2017年01月22日

「若乃花以来19年ぶり日本人横綱誕生」稀勢の里初優勝

 大相撲初場所14日目は21日、東京・両国国技館で行われ、大関稀勢の里(30)=本名萩原寛、茨城県出身、田子ノ浦部屋=が初優勝を遂げた。逸ノ城を下して1敗を守り、白鵬が貴ノ岩に敗れて3敗となったため、22日の千秋楽を待たずに決まった。

 新入幕から73場所目での初優勝は、旭天鵬の86場所に次いで史上2番目のスロー記録。茨城県出身の優勝力士は、2000年初場所の武双山以来。

 稀勢の里は17歳9カ月で新十両、18歳3カ月で新入幕と、ともに貴花田(後の横綱貴乃花)に次ぐ年少で昇進。早くから大器として期待を集め、大関昇進31場所目で悲願を成就させた。 

 ◇幕内優勝力士略歴

 稀勢の里 東大関。本名萩原寛、茨城県出身、田子ノ浦部屋。30歳。02年春場所に萩原のしこ名で初土俵。04年夏場所に17歳9カ月で新十両、同年九州場所に18歳3カ月で新入幕に昇進し、ともに貴花田(のち横綱貴乃花)に次ぐ年少記録。新入幕時に稀勢の里に改名。11年九州場所後に大関昇進。金星3個。三賞は殊勲5回、敢闘3回、技能1回。187センチ、175キロ。得意は左四つ、寄り、突き。(時事通信、2017.1.21)


 <大相撲初場所>◇14日目◇21日◇東京・両国国技館

 大関稀勢の里(30=田子ノ浦)が初優勝を果たした。

 ようやく稀(まれ)なる勢いに−。福井・永平寺の元貫首(かんす)から贈られた言葉「作稀勢(さきせ)」から「稀勢の里」と名付けた先代師匠の思いがかなった。中学卒業と同時に角界の門をたたいた「萩原少年」を一からつくり上げたのは、11年11月に大関昇進を見ずに急逝した先代の鳴戸親方(元横綱隆の里)だった。大器とほれ込み、指導した。稀勢の里はいくつもの教えが染み込んだ体で、その思いを体現した。

 先代との出会いは偶然だった。中学2年の終わり、相撲部屋を見学に行こうと、ネットで調べた。電話番号が書いてあったのは鳴戸と尾車だけ。当時、千葉県松戸市の鳴戸部屋は茨城の自宅から近く、訪れた。そこで先代に見初められた。

 両親は市販の菓子類やジュースを与えず、丈夫な体の下地をつくってくれた。そこに先代の教えが加わった。四つ相撲の禁止だった。「徹底的に突き押しを教えられた。なぜ相撲を取らせてもらえないのかと思ったこともあった。でも、受けて下がればけがにつながる。けが防止のためでした。亡くなる最後まで『この相撲を取れ』と。強い体ができたのも先代のおかげです」。2横綱1大関が休場、2大関が負け越した今場所、丈夫な体は際立った。

 先代は厳しかった。若い衆の門限は午後9時半。ただ、裏口の鍵だけは「閉めるな」と開けていた。門限破りも見つからなければよしとした。心の“逃げ道”を用意してくれた。松戸の部屋は2階の自宅と中でつながっていたが、必ず外階段を使った。ドアを開ける音、下りる音は大きく響く。稽古場に「行くぞ」との合図になった。「それが先代の優しさだったのかも」。

 06年に部屋旅行で中国を訪れた際、怒られて世界遺産を前に立たされた。そんな中、街中の買い物で100万円を25万円に値切った石があった。先代に「萩原、買え」と言われた。「その旅行で初めて声を掛けられたもんだから、うれしくて『はい!』と」。持ち帰ったその石は「羽織留めの石にしています」。限りある思い出の品だった。

 松戸にあった数々のトレーニング機器。先代も指導したトレーナーに必ず「親方は何キロでやっていました?」と尋ねた。先代が1つの指針になっていた。「自分は完成していなかった。だから良かった。先代に染められました」。スロー優勝は先代に匹敵。おしん横綱と呼ばれた系譜は、確かに引き継がれた。

 先代は弟子をめったに褒めなかった。ただ、たまに褒めるときは照れ隠しで、いつもこう切り出した。「本当は褒めたくないんだけど…」。今も空の上から、にこやかな表情で言っているに違いない。「本当は褒めたくないんだけど…よくやった」と。【今村健人】

 ◆第59代横綱隆の里 青森県浪岡町(現青森市)出身。15歳で入門。19歳の時に相撲界で「不治の病」とされた糖尿病を患うも、栄養学を独学で学び、徹底した節制で克服。30歳9カ月の高齢で横綱に昇進したことから当時大ヒットした、ヒロインが困苦に耐えるNHK朝の連続テレビ小説「おしん」の主人公になぞらえて「おしん横綱」と呼ばれた。(日刊スポーツ、2017.1.22)


 日本相撲協会の二所ノ関審判部長(元大関若嶋津)は22日、大相撲初場所で初優勝を遂げた大関稀勢の里(30)=本名萩原寛、茨城県出身、田子ノ浦部屋=の横綱昇進を諮る臨時理事会の開催を、八角理事長(元横綱北勝海)に要請することを明らかにした。同部長は「優勝が決まったらということだった。(審判部内で)異論はなかった。誰も物言いをつけないのではないか」と述べた。

 理事長は23日に開かれる横綱審議委員会(横審=守屋秀繁委員長)に諮問し、推薦を受けた上で、25日の春場所番付編成会議と理事会で正式に決める。

 日本出身力士としては、1998年夏場所後の横綱3代目若乃花以来19年ぶりの昇進で、2003年初場所中に引退した貴乃花以来の横綱が土俵に戻る。

 稀勢の里は昨年11月の九州場所では優勝次点となる12勝を挙げ、年間最多勝にも初めて輝いた。今場所は14日目に逸ノ城を下して1敗を守り、白鵬が貴ノ岩に敗れて3敗となったため、22日の千秋楽を待たずに優勝を決めた。(時事通信、2017.1.22)


 昨年年間最多勝に輝いた「無冠の帝王」がようやく優勝し、これで若乃花以来19年ぶりの日本人横綱が誕生することになりました。白鵬の力が落ちてきて上位勢の力が均衡化してきたので来場所以降も日本人力士が優勝争いに加われると思います。協会にとっては願ってもないことでしょう。稀勢の里関おめでとうございます。


 <市川紗椰「ユアタイム」に稀勢の里を迎えデレデレ>
 相撲好きを公言するタレントの市川紗椰(29)が23日、キャスターを務めるフジテレビ系ニュース「ユアタイム」(月〜金曜、後11時半)で、ゲストとして迎えた大関・稀勢の里(30)=田子ノ浦=を前に舞い上がった。

 この日行われた横綱審議委員会(横審)で、25日の横綱昇進が決定的となった稀勢の里。市川は場所中に番組内で「市川部屋」のコーナーを設けて深い知識を披露し、これまで稀勢の里に対して「投げられたい」「私が行くと負けちゃう」「きせのん」と“愛”を口にしており、普段と違った赤いドレスで気合を入れて横に立ったが、冒頭からデレデレ。「今年一番体温が上がっています」と心境を明かしたと思うと、いきなり「場所に入る前は、優勝できると思っていました?」と単刀直入の質問。稀勢の里から「市川部屋はいつも見ていた」と明かされると更に取り乱した様子をみせ、面と向かって「おかげさまで優勝できました」と報告されると「あ〜全然もう〜」と、その後は会話にならなかった。

 その後は少し収まったが、投げかける質問が「子供お好きですか」「いずれ欲しいですか」と答えにくいものばかり。幸せな時間はあっと言う間に終わってしまい「もっといっぱい質問有るんです。『犬に例えたら何犬』とか」と、残念そうだった。

 横綱昇進に向け「うれしい反面、気が引き締まる。これからも今まで以上に成長しないと」と抱負を語った稀勢の里。市川は最後にと断って「土俵入りの型は決まりましたか?」と、一番の関心事を“取材”。しかし「今、師匠と相談しています。腹は決まっていますが・・」とかわされた。(スポーツ報知、2017.1.24)





<参照>
ウィキペディア 稀勢の里寛
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