2014年07月15日

2014FIFAワールドカップブラジル大会閉幕

 サッカーのワールドカップ(W杯)ブラジル大会は13日、リオデジャネイロで決勝が行われ、ドイツが延長戦の末にアルゼンチンを1−0で振り切り、1990年イタリア大会以来24年ぶり4度目の優勝を果たした。

 優勝回数ではイタリアに並び、5度優勝のブラジルに次ぐ記録。欧州勢として米大陸開催のW杯を初制覇した。

 ドイツは延長後半に途中出場のゲッツェが決勝点。大会最優秀選手にはアルゼンチンのメッシが選ばれ、得点王は6ゴールを挙げたコロンビアのロドリゲスに決まった。

 2018年の次回W杯はロシアで開催される。(時事通信、2014.7.14)


 アルゼンチンのレジェンド、ディエゴ・マラドーナ氏は、同国代表FWリオネル・メッシがブラジル・ワールドカップ(W杯)のゴールデンボール(大会MVP)を受賞したのは正当な評価ではないと主張している。

 今大会ではグループステージで4ゴールを記録したメッシだが、決勝トーナメントに入ってからは無得点。13日に行われたW杯決勝でもゴールは奪えず、0−0で迎えた延長戦でドイツMFマリオ・ゲッツェが決めた1点が決勝点となってドイツが優勝を飾った。

 試合後にはゴールデンボール受賞が発表されたメッシだが、笑顔を見せることなくトロフィーを受け取った。

 自身が司会を務めるアルゼンチンのテレビ番組『デ・スルダ』でマラドーナ氏が次のように語ったとして、イタリア『ガゼッタ・デッロ・スポルト』が伝えている。

「レオのことは大好きだが、受け取るに見合わない賞を贈られるのは不当なことだ。マーケティングの成果による賞であり、的外れに感じられる。ハメス・ロドリゲスが表彰されるべきだった」

 自身は1986年大会で西ドイツを破って優勝し、1990年には逆に西ドイツに決勝で敗れているマラドーナ氏。アルゼンチンの敗戦については次のように思いを述べた。

「この敗戦は心が引き裂かれるように悲しいし、アルゼンチンのために落胆している。だが、確かな足跡を残して、胸を張って大会を終えることができた」

「ドイツは守備の一瞬の隙をついて勝利を収めたが、彼らの方がアルゼンチンを上回っていた時間はなかった。ドイツはアルゼンチンをリスペクトして戦っていたが、そのリスペクトは選手たちがピッチ上で勝ち取ったものだ」

 アレハンドロ・サベジャ監督の選手交代には苦言を呈している。

「(エセキエル・)ガライ、(パブロ・)サバレタ、(マルコス・)ロホのパフォーマンスはまさに戦士と言っていいものだった。だが、なぜ素晴らしいプレーをしていた(エセキエル・)ラベッシを下げ、明らかに本調子ではなかった(セルヒオ・)アグエロを入れたのかは疑問だ」

「(エンソ・)ペレスを下げて(フェルナンド・)ガゴを入れるなら、引き分け狙いを意図していることは明白だ。一方で(ミロスラフ・)クローゼをゲッツェに代えるなら明らかに勝利を目指している」

 準決勝でドイツに1−7の屈辱的大敗を喫しながらも、宿敵アルゼンチンではなくドイツを応援する様子を見せていたブラジルのファンにも皮肉を述べた。

「彼らは7ゴールを奪われた相手を応援する勇気を持っていた。我々は1失点を喫して決勝に敗れたが、彼らはあの7発を決して忘れることはないだろう」(サンスポ、2014.7.14)


 ドイツ優勝で幕を閉じたワールドカップブラジル大会。にわかファンとしてはメッシのスーパーゴールを見たかったんですが、残念ながらドイツの組織力には敵いませんでした。PKはつまらないのでゲッツェが決めてよかったんじゃないでしょうか。


<参照>
ウィキペディア マリオ・ゲッツェ
posted by リュウノスケ at 01:33| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マララさんナイジェリアを訪問

 パキスタンで女子教育の大切さを訴えてイスラム武装勢力に銃撃されたマララ・ユスフザイさん(17)は13日、ナイジェリアの首都アブジャを訪れ、4月にイスラム過激派ボコ・ハラムに拉致された女子生徒の親や、拉致直後に脱出した生徒らと面会した。ロイター通信が伝えた。

 救出を求めるデモの主催者らとも会い、「少女たちが無事に戻り、教育を受け続けられるようになるまで(デモの)活動に積極的に参加していく」と語った。

 ボコ・ハラムは地元の言葉で「西洋の教育は罪」を意味し、キリスト教会や学校を襲撃。過去に「ナイジェリアのタリバン」と呼ばれていた。(共同通信、2014.7.14)


 イスラム武装勢力に頭部を銃撃されながらも生還したパキスタンの少女、マララ・ユスフザイ(Malala Yousafzai)さんが13日、ナイジェリアの首都アブジャ(Abuja)を訪問し、同国北部チボク(Chibok)地区で約3か月前に拉致された200人以上の少女たちの親のうちの十数人や、脱出に成功した少女5人、少女解放運動を行う団体の指導者らと面会した。

脱出した少女らの話を聞いたマララさんは、「チボクの状況は、400人以上の少女たちが過激派から学校に通うことを阻止された(パキスタンの)スワト(Swat)と同じ」と語った。女子教育の重要性を訴える活動を行ってきたマララさんは、生まれ故郷のスワトで2012年、学校帰りにイスラム武装勢力「パキスタンのタリバン運動(Tehreek-e-Taliban Pakistan、TTP)」によって頭部を銃撃されている。

マララさんは、「あなた方の声は、他のどんな武器よりも力強いと確信しています。だから自分を信じ、進むべき道を突き進んでください。学び続ければ、きっと成功できます。なぜなら私たちがそうだったから。スワトには今、平和があり、少女たちは皆、学校に通っています」と述べ、「それと同じように、私たちもいつかここで、あなた方全員が学校に通い、教育を受けている姿を見ることができるでしょう」と語った。

276人の少女らがイスラム過激派組織「ボコ・ハラム(Boko Haram)」によって拉致された事件からちょうど3か月となる14日には、グッドラック・ジョナサン(Goodluck Jonathan)大統領との面会が予定されている。(AFPBB News、2014.7.14)


 マララさんはどういう立場でこのような活動をしているのだろうかと疑問が湧くこのニュース。17歳の少女にわざわざナイジェリアまで出向かせ、イスラム過激派のなかでも極めて凶悪なグループを批判するリスクを負わせていいのか。

 母国パキスタンの女性解放運動をするのはまだ分かりますが、欧米の支持者(キリスト教徒)がマララさんをイスラム女性解放のシンボルとして利用し、国連関係者のような仕事をさせるのは間違っていると思います。


posted by リュウノスケ at 00:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする