2013年08月27日

薄熙来裁判

 収賄と横領、職権乱用の罪に問われた元重慶市共産党委員会書記(元党中央政治局員)の薄熙来被告の公判が26日結審した。検察は薄被告に厳罰を科すように求めている。

 薄被告は先週22日の開廷以来、予想外に精力的な自己弁護を展開し、妻である谷開来受刑者による証言を支離滅裂だと批判した。

 山東省済南市中級人民法院(地裁)は判決は後日言い渡されると発表した。それ以上の詳細は明らかにしなかったが、判決は今後数週間内に言い渡される可能性がある。

 薄氏は公判で、起訴内容について繰り返し否認した。ただ、過去に誤った判断を下したり、谷開来氏による英国人実業家ニール・ヘイウッド氏殺害について最初に薄氏に話をした元重慶市公安局長の王立軍受刑者の取り扱いで、国家の名誉を傷つけたと認めた。

 検察側は薄氏が公判前に認めた罪を一転して否認したため、寛大な扱いはするべきではないと主張。

 裁判所によると、検察側は「薄被告は、自身の犯罪の決定的な証拠および事実の多くを否認しただけでなく、公判前の書面での証言や資料も撤回した」と批判。

 「われわれは薄熙来氏に、犯罪の事実は客観的なもので、自分の気まぐれで変わるものではないと認識するよう求める」と述べた。

 薄氏は結審前の最後の発言で、「私は自分が完璧な人間ではないことは知っている。私は非常に主観的で気が短い。私は深刻な過ちを犯した。自分の家族と部下をうまく管理できなかった。大きなミスを犯した。党と人々に申し訳なく思う」と述べた。

 薄氏に対して死刑判決が下されることも理論的にはあり得るが、専門家の多くは、共産党が世論への影響を恐れるため、その可能性は低いとみている。

 5日間に及んだ公判の内容は裁判所のミニブログで公開された。

 起訴状によると、薄氏は2000万元(327万ドル)以上の賄賂を2人の個人から受け取り、政府庁舎建設プロジェクトで500万元を横領した。また、谷氏の殺害をもみ消すために職権を乱用した。

 薄氏は、共産党に対し当初収賄の罪を認めたのは「精神的なプレッシャー」があったからと主張。また、賄賂を渡したとされる2人の実業家の1人、唐肖林氏によって犯人に仕立て上げられたと述べた。

 検察側は「被告の罪のひどさ、罪状の否認は情状酌量に値しない。(同氏は)法に則り厳罰に処されるべきだ」と述べた。

 薄氏は精力的に自己弁護したものの、中国の法廷は共産党に支配されているため、有罪判決は不可避とみられる。党を代弁する国営メディアは既にほとんどが薄氏を非難している。(ロイター、2013.8.26)


 中国で収賄などの罪に問われた元重慶市共産党委員会書記の薄熙来被告の公判が結審した。党指導部は審理過程をインターネット中継し、裁判の「透明性と反腐敗の決意」をアピール。だが特権階級の派手な暮らしぶりが白日の下にさらされたことから党のイメージ低下は必至で、劇場型裁判は「もろ刃の剣」となった。

「あなたの妻が殺害しました」

 薄被告の元側近で、重慶市副市長だった王立軍受刑者は24日の公判に出廷、薄被告の妻、谷開来受刑者による英国人殺人事件について、昨年1月に薄被告に報告した際の詳細を語った。

 当時、共産党の政治局常務委員という最高指導部入りを目指していた薄被告は報告を受け、明らかに動揺した様子だったという。

 興奮した薄被告は王受刑者の左耳を殴り、コップをたたき割った。その後、事件の捜査に関わった人物を次々と拘束したとされる。

 国営中央テレビは「殴打事件」から約1年7カ月の時を経て、法廷で対峙する薄被告と王受刑者の映像を繰り返し放送した。

 公判が開かれている山東省済南市の地裁は短文投稿サイト「微博」を通じて審理内容を公表。微博のフォロワー(読者)は瞬く間に増え、50万人を超えた。

 国民は携帯電話を片手に公判で明らかになる薄被告の失脚劇に注目。ネット上には「まるで連続ドラマだ」などの感想が書き込まれた。

 習近平指導部には審理公開によって透明性をアピールするほか、高級幹部の腐敗に厳しく切り込む姿勢を国内外に強調する狙いがあるとみられ、北京の改革派知識人も「進歩的だ」と評価する。

 一方、党は国内メディアに対し、薄被告の公判に対する報道は国営や共産党系メディアの記事のみを使用するよう通知。ネット上の薄被告を指示する書き込みは次々と削除された。公開審理が一般化される可能性は低い。

 公判で検察側は、企業グループ「大連実徳集団」の徐明会長が谷受刑者にフランス・ニースでの別荘購入資金約323万ドル(約3億2000万円)を提供、これを薄被告も知っていたと主張。

 「徐氏が息子のさまざまな費用を負担していたことは(薄被告に)話していた」。公判では谷受刑者による証言も流され、英国留学中の息子、薄瓜瓜氏の航空券代なども負担していたとの疑惑も浮上した。

 これに対して薄被告は「でっち上げだ」「谷開来は狂っている」とことごとく否定した。

 一連の公判からは、薄被告が英国に暮らす瓜瓜氏の教育費や生活費を工面するするため、薄被告に取り入ろうとすり寄ってくる実業家らを利用し不正資金を受け取っていた“実態”が浮かび上がった。

 中国では、政府高官が家族を海外に移住させ、ぜいたくな暮らしをさせているとの疑惑がたびたび話題になる。薄一家の生活はそうした疑いを裏付ける格好となった。

 「腐敗に関してはほかの指導者も薄被告と大差はないだろう。(公判公開が)党にマイナスの影響を与えたことは間違いない」。北京大の夏業良教授は今回の公判をこう総括した。(済南共同=大熊雄一郎、山陽新聞、2013.8.27)


 独裁国家の中国ではなぜかくも熾烈な権力闘争が展開されるのか? その背景には、法治なき共産党支配が生む“不正蓄財文化”がある。中国国内事情に詳しいジャーナリストの相馬勝氏が報告する。

「薄熙来はまさに紅い皇帝だった。共産党一党独裁体制の中国では、地方の党最高幹部は、その地方の皇帝なのだ」

 こう語るのは、重慶市トップや党政治局員などの職務を突然解任された薄熙来氏(62歳)をよく知る中国人ジャーナリストだ。取材を通じて、薄氏の人柄や生活など「プライベートな面も見てきた」という。薄氏の重慶の自宅の様子を次のように描写する。

 「重慶市街を見下ろす小高い丘の上に屋敷があり、鬱蒼とした竹林に囲まれていた。広々としたホールで待たされていると、召使いのような男性が現われ『こちらへ』と案内された。部屋がいくつもある、まさに『王様の邸宅』といった豪華な作りで、廊下にはところどころに古い絵画が飾られていた。

 建物は1棟だけでなく、棟続きにつながっている次の建物に入ると、すべてが竹作りで、見る者すべてを威圧するような、歴史を感じさせる応接間があり、そこに薄熙来が待っていた」

 薄氏は古都・重慶を代表する豪邸を自宅として使っていたのだろうが、ここは1945年8月、日本軍が降伏後、毛沢東と蒋介石が中国共産党と国民党による国共合作を話し合った歴史的建造物でもある。まさに重慶の“皇帝”にふさわしい居宅といえる。

 薄氏が“紅い皇帝”であることを思わせるのは自宅ばかりではない。不正蓄財の額もまさに桁外れだ。当初、米ブルームバーグ通信が約110億円と伝えたものの、その後、香港メディアなどによって約1000億円、そして4800億円に膨れ上がった。

 また、薄氏が重慶市トップとなって、全国的にその名を広めたのが「打黒」と呼ばれるマフィア撲滅運動だが、市当局がマフィアとつながっていたとして逮捕された経営者から没収した資産は1000億元(約1兆3000億円)を下らない。

 それらが薄氏の推進した市の緑化事業や低所得者向け住宅建設計画などの原資になったとみられるが、一部は薄氏の個人的な不正蓄財に回されたことも否定できない。

 その使い道の一つの象徴が、薄氏の息子、薄瓜瓜氏(24歳)の海外豪遊生活だろう。同氏は英オックスフォード大学を卒業後、米ハーバード大学ケネディスクール(大学院修士課程)に進んでいるが、豪華マンションに居住し、高級車を乗り回していた(ポルシェとフェラーリが報じられたところ、「フェラーリには乗っていない」と本人が否定。ポルシェには乗っていたわけだ)。ネット上では、酔った瓜瓜氏が白人女性たちと戯れる写真までが暴露された。

 これらの膨大な費用が不正蓄財から賄われたことはほぼ間違いない。なぜなら、党機関紙「人民日報」によると、薄氏の月給は公式には1万元(約13万円)だからだ。(※SAPIO2012年6月6日号、NEWSポストセブン、2012.5.23)


 <薄熙来被告の無期確定 中国高級人民法院 上訴を棄却>
 中国で収賄と横領、職権乱用の罪に問われた元重慶市共産党委員会書記(元政治局員)の薄熙来(はくきらい)被告(64)の二審の判決公判で、山東省の高級人民法院(高裁)は二十五日、無期懲役とした一審判決を支持し、薄被告の上訴を棄却した。中国は二審制で、薄被告の刑が確定した。新華社通信が伝えた。

 薄被告は昨年三月に失脚するまで、党最高指導部の政治局常務委員入りが有力視されていた。マフィア撲滅や格差是正を唱えた薄被告は保守派などから根強い支持があり、来月に党中央委員会第三回全体会議(三中全会)という重要会議を控えた習近平政権は、早期決着を図った形だ。

 同法院は判決理由として「一審判決で認定した事実ははっきりしており、証拠は確実、十分で量刑は妥当だ」と説明した。

 薄被告は、今年八月に山東省済南市の中級人民法院(地裁)で始まった一審で罪状をすべて否認。一審判決では約二千四十四万元(約三億三千万円)の賄賂を受け取ったなどとして無期懲役を言い渡されたが、判決を不服として上訴していた。(東京新聞、2013.10.25)


<参照>
ウィキペディア 薄熙来事件
ウィキペディア 薄熙来
グーグル画像検索 「薄瓜瓜」
posted by リュウノスケ at 20:25| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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