2015年08月21日

北朝鮮準戦時状態布告

 21日の朝鮮中央通信によると、北朝鮮の金正恩第1書記(軍最高司令官)は20日、労働党中央軍事委員会非常拡大会議を緊急招集し、21日午後5時から前線地域に準戦時状態を布告するとともに、部隊に対し「完全武装した戦時状態」に移行するよう命令を出した。
 
 北朝鮮軍総参謀部は20日午後5時、韓国国防省に対し、「48時間以内に宣伝放送を中止し、すべての手段を全面撤去しない場合、強力な軍事的行動を取る」という「最後通告」を送っており、党中央軍事委非常拡大会議はこの決定を承認した。

 朝鮮中央通信は「(韓国が)ありもしない北朝鮮砲弾発射事件」を捏造(ねつぞう)し、これを口実に北朝鮮側に数十発の砲弾を撃ち込んだと非難した。

 北朝鮮軍最高司令部も「緊急報道」を発表、韓国が砲撃を捏造し、北朝鮮側に「36発の砲弾」を発射したと主張。北朝鮮軍に被害はなかったと強調した。

 同司令部は、48時間以内の宣伝放送中止と装置撤去の要求に対し、「(韓国が)どのように対応するか注視している」と述べた。(時事通信、2015.8.21)


 韓国の朴槿恵大統領が7月、大統領府での非公式会議で「統一は来年にも起きるかもしれない」と述べ、南北統一への準備を急ぐよう出席者に求めていたと、韓国紙、ハンギョレ新聞が18日、複数の出席者の話として報じた。

 朴氏は「北朝鮮で影響力を持つ人々が亡命してきている」と指摘。出席者は、北朝鮮の体制が早期に崩壊する可能性があることを念頭に置いた発言と受け止めたという。

 北朝鮮は、朴政権が北朝鮮の体制を崩壊させ「吸収統一」を狙っていると警戒している。韓国は否定してきたが、発言が伝えられたことで、北朝鮮に非難の口実を与えそうだ。韓国統一省当局者は「そんな発言はなかった」と否定している。(共同、産経新聞、2015.8.18)
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2015年08月20日

第97回全国高校野球選手権大会閉幕

 第97回全国高校野球選手権大会最終日は20日、甲子園球場で決勝が行われ、東海大相模(神奈川)が仙台育英(宮城)に10―6で打ち勝ち、45年ぶり2度目となる夏の全国制覇を成し遂げた。
 
 東海大相模は一回に2点を先制するなど四回までに6―3とリード。先発した小笠原が六回に追い付かれたが、九回に自らの打席でソロ本塁打を放って勝ち越し。さらに長短3連打などでこの回4点を奪った。

 仙台育英は、中盤から立ち直って好投していた佐藤世が九回に痛打を浴びた。準優勝した1989年以来26年ぶりの決勝で再び敗れ、東北勢にとって春夏通じ初の甲子園大会制覇はならなかった。(時事通信、2015.8.20)


 第97回全国高校野球選手権大会決勝(20日、仙台育英6−10東海大相模、甲子園)創設から100年の大会は東海大相模が10ー6で仙台育英を下し、45年ぶり2度目の優勝を果たした。同点の九回、エース小笠原が仙台育英の佐藤世から右翼席へ決勝アーチを放ち接戦にピリオドを打った。投げても小笠原は161球9安打6失点の粘りの投球で完投した。

 仙台育英はこれまで541球を投げている佐藤世、東海大相模は最速151キロ左腕の小笠原と両エースが先発した。

 東海大相模は一回、佐藤世の立上がりをとらえる。1番・千野が左前打、内野ゴロで一死二塁から3番・杉崎の右中間二塁打で先制。準決勝で一発を放った4番・豊田も左前適時打で続き、この回2点を挙げた。

 仙台育英はその裏、1番・佐藤将は見逃し三振。小笠原のストレートの最速は148キロを記録。二死後、今大会3本塁打の3番・平沢が右前打で出塁すると盗塁と捕手の悪送球で三進、続く4番・郡司の四球で二死一、三塁の好機。しかし、小笠原が5番・百目木に140台のストレートの連投で内野ゴロに打ち取りピンチを脱した。

 東海大相模は三回、3番・杉崎からの4連打で2点を追加した。

 仙台育英はその裏、一死後、1番・佐藤将が遊ゴロ悪送球で二進出塁すると、2番・青木の中前適時打で1点を返す。3番・平沢が中堅二塁打でつなぐと、連続適時打で1点差に迫った。

 東海大相模は四回、四球と犠打などで二死二塁から2番・宮地の左越え適時二塁打、4番・豊田の左前適時打で追加点。

 仙台育英は六回、一死後、四球と連打で一死満塁の好機。9番・佐藤世は三球三振に倒れたが、1番・佐藤将が中堅左を抜く走者一掃の3点三塁打で同点に追い付く。

 東海大相模は6−6の同点の九回、9番・小笠原が初球のフォークボールを右越え本塁打で勝ち越し、さらに3点を追加して逃げ切った。(サンスポ、2015.8.20)


 佐藤世那は今日139球投げたので合計680球。小笠原、吉田、北村の3人体制だった東海大相模と仙台育英の戦力差は歴然であり、余力の残っていなかった佐藤は攻略されて最終回までもつれた接戦を落としました。一般客のほとんどは仙台育英を応援してたんですけどね。

 さて、プロ注目選手を総括。まず投手筆頭は小笠原(東海大相模)。聖光学院戦で最速151キロを記録しスライダーとチェンジアップも万全、決勝でもHRを打つ大活躍で主役の座を譲りませんでした。今夏甲子園に来られなかった高橋純平と共にドラフト1位重複は間違いないでしょう。

 2番手はアーム投法でフォークボールを投げまくった佐藤世那(仙台育英)。球威が気になるもののスライダーはキレていた吉田(東海大相模)。制球抜群の小孫(遊学館)。イケメン左腕成田(秋田商)。他には原嵩(専大松戸)、菊池(東海大甲府)、北村(東海大相模)、高橋昂也(花咲徳栄)、上野(中京大中京)、高橋樹也(花巻東)、綾部(霞ヶ浦)など。

 打者筆頭は清宮(早稲田実業、1年)。マスコミの過剰な盛り上がりと本人のビッグマウスに辟易していた一部野球ファンを実力で黙らせました。「ロマンがない」と批判され勝ちのコンパクトスイングはミートを重視する現代野球の潮流とマッチするんじゃないでしょうか。プロ野球のファーストは基本外人枠なので来年はサードか外野を守ってください。

 超人的守備で野球ファンの度肝を抜いたオコエ(関東第一)はプロで変化球に苦戦しそう。山本武白志(九州国際大付)は大きな体を活かして3HR。平沢(仙台育英)は立浪に「数年後はプロでショートのレギュラーを取っている」と太鼓判を押されていました。伊藤(関東第一)、加藤(早稲田実業)も期待通りの活躍。

 「とりわけ残念なのは花巻東の大谷投手をこの甲子園で見ることが出来ないことでありました」(第94回全国高校野球選手権大会講評、2012.8.23)発言など、このブログで批判し続けた奥島高野連会長は今大会が最後。講評で清宮の話を長々するのかと思ったら意外とまともな内容でした。


 <小笠原、清宮、オコエらU18日本代表全メンバー>
 日本高野連は20日、28日から日本で開催される第27回U18(18歳以下)W杯に出場する高校日本代表20人を発表した。

 優勝した東海大相模(神奈川)からはエース小笠原慎之介投手(3年)ら3選手が名を連ねた。早実(西東京)の清宮幸太郎内野手は、1年生で唯一メンバー入りした。

 スタッフ、メンバーは以下の通り。

◆監督
西谷浩一(大阪桐蔭)

◆コーチ
仲井宗基(八戸学院光星)
島田達二(高知)

◆投手
11 佐藤世那(3年、仙台育英)
12 成田翔(3年、秋田商)
15 高橋樹也(3年、花巻東)
16 小笠原慎之介(3年、東海大相模)
17 上野翔太郎(3年、中京大中京)
18 高橋純平(3年、県岐阜商)※
19 森下暢仁(3年、大分商)※
20 勝俣翔貴(3年、東海大菅生)※

◆捕手
9 伊藤寛士(3年、中京大中京)
22 郡司裕也(3年、仙台育英)
27 堀内謙伍(3年、静岡)

◆内野手
1 平沢大河(3年、仙台育英)
2 津田翔希(3年、浦和学院)※
3 清宮幸太郎(1年、早実)
5 宇草孔基(3年、常総学院)※
6 杉崎成輝(3年、東海大相模)
10 篠原涼(3年、敦賀気比)

◆外野手
7 豊田寛(3年、東海大相模)
8 オコエ瑠偉(3年、関東第一)
21 船曳海(3年、天理)

【注】数字は背番号、※は今夏の甲子園不出場
(日刊スポーツ、2015.8.20)


 <高橋純平、オコエ、小笠原らプロ希望/志望進路一覧>
 プロ注目の最速152キロ右腕、県岐阜商・高橋純平投手(3年)が、県高野連を通じて日本高野連にプロ志望届を提出したことを明らかにした。複数球団が上位指名候補に挙げている。

 ◆高橋純平(たかはし・じゅんぺい)1997年(平9)5月8日、岐阜市生まれ。小学2年時に梅林スポーツ少年団で野球を始める。梅林中では揖斐本巣パワーボーイズに所属し、142キロをマーク。県岐阜商では1年春からベンチ入り。2年夏は県4強。今春センバツは1回戦の松商学園戦で1失点完投、2回戦の近江戦で完封。今夏は左太もも肉離れに苦しみ、甲子園出場ならずもU18W杯代表に選出され、主に抑えで3試合に登板。右投げ右打ち。183センチ、76キロ。

 U18W杯日本代表選手の志望進路は以下の通り。

【投手】
佐藤 世那(仙台育英)=プロ
成田  翔(秋田商)=社会人
高橋 樹也(花巻東)=プロまたは社会人
小笠原慎之介(東海大相模)=プロ
上野翔太郎(中京大中京)=大学
高橋 純平(県岐阜商)=プロ
森下 暢仁(大分商)=大学
勝俣 翔貴(東海大菅生)=プロ

【捕手】
伊藤 寛士(中京大中京)=大学
郡司 裕也(仙台育英)=大学
堀内 謙伍(静岡)=プロ

【内野手】
平沢 大河(仙台育英)=プロ
津田 翔希(浦和学院)=大学
清宮幸太郎(早実)=在学中
宇草 孔基(常総学院)=大学
杉崎 成輝(東海大相模)=大学
篠原  涼(敦賀気比)=大学

【外野手】
豊田  寛(東海大相模)=大学
オコエ瑠偉(関東第一)=プロ
船曳  海(天理)=大学
(日刊スポーツ、2015.9.8)


<参照>
日刊スポーツ 夏の甲子園2015 スコア速報 東海大相模 対 仙台育英 【試合終了】◇決勝◇甲子園球場◇観衆=43000人 2015年08月20日17時24分44秒更新
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2015年08月16日

安倍首相戦後70年談話全文

 8月は私たち日本人にしばし立ち止まることを求めます。今は遠い過去なのだとしても、過ぎ去った歴史に思いをいたすことを求めます。

 政治は、歴史から未来への知恵を学ばなければなりません。戦後70年という大きな節目にあたって、先の大戦への道のり、戦後の歩み、20世紀という時代を振り返り、その教訓の中から未来に向けて、世界の中で日本がどういう道を進むべきか、深く思索し、構想すべきである、私はそう考えました。

 同時に、政治は歴史に謙虚でなければなりません。政治的、外交的な意図によって歴史がゆがめられるようなことは決してあってはならない、このことも私の強い信念であります。

 ですから談話の作成にあたっては、21世紀構想懇談会を開いて、有識者のみなさまに率直、徹底的なご議論をいただきました。それぞれの視座や考え方は、当然ながら異なります。しかし、そうした有識者の皆さんが熱のこもった議論を積み重ねた結果、一定の認識を共有できた、私はこの提言を歴史の声として受け止めたいと思います。そして、この提言のうえにたって歴史から教訓をくみ取り、今後の目指すべき道を展望したいと思います。(以上、記者会見での冒頭発言)

 ◇

 終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。

 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

 世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

 当初は、日本も足並みを揃(そろ)えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

 そして七十年前。日本は、敗戦しました。

 戦後七十年にあたり、国内外に斃(たお)れたすべての人々の命の前に、深く頭(こうべ)を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫(えいごう)の、哀悼の誠を捧げます。

 先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱(しゃくねつ)の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜(むこ)の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

 何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈(かれつ)なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

 これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別(けつべつ)し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫(わ)びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

 こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。

 ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛(つら)い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

 ですから、私たちは、心に留(とど)めなければなりません。

 戦後、六百万人を超える引き揚げ者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

 戦争の苦痛を嘗(な)め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

 そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。

 寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。

 しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

 私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈(しれつ)に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐(おんしゅう)を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。

 そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

 私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

 私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

 私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意(しい)にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引(けんいん)してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。

 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

 終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。

 ◇

 (談話を読み上げ後)以上が私たちが歴史から学ぶべき未来への知恵であろうと考えております。冒頭私は、21世紀構想懇談会の提言を歴史の声として受け止めたいと申し上げました。

 同時に私たちは歴史に対して謙虚でなければなりません。謙虚な姿勢とは果たして、聞き漏らした声がほかにもあるのではないかと、常に歴史を見つめ続ける態度であると考えます。私はこれからも謙虚に歴史の声に耳を傾けながら、未来の知恵を学んでいく。そうした姿勢を持ち続けていきたいと考えています。私からは以上であります。(朝日新聞、2015.8.14)


<参照>
ウィキペディア 安倍内閣総理大臣談話
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第50回関屋記念(GIII)

三連単 D→@・B・J・K⇔C・E・G=1万2000円
前回までのトータル:−208万9450円
回収率:61.6%
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2015年08月13日

豪ストラスフィールド市議会従軍慰安婦像設置案否決

 オーストラリア・シドニー近郊のストラスフィールド市議会は11日、韓国系団体などが設置を求めていた旧日本軍の従軍慰安婦問題を象徴する少女像について、設置を認めないことを全会一致で決めた。採決に参加した6人全員が設置に反対した。

 移民を含む多くの民族が共生する多文化主義のオーストラリアで、出身国に絡む歴史認識問題を持ち込めば地域の分断につながりかねないとの懸念が強まり、設置を認めない決定につながった。

 市には像の設置をめぐる指針がある。市が6月に実施した世論調査では、何らかの形で設置に賛成したのは33%にとどまり、市は「指針にもそぐわない」として設置を認めないよう議会に提言した。(共同、毎日新聞、2015.8.12)
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