2015年01月16日

三船美佳離婚訴訟

 女優三船美佳(32)が、ロックバンド、THE虎舞竜の高橋ジョージ(56)との離婚を求めていることが16日、分かった。所属事務所を通じて、マスコミ各社に書面を送付した。

 書面では、冒頭で「はじめに、関係者の方々にご心配とご迷惑をお掛けしましたことを心よりおわび申し上げます」と謝罪。「このたび、私三船美佳は、夫・高橋ジョージとの離婚を決意し一昨年の12月末より別居し、現在母と娘(10歳)の3人で暮らしております。調停は不成立となり、離婚と親権を求める裁判を提起しました」と報告している。その上で「今後も、子どもの人生を第一に考えながら、仕事にまい進していく所存です。何とぞ、よろしくお願い申し上げます」とつづっている。

 2人は98年9月に結婚。当時高橋は40歳、三船は16歳で、年の差夫婦として話題を呼んだ。(日刊スポーツ、2015.1.16)


 “年の差婚”の先駆け的存在で、おしどり夫婦として知られた女優の三船美佳(32)と、ロックバンド「THE虎舞竜」の高橋ジョージ(56)が離婚することが15日、分かった。すでに離婚調停は決裂、美佳が離婚を求めて提訴しており、別離は避けられない状況だ。16歳と40歳の結婚から16年余り。美佳は周囲に「自分の足で歩きたい」と決意を語っている。

 スポニチ本紙の取材では、2人は一昨年末ごろから別居。美佳が都内の自宅に高橋を残し、10歳の1人娘と、母親で女優の喜多川美佳(66)と3人で大阪のウイークリーマンションへ移った。仕事先には大阪から通っている。

 別離を決意したのは美佳。新婚当初16歳だった若妻も32歳になった。

 友人によると、16年余りの結婚生活で、自宅に高橋がいる時、美佳には“外出禁止令”が出ていた。仕事は許されるが、仕事上の付き合いであっても、高橋を家に残して出掛けることができず、高橋が家にいない時だけ外出が許された。一方で、高橋は音楽仲間との付き合いもあり、帰りを待つ美佳をよそに、飲んで朝帰りになることもあったようだ。若かった美佳は普通のことだと思っていたが、周囲の心配を受け、次第に窮屈に感じるようになった様子。

 知人らによると、妻と母、女優業を両立して過ごし、これまで守ってくれた夫には感謝している一方で、30代の自立した女性として生きてみたいという思いが強まった。周囲に「夫から離れて、自分の足で歩いてみたい」と話しており、長女も母親の新たなスタートを応援している。

 別居後、離婚調停に入ったが、高橋は「もう一度やり直したい」との思いを崩さず、不調に終わった。この結果を受け、美佳は離婚を求めて提訴。修復は困難な状況となった。

 結婚は、美佳が16歳の誕生日を迎えた98年9月12日。昭和を代表する俳優だった故三船敏郎さんの娘として売り出したばかりの少女が、法律的に結婚できる年齢に達した当日、中年ロック歌手の妻となり、大きな話題を集めた。結婚後も仲むつまじい夫婦生活をバラエティー番組で語る姿が人気を呼んだが、最近は2人そろっての番組出演が見られなくなっていた。

 高橋はヒット曲「ロード」(92年)でブレーク後の95年12月に、14年間連れ添った前夫人と離婚している。

 ◆三船 美佳(みふね・みか)1982年(昭57)9月12日、東京都生まれ。97年のNHK大河ドラマ「毛利元就」で女優デビュー。98年の初主演映画「友情」で第22回日本アカデミー賞新人俳優賞受賞。04年11月に長女を出産。1メートル60。血液型O。

 ◆高橋 ジョージ(たかはし・じょーじ)1958年(昭33)8月13日、宮城県生まれ。82年、「トラブル」のボーカリストとしてデビュー。85年に休止後、86年に「ザ・トラブル」で再出発。92年の「ロード」が「THE虎舞竜」と改名した93年に200万枚セールス。(スポニチ、2015.1.16)


「ロード」が大ヒットとなった頃、THE 虎舞竜の元メンバーによると、彼らは給料として月額約30万円を受取る程度であったのに対し、高橋一人だけは高級外車を乗り回し、何十万円もする高級革製品を着て、高級クラブなどで豪遊を繰り返していたため、他メンバーに対する待遇改善を高橋に申し出たものの、高橋は聞き流すのみであったとされる。また、高橋が信仰する宗教団体への勧誘行為や選挙活動への強要が激しかったと語っている。なお、高橋自身は前述の金銭トラブルの件に関しては否定しているが、宗教団体への勧誘の件に関しては「そんなの、俺の自由でしょうが。」とコメントしている。(ウィキペディア 高橋ジョージ エピソード)


 虎舞竜メンバーへの仕打ちを考えると高橋との共同生活を2012年まで維持したこと自体が奇跡。三船が13歳のときから付き合って16歳の誕生日に籍を入れた結婚の経緯やタリバンのような時代錯誤の父権主義(高橋は外出禁止令を否定)などおかしな男のせいで人生が変わってしまいました。

 とはいえ、ファザコンの三船が父親代わりの高橋を手に入れ、娘(どう考えても妻=パートナーじゃない)として散々叱られた挙句ようやく反抗期に至ったと解釈すれば健全な女性の成長といえます。


 <夫婦げんかの延長/高橋ジョージ一問一答>
 三船美佳(32)から離婚を求める訴訟を起こされたロックバンド、THE虎舞竜の高橋ジョージ(56)が17日、東京・渋谷の所属事務所で会見した。

 一問一答は以下の通り。

 −裁判について

 高橋 訴状が昨日届いたばかり。裁判に関することは詳しく話せない。争う気はない。まだ代理人を立ててない。家族の夫婦げんかの延長という感覚。

 −三船が求めている娘の親権については

 高橋 僕は欲しいと言っているわけではない。(家族に)会わせてもらって娘の意見を尊重したい。パパとたまに会ってママと暮らすのがいいのか、パパが育てるのがいいのか。子どものことで裁判で争うのはかわいそう。取り合ったというよりも、考えて行ったという形にしたい。

 −昨年2月以降、三船と直接話していない。今、望んでいるのは

 高橋 話し合いです。正直もう1回夫婦としてやり直せたらいいと思っている。残り1%であっても。ここまでやってきた夫婦。落ちちゃうかもしれないけど、何とか最後踏ん張りたい。電話もかからないし、メールも返ってこない。

 −話し合えば、三船の気持ちを変えられるか

 魔法を持ってないので、分からない。でも昨日まで汚く見えた花が、今日きれいに見えるわけない。

 −三船に伝えたいことは

 高橋 会って話がしたい。子どもと3人、他の人もプラスでいいから、離婚について話を出さないという条件でもいい。

 −いつごろから離婚の話になったのか

 高橋 5月のアタマに裁判所から調停の通知が来た。その時、離婚ということが分かった。調停も1人で行った。直接話したかった。調停に行ったら(三船と)会えるのかと思っていた。

 −13年12月からの別居について

 高橋 (三船の)体の調子が良くなかった。大阪でレギュラーが3本あるから、大阪で拠点を構えたいという話だった。移動の負担がかかってた。半年で帰ってくると思っていた。

 −離婚の前兆はあったのか

 高橋 今思えば、12月に大阪に行くとなった時も、1年間彼女の住んでる場所が分かっていなかった。娘と家族3人で最後に会ったのは1月の食事。そう言われてみると(三船とは)2月に千葉のホテルでイベントに出演後、2人で買い物して、コーヒー飲んでる時に『どうしたいの?』と聞いた。(三船は)ずっとうつむいていた。『ひょっとしたら円満離婚?』と言ったら、軽くうなずいているように見えた。その後、ホテルで軽く話し合いをしたら「あなたを支えきれなくなったのよ」というような話を言われた。「離婚したい」という話は聞いてない。

 −離婚の原因といわれる外出禁止令について

 高橋 外出禁止令というものは存在しなかった。でも、彼女は感じてたことなのかな。(例えば)ママ友と深夜までカラオケ行くと言ったら、迎えは俺が行くよと言ったら、それが彼女にとってはそこまで拘束されるの? というように感じになったかもしれない。

 −三船について

 高橋 最大に感謝している。何にも替え難い。恨みも憎しみもない。こういう騒ぎになって心配している。彼女と子どもの人生を優先してやりたい。彼女は仕事も頑張っているので、温かく見守ってほしい。1年離れて、どれだけすばらしい人なのか、どれだけ自分が愛情を持っていたのか分かった。(日刊スポーツ、2015.1.17)


 <高橋ジョージさん、争う姿勢=三船さんとの離婚訴訟−東京家裁>
 タレント三船美佳さん(32)が夫の歌手高橋ジョージさん(56)に離婚や長女の親権を求めた訴訟の第1回口頭弁論が3日、東京家裁(塩田良介裁判官)であり、高橋さん側は請求棄却を求めた。

 この日は高橋さんが出廷。閉廷後の取材に、「全く心当たりのない提訴になっている。子どもを第一に考えるなら、結論はどちらにしても、人を介してでも(三船さん)本人と話し合いたい」と述べた。

 2人は三船さんが16歳になった1998年に結婚。今年1月、三船さんが別居と提訴を公表した。(時事通信、2015.3.3)


 <提訴の内容心当たりない/高橋ジョージ一問一答>
 タレント三船美佳(32)がバンドTHE虎舞竜の高橋ジョージ(56)に離婚や親権を求める裁判の第1回口頭弁論が3日、東京家庭裁判所で行われた。三船は仕事のため姿を現さなかったが、高橋は出廷した。

 閉廷後、裁判所前で高橋が取材に応じた。一問一答は以下の通り。

 −口頭弁論を終えて

 高橋 とりあえず、次回(の裁判)をどうするかという話し合いが長かったので。内容についてはお話できないんですけど。

 −高橋さんは出廷されましたが、美佳さんは出廷しませんでした

 高橋 美佳さんのほうはお仕事だと聞いています。僕は、自分のことなので。人に任せることでもないし、子どものことでもあるので、出られるんだったら、出たいと思いました。

 −美佳さん側から、証拠として、モラル・ハラスメントに関する本が提出されたようですが

 高橋 これは、いろんな誤解があって。モラルハラスメントを受けている被害者の方が現にいるわけですよね。その辺の気遣いがあるので、そうだともそうでないとも言えないのですが。ただ、提訴の内容を見ると、僕にとってはまったく心当たりのない内容でした。ただ、まあ、美佳さんは「子どものことを第一に」と会見で言っていたのですが、仮に離婚ということを協議するのであれば、親が離婚について、全く会わないで話し合いもせずに終わったっていうのは、子どもにとって相当な心の傷になると思うんですよ。結論はいずれにしても、当人同士が、人を介してでも話し合いたい。美佳さんは「何度も場所を設けている」って言っているみたいですけど、離婚の話は一度もございません。それが、彼女にとってマイナスだと思いますし、子どもにとっても一番マイナスだと思います。

 −会見以降に会ったことは

 高橋 まったくないです。

 −高橋さんと義母さんとの確執が問題だったという報道もありましたが

 高橋 争点にはならないと思いますけど。伏線としてはあるかもしれませんが。家庭内のことなので、今はそれは関係ないです。

 −今後、美佳さんに出廷してほしいか

 高橋 都合ですから。自由ですので。本来であるならば、裁判所ってことじゃなくて、テーブル囲んで、子どもを置いて、ご飯を食べながら、どうしたらいいんだろうねっていう話し合いができたら。それが僕の夢ですけどね。僕は別居してからそういう提案をし続けてきました。

 −裁判は高橋さん有利という話もある

 高橋 それはなんとも。僕はこういう裁判は初めてなもんですから。

 −勝算は

 高橋 勝ち負けじゃないです。それが離婚なのか、離婚しないほうがいいのかは分かりません。お互いが幸せになる道を模索したほうがいいんじゃないかと。

 −早く和解したい

 高橋 もちろん。僕から提訴しているわけではないですから。

 −高橋さんが「離婚しても仕方ない」と言っているという報道もある

 高橋 それは、例えば、ということなんで。僕は先ほども言いました通り、離婚を意地悪でしないというわけではないんです。ただ、子どもにとって、両親が話し合いもせずに離婚したっていう事実は、つらいもんですね。僕も両親が離婚しているもんですから。話し合いというか、とりあえず向かい合ってテーブルにつきたいなっていうのが事実ですね。

 −離婚したくない、という気持ちは変わらない

 高橋 変わらないですよ。それが意地悪で終わるのはいやですけどね。子どものことを思って、話し合いで、離婚のほうがベストだというふうに、僕が変わるかもしれない。本人(美佳)がこういうことがつらかったんだっていうのがあって、じゃあ僕とは無理だね、ってなったら。

 −お子さんとは会えていないのか

 高橋 全然会えてないです。ちょうど1年になりますね。

 −その髪形と服装は、裁判のためか

 高橋 いやいや。僕はドラマをやっているんで。(現場に)入る前はこのままで、そのままセットしているので。

 −今はとにかく、本人の口から聞きたいと

 高橋 まあ、やんわりと。

 −美佳さんに言いたいことは

 高橋 まあ、特にないんですけど、僕はじっくり、時間をかけて、療養っていうか、気持ちを整理していただきたいなって思うし。いつでも、話し合いの門戸を開けています。

 −2人は2度と元に戻れないんでしょうか

 高橋 いやいや。不可能に近くても、不可能ではないと思います。かなり不可能に近いと思う方も多いと思うんですけど。

 −まだ諦めていないんですか

 高橋 はい。

 −美佳さんを愛していますか

 高橋 最高に愛しています。

 −子どもに会えない心境は

 高橋 つらいですけど、事情がありますから。

 −今日はひな祭り

 高橋 一緒にいられないのがつらいなって思います。

 −次回の裁判では何を言う

 高橋 次回についてはまだ。これから相談もあるので。寒い中来ていただいてありがとうございました。(日刊スポーツ、2015.3.3)


<参照>
サイゾーウーマン 高橋ジョージ&三船美佳、離婚へ!! 「やっぱり仮面夫婦」「宗教の絆あったのに」と驚きの声
ウィキペディア 高橋ジョージ
posted by リュウノスケ at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第152回芥川賞・直木賞

 第152回芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が15日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれ、芥川賞に小野正嗣(まさつぐ)さん(44)の「九年前(きゅうねんまえ)の祈り」(群像9月号)、直木賞に西加奈子さん(37)の「サラバ!」(小学館)が選ばれた。副賞は各100万円。贈呈式は2月中旬、東京都内で開かれる。

 芥川賞に決まった小野さんは1970年、大分県生まれ。東京大学大学院を経て、パリ第8大学で文学博士。2001年に「水に埋もれる墓」で朝日新人文学賞、02年に「にぎやかな湾に背負われた船」で三島由紀夫賞。芥川賞は4度目の候補だった。現在、立教大学准教授でもある。

 受賞作は、カナダ人の男と別れ、幼い息子を連れて故郷に戻った女性が主人公。問題を抱える子どもとの関係に苦しんでいる。「みっちゃん姉(ねえ)」と慕う女性の息子が重い病だと聞き、主人公は9年前のカナダでの珍道中を思い出す。過去の旅と現在を行き来しながら、二人の女性の祈りを大分の海辺の風土に包んで優しく描いた。

 小野さんは「小説は土地に根ざしたもので、そこに生きている人間が描かれる。あらゆる場所が物語の力を秘めている。世界の優れた文学は個別の土地と人間を掘り下げ描くことで、普遍的になっている。小説を書いたのは僕かもしれないけれど、(作品は)土地が書いた。(昨年秋に亡くなった)兄が一番大きな力を発揮し、応援してくれた」と話した。

 選考委員の小川洋子さんは「故郷の女性たちが、帰ってきた主人公を丸ごと受け止め、土地が持つ魅力をうまく小説として結実させた。鮮明な記憶とあいまいな記憶が最後に見事につながっている」と評した。

 一方、直木賞に決まった西さんは1977年、イラン・テヘラン生まれ。エジプト・カイロや大阪府内で育つ。関西大法学部卒。2004年単行本「あおい」でデビュー。「通天閣」(06年)で織田作之助賞。「ふくわらい」(12年)で河合隼雄物語賞を受賞、直木賞候補にも。候補2度目で受賞が決まった。

 受賞作は、イランで生まれ、育ったカイロでエジプト人の親友を得る少年が主人公。イケメンだが強烈で個性的な家族に囲まれ、自意識過剰でゆがんだ性格になってしまった彼が、親友と再会、家族と自分の存在を受け入れていくまでの成長物語だ。

 西さんは「デビューした時は5冊書けたらすごいと思っていたが、何十作も書けた。直木賞は規模が大きすぎてよく分からないくらい」と驚いた。「当時の自分に『あなたはすごく恵まれているので安心して書きなさい』と言いたい。同時代の作家が悪や違和感を書いてくれるから、私はハッピーエンドに向かっていける。常識やと思っていることを『本当にそうか』と問いかけるような作品を書いていきたい」と話した。

 選考委員の林真理子さんは「人を救うものは何か。宗教でもお金でも成功でもなく、人との出会い、自分がつかみだしたものである。それに向かって私たちは歩かなければならない。こういう前向きなスケールの大きい作品が受賞したことを喜ばしく思う。読み終わった後の、青空が広がるような感覚が最大の魅力」と評した。(朝日新聞、2015.1.15)


 受賞おめでとうございます。





<参照>
ウィキペディア 小野正嗣
ウィキペディア 西加奈子
posted by リュウノスケ at 02:36| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

桑田佳祐謝罪コメント全文

 昨年紫綬褒章を受章した人気ロックバンド「サザンオールスターズ」のボーカル桑田佳祐さんと所属事務所のアミューズは15日、大みそかに横浜市内で開いたサザンの年越しライブで、桑田さんが観客に向けて受章の喜びを報告する際に配慮が足りない部分があったなどとして、お詫(わ)びのコメントを発表した。

 桑田さんはズボンのポケットから褒章を取り出して観客に披露し、オークションにかけるまねをした。ツイッターなどで一部批判の声が上がり、東京都内の事務所前で抗議する人も出た。コメントでは「ジョークを織り込み、紫綬褒章の取り扱いにも不備があったため、不快な思いをされた方もいらっしゃいました。深く反省すると共に、ここに謹んでお詫び申し上げます」などと記した。

 また、中継で出演したNHK紅白歌合戦で、演奏前にちょび髭(ひげ)をつけて登場した件にも触れ、「つけ髭は、お客様に楽しんで頂ければという意図であり、他意は全くございません」とした。紅白では「ピースとハイライト」などを歌い、歌の「解釈」を巡ってツイッターなどに賛否の投稿が相次いでいた。

 さらに2013年の全国ツアーで、ステージ上でデモなどのニュース映像を演出で流したことにも言及。「緊張が高まる世界の現状を憂い、平和を希望する意図で使用したものです」「特定の団体や思想等に賛同、反対、あるいは貶(おとし)めるなどといった意図は全くございません」などと説明した。

■コメントの全文

サザンオールスターズ年越しライブ2014に関するお詫び

いつもサザンオールスターズを応援いただき、誠にありがとうございます。

この度、2014年12月に横浜アリーナにて行われた、サザンオールスターズ年越しライブ2014「ひつじだよ!全員集合!」の一部内容について、お詫びとご説明を申し上げます。

このライブに関しましては、メンバー、スタッフ一同一丸となって、お客様に満足していただける最高のエンタテインメントを作り上げるべく、全力を尽くしてまいりました。そして、その中に、世の中に起きている様々な問題を憂慮し、平和を願う純粋な気持ちを込めました。また昨年秋、桑田佳祐が、紫綬褒章を賜るという栄誉に浴することができましたことから、ファンの方々に多数お集まりいただけるライブの場をお借りして、紫綬褒章をお披露目させていただき、いつも応援して下さっている皆様への感謝の気持ちをお伝えする場面も作らせていただきました。その際、感謝の表現方法に充分な配慮が足りず、ジョークを織り込み、紫綬褒章の取り扱いにも不備があった為、不快な思いをされた方もいらっしゃいました。深く反省すると共に、ここに謹んでお詫び申し上げます。

また、紅白歌合戦に出演させて頂いた折のつけ髭は、お客様に楽しんで頂ければという意図であり、他意は全くございません。

また、一昨年のライブで演出の為に使用されたデモなどのニュース映像の内容は、緊張が高まる世界の現状を憂い、平和を希望する意図で使用したものです。

以上、ライブの内容に関しまして、特定の団体や思想等に賛同、反対、あるいは貶めるなどといった意図は全くございません。

毎回、最高のライブを作るよう全力を尽くしておりますが、時として内容や運営に不備もあるかと思います。すべてのお客様にご満足いただき、楽しんでいただけるエンタテインメントを目指して、今後もメンバー、スタッフ一同、たゆまぬ努力をして参る所存です。今後ともサザンオールスターズを何卒よろしくお願い申し上げます。

株式会社アミューズ

桑田佳祐(サザンオールスターズ)
(朝日新聞、2015.1.15)


大江健三郎(小説)- 1994年(平成6年)ノーベル文学賞を受賞、慣例として文化勲章の授与と文化功労者としての顕彰が決定されたが、「民主主義に勝る権威と価値観を認めない」と勲章そのものを否定して受章を拒否。(ウィキペディア 文化勲章 辞退者)


 大江健三郎が文化勲章を辞退したとき本多勝一から「反権力ならノーベル賞ももらうな」と批判されたことを思い出します。「いらないアピール」をすれば角が立つ上にあちこち矛盾が出ると先達の大江が証明しています。


posted by リュウノスケ at 01:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする