2018年02月05日

有賀さつき逝去

 元フジテレビアナウンサーでタレントの有賀さつきさん(52)が死去していたことが5日、わかった。死因など詳細は不明。元所属先のフジテレビが明らかにした。

 1988年にフェリス女学院大卒業後、フジに入社。「FNNスーパータイム」などニュース番組のほか、バラエティー番組でも活躍した。河野景子さん、八木亜希子さんとは同期入社で、「女子アナブーム」を巻き起こした。92年に退社後、「ミュージックステーション」(テレビ朝日)に司会として出演するなど、女性フリーアナの草分け的存在だった。

 近年は、持ち前の明るさでタレントとして多数の番組に出演する傍ら、母校でアナウンス講座を講師として受け持つなどしていた。(朝日新聞、2018.2.5)


 元フジテレビのアナウンサー、有賀さつきさんが死去していたことが5日、分かった。52歳だった。有賀さんはフェリス女学院大を卒業後に1988(昭和63)年、フジテレビに入局。同期で現在は貴乃花親方夫人の河野景子さん(53)、八木亜希子(52)と「フジの3人娘」として知られ、飾らない「天然」キャラで親しまれた。

 フジテレビ系「直撃LIVE グッディ!」(月〜金曜後1・55)が、有賀さんの父、有賀洋さんのコメントを放送した。

 以下は洋さんのコメント

「皆さん、大変お世話になりました。途中で買ってきました(スポーツ新聞の)とおりでございます」

−−さつきさんがなくなったのはいつか

「1月30日の8時ちょっと前です。電話がありまして、病院からでございます。2週間ほど前に入院して、いろいろ治療を受けたんです。1月30日、朝8時ごろ電話がありまして、亡くなったと。こう、わが家に私が戻りまして、それまでは彼女の自宅に孫がおりますので、一緒におりました。とにかく、不幸中の幸いですが、1月31日通夜、(2月)1日に葬儀。滞りなく、密葬でございまして、皆さんに失礼ではございますが、すべてつつがなく終了いたしました」

−−病気の詳細について

「ちょっと、はっきりした説明を受けておりませんので、本日改めて医師に伺おうと思っております。私も、(さつきが)入院して退院をそろそろできるのかなと思って安心しておりましたので、まったくの予想外でございました。皆さん本当に長い間ありがとうございました。本人に代わって御礼申し上げます。どうもありがとうございます」(サンスポ、2018.2.5)


 ご冥福をお祈りします。


 <有賀さつきさん、52歳で急死 がんと独りで闘った>
 元フジテレビアナウンサーでタレントの有賀さつき(ありが・さつき)さんが1月30日午前8時頃、都内の病院で亡くなっていたことが5日、分かった。52歳だった。死因は不明だが、がんの治療をしていたという。父親の洋さん(84)によると、有賀さんは亡くなる約1週間前から入院し、容体が急変したため誰にもみとられず旅立った。翌31日に通夜、今月1日に葬儀を親族だけで営んだ。有賀さんは徹底して闘病を隠していたため、突然の訃報に関係者にも衝撃が走った。

【写真】「気付いてあげられませんでした」と悔やんだ同期の八木亜希子アナ

 華やかで明るいキャラクターで「女子アナブーム」を巻き起こしたさつきさんが、52歳という若さで静かにこの世を去った。

 この日、父親の洋さんは憔悴しきった表情で横浜市内の実家で取材に応じた。有賀さんは1月中旬ごろから体調を崩し、同下旬に都内の病院に入院した。最後の対面は亡くなる3日ほど前。有賀さんの中学生の長女(15)と見舞いに訪れ、会話も普通にできたといい「やせ衰えていたけど、退院できるのではと思った」。点滴を受けながら、漢字検定1級を取得するための勉強もするほどだったが、その後容体が急変。病院からの連絡で娘の死を知らされた。

 身元引受人にも関わらず死因を知らされていなかったという洋さんはこの日夜、病院を訪問。医師に説明を求めたが、死因は「本人の遺志で教えてもらえなかった」。長女も知らされていないという。関係者によると、有賀さんはがんの治療を続けており、昨年夏頃からはかつらをつけてテレビ出演。同9月13日に収録されたテレビ朝日系クイズ番組「Qさま!」(10月9日放送)が最後のテレビ収録となったとみられる。

 170センチの長身に美貌を誇ったさつきさんは1988年にフジテレビに入社。同期の河野(現・花田)景子さん(53)、八木亜希子アナ(52)とともに「花の三人娘」と呼ばれ、アイドルアナの先駆けとなった。天然な言動などでも人気を博し、「旧中山道」を「きゅうちゅうさんどうですね」と読み間違えたというエピソードも話題に。92年には同局を電撃退社し、フリーアナの草分け的な存在となった。

 私生活では、所属事務所社長との不倫騒動を経て、2002年にフジテレビ時代の上司で当時解説委員を務めていた和田圭氏(65)と結婚。同年11月に長女が誕生したが、06年に「夫婦だったけど上司だった」との理由で離婚した。長女の親権は有賀さんが持ち、入院するまで2人で都内で暮らしていた。最期まで長女の将来を心配していたという。

 2年前に妻に先立たれ、最愛の娘も失った洋さんは、有賀さんの幼少期に3年間暮らしたニューヨークでの生活を一番の思い出に挙げ、「彼女の後半の人生に多大な影響を与えた」と涙を見せた。「常に前向きで、独立独歩の彼女らしい人生だった。本人に代わって厚く御礼申し上げます」と頭を下げた。

 ◆有賀 さつき(ありが・さつき)1965年9月9日、東京都生まれ。フェリス女学院大卒業後の88年にアナウンサーとしてフジテレビ入社。「F1グランプリ」のリポーターや「スーパーニュース」を担当し、92年10月退社。2002年3月に同局解説委員の和田圭さんと結婚し、同11月に女児を出産。近年は特技の漢字や英語を生かし、クイズ番組などで活躍していた。(スポーツ報知。2018.2.6)


<参照>
ウィキペディア 有賀さつき
posted by リュウノスケ at 21:22| Comment(0) | 訃報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする