2017年01月31日

中村雅哉逝去

 ナムコ(現バンダイナムコホールディングス=HD)の創業者で、人気ゲーム「パックマン」を世に送り出したことで知られるバンダイナムコHD最高顧問の中村雅哉(なかむら・まさや)氏が22日午前3時42分、死去した。91歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者で行った。後日、お別れの会を開く予定。バンダイナムコHDが30日、発表した。

 1955年にナムコの前身となる中村製作所(東京)を設立し、社長に就任。全国各地の百貨店の屋上などで遊戯施設の開発や運営を手掛けた。

 77年に社名をナムコに変更し、業務用ゲーム機や家庭用ゲームに業容を拡大。80年に世界中でヒットしたゲーム「パックマン」を世に送り出した。海外では「パックマンの父」として知られている。

 資産家としても知られ、映画会社の「日活」やハロゲンランプメーカーなどの企業買収も活発に行った。

 2005年にはナムコとバンダイの経営統合で発足したバンダイナムコHDの最高顧問に就いた。(サンスポ、2017.1.30)


 ゲームの開発などを行う会社の創業者で、世界的な人気ゲーム「パックマン」を世に送り出したことで知られる中村雅哉さんが、今月22日に亡くなりました。91歳でした。

 バンダイナムコホールディングスによりますと、中村雅哉さんは昭和30年にナムコの前身となる中村製作所を設立し、遊戯施設の運営や家庭用ゲームソフトの開発などを行ってきました。
昭和55年に発売を始めた「パックマン」は世界的な人気となり、中村さんは海外でも「パックマンの父」と呼ばれていたということです。

 「パックマン」は、迷路の至る所に配置されたクッキーを、追いかけてくるゴーストを避けながら食べていくゲームで、カラフルな愛らしいキャラクターも人気を呼んで、「最も成功した業務用ゲーム機」として、ギネス世界記録に認定されています。

 中村さんはゲームや映像業界の発展にも尽力し、経営統合して発足したバンダイナムコホールディングスの最高顧問に就任していましたが、今月22日に91歳で亡くなったということです。(NHK、2017.1.30)
posted by リュウノスケ at 01:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 訃報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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