2015年05月31日

第82回東京優駿(GI)

三連単 @・F・J・L・P→M⇔A・B・C・D・E・G・H・I・K・N・O・Q=1万2000円
前回までのトータル:−195万7450円
回収率:63.2%
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2015年05月30日

今いくよ逝去

 女性漫才コンビ「今いくよ・くるよ」としてテレビや舞台で活躍した今いくよ(いま・いくよ、本名里谷正子=さとや・まさこ)さんが28日午後5時58分、胃がんのため大阪府内の病院で死去した。67歳。京都市出身。葬儀・告別式は密葬で行う。喪主は未定。後日、お別れの会を開く。

 高校の同級生の今くるよさんとコンビを結成し1973年に初舞台を踏んだ。

 上方お笑い大賞、上方漫才大賞、咲くやこの花賞など多くの賞を受賞した。

 2014年9月に胃がんと診断され治療を続けながら舞台に立っていたが、今月11日に大阪市の「なんばグランド花月」で開かれた公演が最後の出演となった。(共同通信、2015.5.29)


 ご冥福をお祈りします。


<参照>
ウィキペディア 今いくよ・くるよ
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2015年05月28日

今井雅之逝去

 大腸がんのため闘病中だった俳優今井雅之さんが28日午前3時5分に大腸がんのため、都内の病院で亡くなったことが分かった。所属事務所がマスコミ各社にファクスで発表した。54歳だった。通夜、葬儀は近親者で密葬の形で行い、後日、お別れの会を行うという。

 今井さんは4月に都内で会見を行い、ステージ4の末期がんと告白。転移の可能性も明かしていた。5日には降板した主演舞台「THE WINDS OF GOD」の開演前、「がんと闘う」とあいさつし、舞台復帰を目指していたが、願いはかなわなかった。

 今井さんは降板した舞台の千秋楽(5日)の開演前、「本当はこの舞台に役者として立ちたかった」と悔しさをにじませ「役者人生を充実できるようにがんと闘う」と語っていた。生きること、再び舞台に立つことを強く望んでいた今井さん。願いはかなわず天国に旅立った。

 関係者によると、今井さんはリハビリに取り組んでいたが、容体が急変し、予断を許さない状態となり、28日午前3時5分、都内の病院で静かに息を引き取ったという。所属事務所は治療に携わった病院関係者やファンに感謝を記すとともに、今井さんの遺志に従い、通夜、葬儀について近親者だけの密葬の形をとると説明した。また、後日、お別れの会を行うとした。

 今井さんは降板した1日の舞台初日から千秋楽の5日までは、比較的体調が落ち着いており、1日も休むことなく、劇場に顔を出し、開演前、観客に降板のおわびと感謝の言葉を述べていたと説明した。その後、大阪や京都など関西地区の公演には姿を見せず治療に専念していたという。

 今井さんは、抗がん剤治療で、ステージ4の大腸がんと闘ってきた。生前、副作用について「船酔いしているところで、熱が42度くらいある感じ。苦しいし、眠れない」と語っていた。ようやく、がんとの苦しい闘いから解放された。

 4月に都内で降板会見を行った今井さんは、やせ細った体とかすれた声で病状を説明していた。昨年夏に都内の病院で風邪と診断されたが、同11月中旬、仕事で出向いた大阪で体調不良を感じ、兵庫・西宮市の病院で、ステージ4の大腸がんと診断。大小複数の腫瘍が見つかった。「悔しかった」と声を震わせ、風邪と診断した病院に「ふざけるな」と唇をかんで怒りものぞかせた。

 その後、同11月下旬に横浜市内の病院で手術。病院を移り、抗がん剤治療を行っていると説明。転移について「可能性大です。影が見えています」と死への恐怖を押し隠すようにきっぱりと語っていた。

 同会見では、降板した舞台に「後半から出たい」と復帰意欲を見せていた。仕事ができず、生きるだけなら殺してくれと、安楽死を医師に求めたこともあったと声を詰まらせていた。秋には主演映画「手をつないでかえろうよ」の撮影があり、涙を浮かべて「秋までは寿命を持たせて」と祈るように語っていた。最後の最後まで再び仕事をする希望を捨てず、がんと闘い続けた。(日刊スポーツ、2015.5.28)


 ご冥福をお祈りします。
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海外派遣自衛隊員54人帰国後自殺

 菅義偉官房長官は28日午後の記者会見で、イラク特別措置法などに基づき海外に派遣された自衛隊員のうち、帰国後に自殺した人が3月末時点で54人に上ると説明した。その上で、隊員の「心のケア」の充実を図る方針を示した。

 防衛省によると、イラク特措法とテロ特措法に基づき、イラクや周辺国、インド洋給油活動に派遣された隊員は延べ約2万3000人。統計のある2004年度以降、イラク関連では陸上自衛官21人と航空自衛官8人の計29人、給油活動関連では海上自衛官25人、総計で54人が帰国後に自殺した。(時事通信、2015.5.28)


 防衛省は27日の衆院平和安全法制特別委員会で、アフガン戦争とイラク戦争に関連し、特別措置法に基づいてインド洋やイラクに派遣された自衛官のうち、54人が自殺していたことを明らかにした。防衛省によると、インド洋が海上自衛隊25人で、イラクが陸上自衛隊21人、航空自衛隊8人の計29人。

 同省は「自殺はさまざまな要因が複合的に影響して発生するので、派遣任務と自殺の因果関係を特定するのは困難」としている。

 共産党の志位和夫委員長の質問に、同省の 真部朗 (まなべ・ろう) ・人事教育局長が答えた。

 自衛隊の海外派遣をめぐっては、米中枢同時テロ後の2001年10月、2年間の時限立法としてテロ対策特別措置法が成立した。政府は海自隊員延べ約1万3千人をインド洋に派遣。同年12月から一時的な中断を挟んだ10年1月まで、対テロ作戦に従事する外国艦艇に無償で燃料や水を提供する活動を行った。

 また04年1月からは、イラク特措法に基づき、陸自隊員延べ約5500人をイラクに派遣。南部サマワで給水活動や医療指導などを実施し、06年7月に撤収した。空自は04年3月から活動を始め、09年2月に完全撤収。延べ約3500人を派遣し、クウェートを拠点に陸自への支援輸送などを行った。

 12年9月の時点では、イラク派遣を経験した自衛隊員25人が自殺していたことが防衛省への取材で判明。この時も同省は「派遣との因果関係は分からない」としていた。(共同通信、2015.5.28)


 安倍晋三首相肝いりの安全保障関連法案の本格審議が27日、衆院平和安全法制特別委員会で始まった。法案成立なら、自衛隊員のリスクが高まることが懸念される中、イラク特措法やテロ特措法に基づき、これまで現地に派遣された自衛隊員が帰国後、自殺したケースが54人(14年末時点)にのぼることが分かった。

 共産党の志位和夫委員長の質問に、防衛省が、陸自21人、空自8人、海上自衛官が25人と内訳を述べた。原因を特定するのは一般的に困難との認識を示したが、志位氏は、派遣との因果関係は否定できないと指摘。「戦死者は出ていないが、犠牲者が出ていないわけではない。深刻な数字だ」と述べ、「非戦闘地域での活動でも、これだけの若者が犠牲となり、心の傷を負っている。活動範囲が拡大すれば、はるかに超える負担と犠牲を強いるのではないか」と首相に迫った。

 首相は「胸の痛む話だ」として、「(隊員は)現場でリスクを負いながら、任務をまっとうするため全力を尽くしている。今までの活動を比べる中で、非戦闘地域の概念を非戦闘現場とあらためたが、隊員は安全が十分に確保された所で活動し、戦闘になる危険性があれば退避する」と説明。志位氏は「総理はリスクを語ろうとしない。自衛隊の活動範囲をこれまでの戦闘地域に大幅に拡大しながら、隊員の安全確保を言うのは自己矛盾。ブラックジョークのたぐいだ」と、批判した。(日刊スポーツ、2015.5.28)


 ほぼ丸腰で海外派遣されて活動すればストレスが限界を超えることは容易に想像できます。自衛隊全体の自殺率と比較しないと何ともいえませんが、仮に突出して高いのであればPTSDを発症している可能性が高くしっかりしたメンタルケアが必要でしょう。
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滋賀県88歳女性襲ったツキノワグマは三重県が放っていた?

 27日午前4時半ごろ、滋賀県多賀町樋田の県道脇で、地蔵を拝んでいた近くの無職女性(88)が背後からクマに襲われた。女性は鼻や頬に重傷を負ったが、命に別条はないという。クマはすぐに逃げた。

 県警彦根署によると、女性が背後に気配を感じて振り返ったところ、クマに顔を一撃されたという。県警が付近の住民に警戒を呼び掛けている。(毎日新聞、2015.5.27)


 三重県内で捕獲されたクマを、同県の担当者が隣接する滋賀県の山中に放していたことが27日、分かった。同日早朝には、滋賀県多賀町で女性がクマに襲われて重傷を負う事故があり、滋賀県側はこのクマの仕業だった可能性があるとみて、知事名で三重県に抗議する方針。三重県側は落ち度を認めて同町に謝罪し、滋賀県への謝罪も検討している。

 三重県獣害対策課によると、同県いなべ市で今月17日、ツキノワグマ1頭が捕獲され「麻酔で眠らせた上で、滋賀県境の山中に放した」と発表。しかし、実際には三重県の放獣担当者は県境を越え、滋賀県多賀町でクマを放したが、滋賀県に連絡していなかった。

 その後、同町で27日早朝、女性(88)が自宅近くでクマに襲われ、頬骨を折るなどの重傷を負った。滋賀県によると、これまで同町内でのクマの目撃情報はほとんどなく、三重県が放したクマの仕業ではないかとみている。

 捕獲したクマの処置は、自治体によって対応に差があるのが現状という。滋賀県はクマの保護管理計画で、麻酔をかけた上、捕獲場所と同じ市町で放獣する−などと定めているが、三重県は放獣場所についての明確な規定がない。滋賀県自然環境保全課の担当者は「連絡もせず他県にクマを放すなど常識では考えられない」と憤っている。(産経新聞、2015.5.28)


 同じクマだと特定できたら三重県が損害賠償するんでしょうか。こういう事件を見ると昨年放送された『NHKスペシャル 知床 ヒグマ運命の旅』の衝撃的結末は仕方のないことなのかもしれません。


 <放獣クマ:三重県と滋賀県は別の個体…DNA検査結果>
 三重県が同県いなべ市内で捕獲したツキノワグマを無断で滋賀県多賀町に放した後、町内で女性がクマに襲われた問題で、三重県は23日、DNA検査の結果、放したクマと女性を襲ったクマは別の個体と判明したと発表した。放たれたクマは現在、取り付けられた発信器の電波などからいなべ市の山中にいるとみられる。同県はクマを捕獲し殺処分する方針を示しているが、検査結果を受け、24日に関係自治体と今後の対応を協議するという。

 同県獣害対策課によると、DNA検査は多賀町の要請を受けて実施。女性が襲われた現場で採取された体毛と、放獣したクマから採取していた血液を国立研究開発法人森林総合研究所で検査していた。その結果、遺伝子型が異なることが分かったという。

 クマは5月17日に捕獲され、電波発信器を付けて同日中に多賀町に放たれた。同月27日に同町内で無職女性(88)がクマに襲われて重傷を負い、三重県などは放したクマと女性を襲ったクマが同一の可能性があるとして、捕獲に向け行方を追っていた。一方、民間の自然保護団体などは「同一か不明」として殺処分しないよう求めていた。(毎日新聞、2015.6.23)


<参照>
NHKオンライン NHKスペシャル 知床 ヒグマ運命の旅
posted by リュウノスケ at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする