角栄元首相を擁護するなど論壇で華々しく活躍。一連の言論活動で「正確な事実関係を発掘してわが国マスコミの持つ付和雷同性に挑戦し、報道機関を含む言論活動に一大変化をもたらす契機となった」として60年、第1回正論大賞を受賞。東京裁判の影響を色濃く受けた近現代史観の見直しを主張するなど、保守論壇の重鎮だった。平成27年、瑞宝中綬章。主な著書に「日本史から見た日本人」「ドイツ参謀本部」など。フランシス・フクヤマ「歴史の終わり」など翻訳も多数手がけた。(産経新聞、2017.4.18)


 本多勝一とか佐高信の本を読んでいるとしょっちゅう名前が出てくる渡部昇一。その政治思想がいいか悪いかは別として、安倍政権のブレーンのなかでは最大の人物だったと私も思います。ご冥福をお祈りします。


<参照>
ウィキペディア 渡部昇一
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2017年03月28日

関根元死去

 1993年に埼玉県の愛犬家ら男女4人が殺害された事件で、殺人などの罪で死刑が確定した元犬猫繁殖販売業、関根元死刑囚(75)が27日、東京拘置所で死亡したことが関係者への取材で分かった。病死とみられる。

 判決によると、関根死刑囚は93年4〜8月、犬の販売をめぐるトラブルから、会社役員の男性=当時(39)=に猛毒入りカプセルを飲ませるなどして4人を殺害。一、二審は死刑を言い渡し、2009年6月に最高裁が上告を棄却し、確定した。

 関係者によると、昨年11月に体調を崩し、治療を受けていたが、27日早朝に死亡したという。(時事通信、2017.3.27)


 埼玉県で平成5年、愛犬家ら4人が相次いで殺害された事件で、殺人や死体損壊罪などで死刑が確定した元犬猫繁殖業、関根元・死刑囚が27日、収容先の東京拘置所で死亡した。75歳。関係者が明らかにした。

 関係者によると、昨年11月、拘置所内で心臓発作を起こし、外部の病院に救急搬送された。その後、拘置所内で治療を受けていた。

 関根死刑囚は元妻の風間博子死刑囚(60)と共謀して5年、犬の高額売買をめぐる金銭トラブルから埼玉県行田市の男性会社役員=当時(39)=ら3人に猛毒の硝酸ストリキニーネ入りカプセルを飲ませるなどして殺害し、遺体を切断、焼却して捨てた。関根死刑囚はさらに、行田市の主婦=当時(54)=も同様に毒殺し、遺体を遺棄した。

 1、2審ともに死刑判決を受け、最高裁も平成21年6月、「いずれの犯行も計画的で動機に酌量の余地はない」「冷酷無慈悲で悪質極まりない」などと指摘して上告を棄却、死刑が確定した。

 関根死刑囚は「犯行は元妻が主導した」、風間死刑囚は「一部の遺体損壊や遺棄に関与しただけで、(元夫に)利用された」と主張していた。(産経新聞、2017.3.27)


<参照>
ウィキペディア 埼玉愛犬家連続殺人事件
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2017年03月16日

渡瀬恒彦逝去

 映画「仁義なき戦い」やドラマ「十津川警部」シリーズなどで知られる俳優の渡瀬恒彦(わたせ・つねひこ)さんが14日午後11時18分、多臓器不全のため東京都内の病院で死去した。72歳だった。島根県生まれ、兵庫県出身。葬儀は親族のみで行う。喪主は妻い保(いほ)さん。

 早大除籍後の1970年、東映映画「殺し屋人別帳」の主演でデビュー。「仁義なき戦い」シリーズなど東映の実録路線作品に数多く出演。「セーラー服と機関銃」や「南極物語」などの作品でも存在感のある脇役を務めた。

 テレビドラマでは、83年のNHK連続テレビ小説「おしん」、2007年の同「ちりとてちん」に出演。「十津川警部」「おみやさん」「タクシードライバーの推理日誌」など、数々のサスペンスシリーズで主役を務めた。

 06年から続く連続ドラマシリーズ「警視庁捜査一課9係」では、人情味あふれる係長を好演。硬軟織り交ぜた幅広い演技で親しまれた。

 兄は俳優の渡哲也さん。1973年に女優の大原麗子さんと結婚したが、5年後に離婚した。所属事務所によると、15年から胆のうがんで闘病中だった。今年2月中旬に肺気胸を発症して入院し、今月になって敗血症を併発していたという。(時事通信、2017.3.16)


 ご冥福をお祈りします。
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2017年02月23日

鈴木清順逝去

 独特の映像世界で知られる映画監督の鈴木清順(すずき・せいじゅん、本名清太郎=せいたろう=)さんが13日午後7時32分、慢性閉塞(へいそく)性肺疾患のため東京都内の病院で死去した。93歳だった。東京都出身。葬儀は近親者で行った。喪主は妻崇子(たかこ)さん。

 旧制弘前高校卒業後、松竹に入社して助監督に。日活に移籍し、1956年に「港の乾杯 勝利をわが手に」で本名で監督デビューした。58年から清順と名乗り、アクション映画を連作。独特の色彩感覚や演出で人気を集め、「流れ者には女はいらねえ」のせりふが流行した「東京流れ者」や、バンカラな旧制高校生を描いた「けんかえれじい」などがヒットした。

 67年、宍戸錠さんが主演し、後にカルト的な人気を集める「殺しの烙印(らくいん)」を撮るが、「分からない映画」として日活が上映を中止し、専属契約を解除された。その後の裁判闘争で映画が製作できず「幻の監督」と呼ばれたが、和解後の77年、「悲愁物語」で10年ぶりに復帰した。80年の「ツィゴイネルワイゼン」はベルリン国際映画祭で審査員特別賞を受賞。その後手掛けた「陽炎座」「夢二」を合わせ「大正浪漫3部作」と呼ばれた。2005年の「オペレッタ狸御殿」はカンヌ国際映画祭に特別招待された。

 テレビアニメ「ルパン三世」の監修を手掛けたほか、白いあごひげを蓄えた仙人風の容貌で、NHK連続テレビ小説「青春家族」やフジテレビ系ドラマ「美少女仮面ポワトリン」などに俳優として出演した。

 元NHKアナウンサーの鈴木健二さんは実弟。(時事通信、2017.2.22)


 ご冥福をお祈りします。
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