2018年06月17日

第86回ルマン24時間耐久レース

 世界3大自動車レースの一つ、伝統の第86回ルマン24時間耐久レースは17日午後3時(日本時間同日午後10時)、フランス・ルマンのサルテ・サーキット(1周13.626キロ)で決勝のゴールを迎え、TS050ハイブリッド2台で臨んだ最高峰LMP1クラスのトヨタ勢は、8号車の中嶋一貴、フェルナンド・アロンソ(スペイン)、セバスチャン・ブエミ(スイス)組が388周を走破してトップでチェッカーフラッグを受け、トヨタ勢として通算20度目の挑戦で初の総合優勝を果たした。

 7号車の小林可夢偉、ホセマリア・ロペス(アルゼンチン)、マイク・コンウェイ(英国)組が2周差の2位に入り、トヨタが1、2位を占めた。

 日本メーカーのルマン制覇は1991年のマツダ以来、2例目。日本人ドライバーの総合優勝は、95年にマクラーレンF1GTRに乗った関谷正徳、2004年にアウディR8に乗った荒聖治以来、3人目となった。

 予選で8号車が1位、7号車が2位のトヨタ勢は決勝で何度か順位を入れ替えながらも、ワンツー態勢で独走。3位以下に大差をつけ、悲願を達成した。

 今回のルマンは世界耐久選手権(WEC)の18〜19年スーパーシーズンの第2戦。次回のルマンはシーズン最終戦として19年6月に行われ、トヨタには連覇のチャンスがある。(時事通信、2018.6.17) 


 トヨタがついに快挙達成。おめでとうございます。


<参照>
ウィキペディア ル・マン24時間レース
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2018年06月15日

2018FIFAワールドカップロシア大会開幕

 ロシアで初開催となるサッカーの第21回ワールドカップ(W杯)が14日、モスクワで開幕した。開催国ロシアと各大陸予選を勝ち抜いた計32チームが参加。7月15日の決勝まで計64試合の熱戦を繰り広げる。

 初日はルジニキ競技場で開幕戦が行われ、ロシアがサウジアラビアに5−0で快勝した。試合に先立ち、開会式では英国の人気歌手、ロビー・ウィリアムスさんらが歌を披露。元ブラジル代表のロナウド氏も登場し、8万人を収容する会場を盛り上げた。

 6大会連続6度目出場の日本は1次リーグH組に入り、19日午後3時(日本時間同9時)にサランスクでコロンビアとの初戦に臨む。24日にはエカテリンブルクでセネガルと、28日にはボルゴグラードでポーランドと対戦。

 4月から指揮を執る西野朗監督の下、2010年南アフリカ大会以来、2大会ぶりの決勝トーナメント進出を目指す。(時事通信、2018.6.15) 


<参照>
Yahoo! JAPAN 日程・結果 - ロシアワールドカップ -
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2018年05月10日

清宮幸太郎初本塁打

 プロ野球日本ハムの新人、清宮幸太郎内野手(18)が9日、京セラドーム大阪で行われたオリックス戦に5番一塁で出場し、二回に先頭打者でディクソン投手からプロ入り初の本塁打を放った。これが先制点となり、8−2の勝利に貢献した。

 清宮は東京・早稲田実高で高校歴代最多とされる通算111本塁打を放ち、昨秋のドラフトで7球団が競合した末に1位で日本ハムに入団した。

 3月に腹膜炎を患って入院したため開幕1軍を逃したが、今月2日の楽天戦(札幌ドーム)で1軍デビュー。初打席の二塁打から毎試合安打を続け、7試合24打席目で待望の1号を右翼席中段へ放り込んだ。この一発がプロ初打点となった。

 清宮は試合後「(バットの)芯だったので、いったかなと思った。今までたくさん打席を経験させてもらい、一日一日成長できている」と語った。 

 ◇清宮幸太郎の略歴

 清宮幸太郎(きよみや・こうたろう)東京北砂リトル時代に13歳で12年リトルリーグ・ワールドシリーズに出場し、エース兼主砲として優勝。東京・早稲田実高では甲子園に2度出場し、1年夏に2本塁打を放った。歴代最多とされる高校通算111本塁打を誇る。184センチ、102キロ。右投げ左打ち。18歳。父の克幸氏はラグビーのヤマハ発動機監督。(時事通信、2018.5.9)
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2018年04月09日

ハリルホジッチ監督解任

 6月14日開幕のW杯ロシア大会に出場する日本代表のバヒド・ハリルホジッチ監督(65)が電撃解任される可能性が高まった。9日の日本協会の常務理事会後に指揮官の去就に関する緊急記者会見が開かれる。W杯出場決定後の監督交代となれば、日本サッカー史上初となる。後任候補には西野朗技術委員長(63)らの名前が挙がっている。

 空中分解寸前の状況に陥っている日本代表が重要局面を迎えた。6月14日のW杯開幕まで66日。複数の関係者の話を総合すると、日本協会の技術委員会は、3月のベルギー遠征後にハリルホジッチ監督の手腕を検証して解任する方針を確認。9日の常務理事会で承認されれば、その後に会見を開き発表する見通しだ。ハリルホジッチ監督にはコートジボワールを率いた10年にW杯南アフリカ大会開幕まで3カ月余りの時期に解任された過去があり、自身2度目の悲劇となる。

 ハリルホジッチ監督は15年3月に就任。昨年8月31日にはW杯アジア最終予選オーストラリア戦でW杯出場権を獲得したが、その後低迷。欧州組を招集した試合は1勝1分け4敗で、3月のベルギー遠征ではW杯出場権のないマリに引き分け、ウクライナには完敗した。国内組で臨んだ昨年12月の東アジアE―1選手権ではホームで宿敵・韓国に1―4で惨敗している。

 細かい戦術のない縦一辺倒の攻撃に選手からは疑問が出ていた。レスターのFW岡崎を招集しない選考基準にもチーム内から不満が噴出。ハリルホジッチ監督は「問題は内部で解決する。外部に対する発言は良くない」とかん口令を敷く方針を示したが、多くの選手が報道陣に対して堂々と采配批判ととれる発言を繰り返した。

 この非常事態を受け、日本協会はスタッフを主力選手のもとへ派遣。指揮官の評判を集めたが、否定的な回答が多かった。視聴率低下など人気低迷によるスポンサー側の不満もあり、解任は不可避と判断したもようだ。日本協会の西野技術委員長はベルギー遠征後に「もう猶予はない。各国が与えられた準備期間は等しいので、画期的に好転していくようなことを考える必要がある」と語っていた。

 後任の有力候補は西野技術委員長。柏、G大阪などでJ1歴代最多通算270勝を誇り、96年アトランタ五輪ではブラジルを破る「マイアミの奇跡」を演出した。16年3月から現職でチームに同行しており、内情を把握していることも強みだ。一方で20年東京五輪に出場するU―21日本代表の森保一監督にA代表を兼任させるプランもある。6度目のW杯を前に日本協会が賭けに出た。

 ◆西野 朗(にしの・あきら)1955年(昭30)4月7日生まれ、埼玉県浦和市(現さいたま市)出身の63歳。浦和西高、早大、日立でプレー。攻撃的MFで日本代表として12試合1得点。90年に現役を引退。96年のアトランタ五輪では監督として28年ぶりに日本を本大会に出場させた。98〜01年柏、02〜11年G大阪、12年神戸、14〜15年名古屋と監督を歴任。16年3月に日本サッカー協会の技術委員長に就任した。(スポニチ、2018.4.9)


 本番2カ月前に解任となったハリルホジッチ。私も岡崎を招集しないのは疑問ですが、だからといってスポンサーと選手が監督を追い出すのは最悪だと思います。
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2018年04月04日

大谷翔平メジャー初本塁打

 米大リーグは3日、各地で行われ、エンゼルスの大谷はインディアンス戦に8番指名打者で臨み、メジャー初本塁打の3ランを含む4打数3安打3打点と活躍した。3月29日の開幕戦に続き打者では2試合目の出場で、本拠地デビュー戦で初本塁打、初打点をマークした。エンゼルスは13−2で大勝した。

 ダイヤモンドバックスの平野はドジャース戦の八回に2番手で投げて1回無失点。試合は6−1で勝った。パドレスの牧田はロッキーズ戦の九回に3分の2回を投げて1失点。チームは8−4で勝利。

 マリナーズのイチローはジャイアンツ戦で出場機会がなかったが、チームは6−4で勝った。(時事通信、2018.4.4)


 <エンゼルス13−2インディアンス>◇3日(日本時間4日)◇エンゼルスタジアム

 エンゼルス大谷翔平投手(23)が、本拠地初打席で移籍後初ホームランを放った。

 1回2死満塁で打席がまわり、4球目に相手の暴投で二、三塁へと状況は変わったが、カウント2−2から74マイル(約119キロ)のカーブを右翼スタンドへ運んだ。「フェンスに当たるかなと思って走っていたので、入ってくれてうれしかったです」。ダイヤモンドを一周してベンチへ戻ると、チームメートたちが大谷に視線を向けることもなく、まったく出迎えないサプライズ演出もあった。これは「サイレント・トリートメント」というメジャーではおきまりの儀式。大谷は「わからなかったですね。でも(ベンチに)行ったときには“こういうやつ”なのかなと思った。うれしかったです」と笑った。

 エンゼルスによると、初勝利を挙げた選手が、その後2日以内に打者出場した試合で最初の打席に本塁打を放つのは、1921年6月13日、14日のベーブ・ルース以来だという。大谷は「すごい光栄なこと。今日よりこの先の方が大事になるんじゃないかなと思う。(バットを)振れているうちはいいですけど、いろんな投手が出てきて、自分のスイングができないときに、どういう風に超えていくのかが大事だと思う。今日はよかったですけど、次に向けて練習したいと思います」と話した。

 3回には右前打、8回には中前打を放ち、猛打賞も記録。2日前の4月1日(日本時間2日)に初登板初勝利を挙げたばかりだが、立て続けの大活躍。それでも本人は「まだ成し遂げてはいないですし、始まったばかり」と気を引き締めた。(日刊スポーツ、2018.4.4)


 本拠地でいきなりホームラン・猛打賞を放った大谷。オープン戦の不調が嘘のように投打で活躍する姿を見ると、本人は徹底して結果よりメジャーに適応することを主眼に置いていたんでしょう。

 私が特に気になったのは投手として出場した際にフォーシームを投げまくっていたこと。相手打者に「綺麗な球筋だから打てる」と断言されていたにも関わらずしつこく投げ続けるので意固地になっているのかと思ったんですが、開幕してみると決め球のスプリットを多投し見事初勝利を収めました。

 高卒後いきなり渡米という方針を撤回。日ハムで実績を残してメジャーでも二刀流ができる立場を自ら勝ち取り、最高の条件でエンゼルス入りした経緯からして大谷はかなりの戦略家といえます。

 「天才」という一言で片付けられ勝ちですが、学生時代から具体的に目標を設定してそれに向かって考えながら努力するプロセスを繰り返してきた人なのでメジャーでも夢を叶えると思います。ベーブ・ルース以来のシーズン二桁勝利・二桁本塁打なんてリアリティラインの崩壊したマンガにしか見えませんけど。


<参照>
THE PAGE 大谷翔平の可能性と課題。「動かないボール」問題をどう克服するのか?
posted by リュウノスケ at 23:06| Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする