2014年04月13日

周富徳逝去

 テレビの料理番組などで人気を集めた中華の料理人、周富徳(しゅう・とみとく)さんが8日午後11時37分、誤嚥(ごえん)性肺炎のため横浜市中区の病院で死去した。71歳。横浜市出身。葬儀は近親者で行った。喪主は長男志鴻(しこう)さん。

 両親は中国広東省出身。横浜の中華街で料理人の父親の仕事を見て育った。高校卒業後、東京都内の中華料理店やホテルで修業。自ら経営に乗り出した店が評判を呼んだ。

 軽妙な話術と、手際のいい調理法が人気で、NHK「きょうの料理」などテレビ番組の講師も担当。バラエティー番組「料理の鉄人」などで独創的な中華料理を披露したほか、タレント活動も幅広くこなした。

 著書に「周富徳の広東料理は野菜がうまい」「すぐできるおいしい中華の家庭料理」など。弟の周富輝さんも中華の料理人として活動している。

 ◆周富徳(しゅう・とみとく) 1943年(昭18)横浜市山下町に生まれる。父母は中国広東省の出身、横浜中華街でコックをしていた。61年、18歳の時に西新橋の「中国飯店」に入社、料理の道に。そこで修業を積み、京王プラザホテル「南園」で副料理長、「聘珍楼」の総料理長。91年に東京・赤坂の「璃宮」の総料理長となった。フジテレビ番組「料理の鉄人」で、和の鉄人・道場六三郎さんとの戦いも有名。(日刊スポーツ、2014.4.13)


 「ラーメンの鬼」の異名で知られたラーメン店「支那(しな)そばや」店主の佐野実(さの・みのる)さんが11日午前2時57分、多臓器不全のため川崎市内の病院で死去した。63歳だった。素材を厳選し、麺やスープ、具にこだわり、ラーメンブームに大きな影響を与えた。厳しい言動でも人気となり、メディアにも数多く登場。しかし8年ほど前から糖尿病を患い、体調不良に悩まされていた。病床では、究極のチャーハン専門店を開業する夢を語っていた。

 ラーメンの鬼の最期は、穏やかな表情だった。

 糖尿病が悪化して倒れたのは今年2月11日。川崎市内の病院に緊急入院した。しおり夫人(53)の看護もあって、約3週間で一般病棟に移るまで回復した。ほぼ毎日、知人や弟子が病室を訪れた。そのたびにラーメンへの情熱と退院後の活動を熱く語っていたという。

 しかし今月6日に容体が急変。呼吸が荒れ、ベッドから起き上がることができなくなった。10日に血圧が急激に低下し、しおり夫人は主治医から「親族を集めてください」と告げられた。その後血圧は、ほぼ正常値に戻ったものの、翌11日に再び低下。最期は眠るように息を引き取ったという。

 オールバックの髪形に白い厨房(ちゅうぼう)服がトレードマーク。常に眼光鋭く、腕を組む姿で知られた。昨今のラーメンブームでは濃厚な味が多い中、佐野さんは86年の「支那そばや」(藤沢)出店時から一貫して、澄んだしょうゆ味と塩味にこだわり続けた。国内外から価格にこだわらず素材を探し、麺には自分の店専用の小麦粉も発注していた。

 客に対しても厳しく、藤沢時代は麺がのびるから「私語、携帯電話禁止」、香りを損なうから「香水厳禁」などと店内に掲示。スープを残すことさえ許さなかった。そんな姿から「ラーメンの鬼」と呼ばれるようになり、TBS系「ガチンコ」など多くのテレビ番組にも出演した。

 佐野さんが出店していた新横浜ラーメン博物館(ラー博)の広報・企画担当の中野正博さんは「自家製麺の草分けでラーメンに道をつくってくれた。誤解されやすいけど、本当は愛情にあふれた職人で、うれしいと涙を流して相手を抱擁する情熱家だった。残念です」と悔しがった。公式ブログの最終更新は2月14日。仲間の新店を紹介し「俺も食いにいくよ!」と記していた。

 葬儀はラー博近くの新横浜総合斎場で、17日午後6時から通夜、翌18日午前10時半から告別式が営まれる。

 ◆佐野実(さの・みのる)1951年(昭26)4月4日生まれ。横浜市戸塚区出身。藤沢商(現・藤沢翔陵高)では野球部に所属し投手。卒業後、洋食レストランでコックの修業を始める。86年、藤沢市鵠沼海岸に「支那そばや」を開業(04年閉店)。その後、横浜市戸塚区に移転、「支那そばや本店」として営業を続ける。2000年には新横浜ラーメン博物館にも出店。(日刊スポーツ、2014.4.12)


 佐野さんに続いて周さんもお亡くなりになってしまいました。個人的には「ガチンコラーメン道」と浅ヤン「中華大戦争」が印象的。最近の料理人は川越シェフのように女性受けしそうな風貌の人が多いですが、テレビマニアからすると両者のキャラクターは特筆して素晴らしいものでした。心よりご冥福をお祈ります。
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第74回桜花賞(GI)

三連単 Q→@・B・D・F・G・J→H・K=1万2000円
前回までのトータル:−176万5450円
回収率:62.1%
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2014年04月11日

四国霊場人種差別貼り紙事件

 四国八十八か所霊場を回る巡礼者向けの休憩所やバス停など四国各県の計15か所に、「『大切な遍路道』を朝鮮人の手から守りましょう」などと書かれた紙が貼り出されていたことがわかった。

 徳島、香川両県警が軽犯罪法違反(はり札)の疑いで調べている。

 貼られていたのは、少なくとも徳島県9か所、愛媛県4か所、香川県2か所。3月以降に休憩所の壁やベンチなどで見つかり、「最近、礼儀しらずな朝鮮人達が、気持ち悪いシールを、四国中に貼り回っています」「日本の遍路道を守ろう会」などと書かれていた。いずれも管理者らが撤去した。

 四国霊場では近年、外国人の巡礼者が増えており、昨年12月、4度の結願(けちがん)を果たした韓国人女性(38)がガイド役の「公認先達」に認定された。女性は日本語とハングルで「お遍路さんを応援します」と記したステッカー4000枚以上を遍路道沿いで許可を得た民家や店に貼り続けている。撤去された貼り紙は、この活動を中傷することが目的とみられる。女性は取材に対し、「海を越えた交流が広がってきたのに残念で悲しい」と話している。(読売新聞、2014.4.11)


 それでも日本人を愛しているんです−。四国遍路の休憩所に「『大切な遍路道』を朝鮮人の手から守りましょう」と印字した外国人排除の紙が貼られた問題で、中傷の対象とみられる道案内のステッカーを貼っているソウル市在住の韓国人崔象喜(チェサンヒ)さん(38)は十日夜、共同通信の電話取材に答えた。

 崔さんによると、貼り紙の問題は韓国でも報道されている。崔さんは「日本を悪く言われると心が痛みます」と話す。

 崔さんはお遍路の魅力に取り付かれ、全札所への巡礼を四回達成。昨年十二月に外国人女性として初めてお遍路の魅力を伝える「先達」に公認された。「韓国人もお遍路をすれば、日本の印象が変わる」とお遍路を韓国人に紹介し、外国人が迷わないよう、矢印で道順を示すステッカーを貼る活動をしている。

 ところが今回の貼り紙問題を受け「そもそもステッカーは余計なことだったのだろうか。たくさんの人に心配、迷惑をかけてしまい本当に申し訳ない」と自分を責める。しかし「日本と韓国は仲良くなってほしい」という願いは捨てられない。崔さんは「日本人を愛しているんです。日本で受けたお接待の感動を忘れることはできません」と言葉に力を込めた。(東京新聞、2014.4.11)


 貼り紙が軽犯罪法違反に問われるならステッカーはどうなのかという気もしますが、問題があると思うならネット上で論理的に批判すべきです。これは完全に人種差別事件であって容認できません。
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2014年04月10日

NPB違反球問題再燃

 今季の統一球はやはり飛び過ぎだった。日本野球機構(NPB)は10日、1軍公式戦で使用している統一球の反発係数の検査結果を発表した。

 3月29日の開幕第2戦が行われた6球場で各1ダースずつ検査した結果、統一球の反発係数の上限である0・4234を上回る、平均0・426という数値が出た。昨年4月の検査では平均で0・416だった。

 反発係数の基準値を上回る“違反球”が使われていたことになり、NPBは製造メーカーのミズノ社に原因究明を指示した。

 今回の検査結果は12球団と選手会にも伝えられた。

 NPBの井原敦事務局長は「現時点で原因を特定できないのは申し訳ないが、速やかに原因を究明し、定められた規格の球にしたい」と話した。

 統一球をめぐっては、選手やファンに公表することなく飛びやすく変更していたことが昨年発覚し、当時の加藤良三コミッショナーが引責辞任した。NPBはシーズン中に定期的に行っている検査の結果を発表する方針を決めていた。(スポニチ、2014.4.10)


 <巨人5−1広島>◇9日◇東京ドーム
 巨人村田修一内野手(33)が、球史に残る大ホームランを放った。広島戦の8回、今村から放った打球は一直線で東京ドーム左翼最深部の天井に当たり、照明にはね返って左翼フェンス手前に落ちた。東京ドームの本塁打といえば、近鉄ブライアントが中堅スピーカーに直撃させた推定170メートル弾が有名だが、証言を総合すれば、飛距離は匹敵する。4番の一振りでダメを押し、チームは再び首位に並んだ。

 ありえない角度と速度で上がった。8回1死、村田の放った打球は東京ドームの左翼天井にぐんぐん進み、そのまま当たった。方向を変えて、約55メートルと、一番高い場所に架かっている照明にも当たった。左翼席の広島ファンは首を直角に折り曲げ、ダメ押しのボールを待った。

 スタンドではなく、グラウンドにぽとりと落ちた。何が起こったか分からず一瞬の静寂に包まれる中、4番は悠然とダイヤモンドを回った。バットの芯、ど真ん中を食った感触を「なかった。バットだけ抜けていく感じだった」と表現した。「一番飛んだ。ハマスタ(横浜)で打った場外ホームランより、はるかに飛んだ。日本人離れしてる。家系を調べないと」と豪快に笑った。

 試合後、グラウンドに出た球団関係者が、軌道を思い出して距離を測ろうとした。「150メートル以上ではないか」。球史に残る可能性があると踏み、球場に「測ってくれないか」と依頼したほどだった。正確に飛距離を測定した例がなく、東京ドームは推定で150メートルという結論を出した。しかし、実測すれば160メートル以上で歴代の大アーチを悠に超えていた…そう思わせる1発だった。

 俗に言う「看板弾」の推定飛距離が140メートル。ゴジラ松井が放った、天井のつなぎ目に入った1発は150メートルだった。ベンチでは「松井さんより(距離が)いっている」の声が出た。清水打撃コーチは「修一の方が、絶対に飛んでいる。松井のホームランより低い角度だった」と身ぶりを交えて説明。05年、西武カブレラが西武ドームで放った推定180メートル弾を目撃した片岡は「あの時に匹敵する飛距離だった」と証言した。

 原監督もスラッガーの本能を隠さなかった。「すごい当たり。目で追えなかった。ブライアントのホームランに匹敵する当たり」と、東京ドーム最長不倒記録の170メートル弾を引き合いに出した。照明が割れていないか確認作業が続く中、村田は「1本出たからどう、という時期じゃない」と決めた。豪傑にしか描けない孤には、万人を魅了するロマンがある。(日刊スポーツ、2014.4.10)


2014年4月9日 巨人×広島 〜東京ドーム〜 アンダーソン、村田 連続HR



 村田の打ったブライアント級特大HRを見た人は巨人ファンも含めて「おかしいだろ」と思ったはず。いくら完璧に捉えたとはいえあそこまで飛ぶことは常識的にあり得ず、反発係数が違反しているのは明白でした。

 それにしてもあれだけ騒ぎになったのに同じ失態を繰り返すミズノとNPB。「なぜ基準通りの統一球を作らない? 作れないのか? 作りたくないのか? 作る度胸もないのか? 熊崎もおかしいよ」と椎野アナのモノマネで批判したくもなります。加藤時代に迷惑をかけたのでミズノを切れないんでしょう。最悪の癒着といえます。


 <統一球、飛びすぎの要因はウール乾燥!?>
 ウールの乾燥が飛びすぎの要因!? 今季のプロ野球公式戦で使用されている統一球の反発係数が規定を上回り飛びやすくなっていた問題で、日本野球機構(NPB)は14日、ボールを製造するミズノ社から原因について中間報告を受けた。この日都内で開かれたNPBの臨時理事会に同社の水野明人代表取締役社長らが出席し、12球団の代表者に騒動について謝罪。現時点で考えられる反発係数が上がった要因の1つとして、ボール内部のゴム芯を巻くウール糸の含水率が通常よりも低かったことが報告された。

 NPB事務局に、ボールを製造するミズノの幹部が事情説明に訪れた。水野社長は熊崎コミッショナーと会談した後で、臨時理事会に出席。会の冒頭で、12球団の代表者に統一球の騒動について陳謝するとともに、社内調査の中間報告を行った。

 統一球はミズノが中国・上海に構える工場で生産されている。同社は「ボールの素材は昨年までのものと一切変わっていない。仕様は同じ」と、製造工程や素材に変更はなかったと説明。納品前に独自で行った反発係数測定でも、数値は規定の範囲内に収まっていたことを強調した。

 現時点で原因の特定には至っていないものの、素材の管理に何らかの問題があった可能性が報告された。ボール内部のゴム芯を巻く毛糸(ウール)の「含水率」を調べたところ、通常よりも水分量が低く、乾燥した状態であったことが判明。工場内で保管している際に、ウールの品質が変化した可能性があるという。同社は今日15日に記者会見を開き、調査の詳細を公表する予定だ。

 NPBはミズノに対し、引き続き原因の特定作業を進めるとともに、基準に合ったボールを安定的に供給することを要望した。しかし、現実的には原因が特定されるまで新たなボールの製造に取りかかることはできない。ミズノは一時的な措置として、約1万ダースの統一球の在庫から基準に適合するボールを集めて出荷する方針を伝えた。いずれにしても、基準内のボールを供給するには一定の期間が必要。熊崎コミッショナーは、当面は“飛びすぎるボール”を継続して使用することを決定し、12球団の了承も得た。

 NPBをはじめ関係各所は、現場の選手やファンを混乱させないよう、今後も新たな動きがあれば随時、情報公開する方針。反発係数の測定を委託されている日本車両検査協会も、近日中に検査方法をメディアに公開する予定だ。

 今回の問題は、仕様の変更を秘密裏に進めた昨年の統一球問題とはまったく種類が異なるものだ。素材の乾燥と断定されたわけではないが、これまで原因が謎に包まれていただけに、大きな前進と言える。ボールは繊細な“生き物”であることをあらためて肝に銘じ、球界全体で品質管理の強化に取り組むことが求められる。

 ◆飛ぶボール問題 13年6月11日、NPBが統一球の仕様を公表しないまま「飛ぶボール」に変更していたことが明らかなった。同14日に公表された過去の反発係数では11、12年に比べ13年の方が飛びやすいことが数値で証明された。今季の反発係数の基準範囲は0・4034〜0・4234。NPBは10日、3月29日の反発係数検査で6球場の平均値が0・426、規定の上限0・4234を5球場で上回り、飛びやすくなっていると発表。原因は統一球を製造するミズノ社が調査中。当面は現在のボールを継続して使用する。

 ◆ボール反発係数測定 東京都内の日本車両検査協会に委託して毎年3〜5回行い、1度の検査で6球場の備品から1ダースずつ抽出した計6ダース(72球)を調べる。6種類の速度で鉄の壁に球をぶつけ、はね返ってくる速度を計測。検査対象となる球場は、NPBの担当者が抽出する当日に通告する。(日刊スポーツ、2014.4.15)


 <“合格”統一球、今月下旬にも安定供給へ 原因は毛糸の乾燥と結論>
 統一球を製造しているミズノ社は17日、乾燥の影響の少ない3月以降に生産したボールのうち6ダース分を日本車両検査協会で検査し、その全てが基準値(0・4034〜0・4234)に適合したと発表した。早ければ今月末にも12球団に適合球を供給する見通し。

 ミズノ社は現在の使用球の反発係数が基準値を超えた原因をゴム芯を巻く毛糸の乾燥と結論づけていた。検査後、日本野球機構(NPB)に報告を行ったミズノ社の寺下正記グローバルイクイップメントプロダクト部次長は「(今回の検査が)原因の裏付けになったと思う。今月末をめどに安定供給を目指したい」と話し、18日に中国・上海工場で生産を再開すると明かした。

 当初は今回の検査で適合したボールを22日までに供給する方針だったが、在庫の確保を優先。上海工場から検査を経た最低1ロット(1000〜1500ダース)が届くのを待って現在の使用球と入れ替える。NPBの井原敦事務局長は「在庫を含め安定供給の態勢を一日でも早くつくらなくてはいけない」と話した。

 また、熊崎勝彦コミッショナーは、NPB内に統一球の管理と反発係数の基準を検討する部署か委員会を設置し、第三者の意見を取り入れる考えを明らかにした。 (スポニチ、2014.4.18)
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三谷幸喜第1子誕生

 脚本家の三谷幸喜氏(52)が9日、自身の公式サイトで、昨年7月に再婚した夫人(33)との間に第1子を授かったことを発表した。6月初旬に出産予定。

 三谷氏は「まもなく、三谷家に新しい家族が加わることになりました。この6月初旬に初めての子供が誕生する予定です」と報告。「私的なことでございますので」と会見などは行わず、「本人も、静かに新たな家族の誕生を待ちたいと考えております」としている。

 三谷氏は11年5月に離婚した女優小林聡美(48)との間には子供がいなかった。(スポニチ、2014.4.9)


 再婚したときなんとなく子どもを作るような気はしましたけどね。おめでたい話題で言いたくはありませんが、私は小林聡美が気の毒だと思います。


<参照>
テレビ大菩薩峠 三谷幸喜小林聡美離婚
テレビ大菩薩峠 三谷幸喜再婚
posted by リュウノスケ at 02:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする