2015年01月19日

大豊泰昭逝去

台湾出身でプロ野球の中日、阪神でプレーした大豊泰昭(たいほう・やすあき、本名陳大豊=ちん・たいほう)氏が18日午後10時41分、急性骨髄性白血病のため名古屋市内の病院で死去した。51歳。台湾出身。葬儀、告別式は近親者で執り行う。喪主は妻百合子(ゆりこ)さん。

 台湾・華興高から名古屋商大、中日の球団職員を経て1989年にドラフト2位で中日入団。尊敬する王貞治氏の一本足打法で94年に38本塁打、107打点で2冠に輝くなど主軸として活躍した。98年に阪神に移籍し、2001年に中日復帰。02年限りで現役を退いた。ベストナイン1度、オールスターゲーム出場3度。

 引退後は球団のスカウトとして台湾球界とのパイプ役や少年野球の指導などに当たる一方、名古屋市、岐阜県海津市で中国料理店を経営した。通算成績は1324試合に出場し、打率2割6分6厘、277本塁打、722打点。(日刊スポーツ、2015.1.19)


 台湾出身でプロ野球の中日、阪神でプレーした大豊泰昭(たいほう・やすあき、本名陳大豊=ちん・たいほう)氏が18日午後10時41分、急性骨髄性白血病のため名古屋市内の病院で死去した。51歳。台湾出身。葬儀、告別式は近親者で執り行う。喪主は妻百合子(ゆりこ)さん。

 台湾・華興高から名古屋商大、中日の球団職員を経て1989年にドラフト2位で中日入団。尊敬する王貞治氏の一本足打法で94年に38本塁打、107打点で2冠に輝くなど主軸として活躍した。98年に阪神に移籍し、2001年に中日復帰。02年限りで現役を退いた。ベストナイン1度、オールスターゲーム出場3度。

 引退後は球団のスカウトとして台湾球界とのパイプ役や少年野球の指導などに当たる一方、名古屋市、岐阜県海津市で中国料理店を経営した。通算成績は1324試合に出場し、打率2割6分6厘、277本塁打、722打点。

 王貞治・ソフトバンク球団会長「台湾からの野球留学でしたが、とにかく野球が好きで、何事にも真面目に取り組む選手だった。結果は残せなかったが、人間として素晴らしい、誠実な人間だっただけに、早すぎるご逝去は残念でならない」

 和田豊・阪神監督「体を壊していたことは数年前から知っていましたが、急なことで気持ちの整理がつきません。年も近いですし、一緒に戦った仲間なので本当に残念です。心からご冥福をお祈りします」(スポーツ報知、2015.1.19)


 去年9月に放送されたTBS『爆報! THE フライデー』でやつれた姿を見たのが最後でした。現役時代は大食漢で健康そのもののイメージだっただけにショックを受けた野球ファンも多かったと思います。一本足打法でHRと打点の二冠王となった大打者、大豊泰昭さんのご冥福を心よりお祈りします。


<参照>
ウィキペディア 大豊泰昭
posted by リュウノスケ at 19:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 訃報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする