2013年10月31日

黒子のバスケ連続脅迫事件

 人気漫画「黒子のバスケ」をめぐって作者に恨みがあるという人物から、毒入りの菓子を店頭に置いたとの手紙がコンビニ最大手のセブン―イレブン・ジャパン(東京都千代田区)に届いていることがわかった。同社は15日、玩具つき菓子「ボイコレ 黒子のバスケウエハース2」を店頭から撤去したが、警視庁の鑑定では毒入りとして送りつけられた菓子から毒物は検出されなかった。

 黒子のバスケは、週刊少年ジャンプ(集英社)に連載中のバスケットボールを題材にした漫画。この漫画に関連するイベントの中止などを求める脅迫事件が1年前から全国で相次いでおり、警視庁は威力業務妨害の疑いで関連について調べる。

 セブン―イレブン・ジャパンの説明では、封書は15日までに郵送で届き、4枚の用紙に菓子に毒を入れたという趣旨の文言がパソコンで記されていた。名指しされた玩具つき菓子は黒子のバスケの関連商品で、キャラクターカードが入っている。全国約1万6千店舗のうち、約1500店で取り扱いがあるが、撤去の結果、一見して不審な商品はなかったという。

 警視庁によると、同様の手紙は菓子の製造元の「バンダイ」(東京都台東区)や、朝日新聞社を含む複数の報道機関にも郵送されていた。NHKと産経新聞社、共同通信社あての封書には毒物を混入したとする菓子も同封されていた。一部は警視庁が任意提出を受けて鑑定をしたが、毒物は検出されなかった。

 朝日新聞社に届いた封書にはさいたま市内で13日に投函(とうかん)された消印があった。B4用紙4枚で、パソコンで「わしは黒子のバスケ脅迫事件の犯人一味」「動機は(作者への)怨恨(えんこん)や」「グリコ森永事件の約三十年ぶりのリバイバルや」などと記され、このうち、2枚には菓子などの画像が印刷されていた。差出人は、これまでの脅迫事件と同じ「怪人801面相」を名乗っていた。朝日新聞社は直ちに警視庁に通報した。(朝日新聞、2013.10.15)


 <「黒子のバスケ」脅迫文全国250カ所に 4日の「Xデー」警戒>
 人気漫画「黒子のバスケ」をめぐる脅迫事件で、10月に新たに届いた脅迫文の送付先が全国で約250カ所に上ることが3日、捜査関係者への取材で分かった。脅迫文の一部に放火殺人をにおわす文面があり、関連する送付先にライター用のオイルが届いていたことも判明。関連商品の撤去など影響が広がりを見せる中、犯人側は4日に何らかの行動を起こすことを示唆しており、警視庁捜査1課などが警戒を強めている。

 捜査関係者によると、10月の脅迫文の大半は12日付で埼玉県内の消印。送付先は12通りに分類され、報道機関には「犯行声明」、漫画の発行元の集英社には「宣戦布告」などとタイトルがつけられ、内容もそれぞれ異なっていた。一部には「全部で500カ所に送った」と書かれていた。

 書店やレンタルビデオ店の「TSUTAYA」を運営する会社への脅迫文には、ライターなどに使われるオイルも同封されていた。産経新聞宛ての脅迫文には「黒子の単行本を売っている本屋に行って丸焼けになろう」と放火殺人を連想させる文面があった。また、上智大学の文化祭最終日となる4日を、決行日を示す「Xデー」に指定していた。

 一連の脅迫事件は昨年10月12日、上智大で「今をときめくマンガ家が憎い」などと書かれた脅迫文と硫化水素入り容器が見つかったことで発覚。ちょうど1年後の消印で再び脅迫文が送付されたことなどから、捜査1課は同一犯の可能性が高いとみている。(産経新聞、2013.11.4)
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巨人内海100万円恐喝事件

 30日発売の週刊文春が、巨人・内海哲也投手(31)の女性問題を報じた。記事によると、内海は過去に広島のキャバクラ嬢と交際し、この女性の“オトコ”を名乗る人物に脅された。そこで知人の男性に仲介を依頼し、100万円で解決をみた。だが今度は仲介した男性と謝礼をめぐってトラブルになり、今季終盤に球団に相談。読売グループが警視庁に相談する事態に発展したという。

 球団は同誌の取材に、警視庁に相談した事実などを否定。31日のシリーズ第5戦先発が濃厚の内海に対し、処分などは科さない方針だ。(ZAKZAK、2013.10.30)
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「健美食品」送りつけ商法事件11人逮捕

 注文を受けていない商品を送りつけ、支払いを迫り代金をだまし取ったとして、埼玉、茨城、福井、静岡各県警の合同捜査本部は30日、詐欺容疑で健康食品販売会社「健美食品」(東京都新宿区)と関連会社など約30カ所を家宅捜索した。同日午後にも、同容疑で元従業員ら11人を逮捕する方針。

 健康食品などを使った「送りつけ商法」の被害は最近増加しており、健美食品は8月、消費者庁から特定商取引法違反で業務停止命令を受けていた。

 捜査関係者によると、元従業員らは2〜4月、埼玉、茨城、鹿児島、静岡県などの70〜80代の女性11人に、「あなたが注文した商品ができているのであす送ります」などと電話をかけて、注文を受けていない商品を送り、代金をだまし取った疑いが持たれている。被害は42道府県の4000人以上、1億円超に上るとみられる。(時事通信、2013.10.30)


 注文されていない商品を送りつける「送りつけ商法」で代金をだまし取ったとして、埼玉、茨城、福井、静岡各県警の合同捜査本部は30日、詐欺容疑で健康食品販売会社「健美食品」(東京都新宿区)の佐生佳紀容疑者(29)=東京都世田谷区下馬=ら元従業員11人を逮捕した。佐生容疑者は「だまそうとしていない」と容疑を否認している。

 捜査本部は、高齢女性を中心に42道府県の4000人以上が同社の送りつけ商法で被害に遭い、被害総額は少なくとも1億円を超えるとみている。

 逮捕容疑は2〜4月、埼玉、茨城、鹿児島、静岡など10県の71〜84歳の女性11人に、注文がないのに、「注文を受けた商品をあす送ります」など電話をかけて健康食品を送り、代金の名目で各2〜5万円、計約32万円をだまし取った疑い。(時事通信、2013.10.30)


 注文していない健康食品を一方的に送りつけ、現金をだまし取ったとして、埼玉、静岡、茨城、福井4県警の合同捜査本部は30日、東京都新宿区の健康食品会社「健美食品」の元社員(29)(東京都世田谷区)ら男女11人(22〜41歳)に対し、詐欺容疑で逮捕状を取るとともに、同社の関連会社など約30か所の捜索を始めた。

 合同捜査本部は、同社による「送りつけ商法」の被害者は全国の約4000人に上り、被害総額は1億円を超えるとみている。

 捜査関係者によると、元社員らは今年2〜4月、商品を注文していない埼玉県などの71〜84歳の女性11人に対し、「あなたが注文したアンチエイジング(抗加齢)のサプリメントを送る」などと電話して商品を送り付け、代金引換で1人あたり2万〜6万円をだまし取った疑いが持たれている。

 女性が断ろうとすると「特別に安い商品にする」「年金で払える」などと強引に勧誘していたという。(読売新聞、2013.10.30)


 注文していない商品を送りつけて代金を詐取する「送りつけ商法」で、埼玉、茨城、福井、静岡の4県警は30日、健康食品販売会社「健美食品」(東京都新宿区)の元従業員、佐生佳紀(さそうよしのり)容疑者(29)=東京都世田谷区下馬5=ら計11人を詐欺容疑で逮捕した。42道府県の約1万人から2億円超をだまし取ったとされ、送りつけ商法の被害としては過去最大規模という。

 逮捕容疑は今年2〜7月、埼玉県などに住む71〜84歳の女性11人に健康食品を送りつけ、計約32万円をだまし取ったとしている。11人はいずれも元従業員。埼玉県警によると、佐生容疑者を含む4人が容疑を否認し、残る7人は認めている。

 同県警などによると、問題の商品は「老化抑制」の効用をうたったサプリメント「凰寿(おうじゅ)」(1箱2万4800円)など。高齢者宅に電話し「注文を受けた。商品を送る」などと話し、「覚えがない」と断られても「あなたが忘れてしまっただけ」などと迫り、代金引き換えの宅配便などで一方的に送りつけていた。

 健美食品に対しては今年8月、消費者庁が3カ月間の業務停止命令を出していた。(毎日新聞、2013.10.30)
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2013年10月30日

川上哲治逝去

 プロ野球巨人の4番打者として活躍し、監督になって史上最多の9年連続日本一を達成した川上哲治(かわかみ・てつはる)さんが28日午後4時58分、老衰のため東京都内の病院で死去した。93歳だった。熊本県出身。葬儀は近親者で済ませた。親族らが30日、明らかにした。後日、お別れ会を行う予定。

 熊本工業高校時代に春夏計3回甲子園に出場し、1938年に巨人入団。初めは投手だったが、打力を買われて一塁手に転向し、39年に首位打者と打点王を獲得。58年の引退まで「弾丸ライナー」の強打者として活躍し、巨人の黄金時代を築いた。「(打撃練習中に)ボールが止まって見えた」という境地に達して「打撃の神様」とも呼ばれた。

 通算1979試合、7500打数、2351安打、打率3割1分3厘、1319打点、181本塁打。首位打者5回、本塁打王2回、打点王3回。最優秀選手(MVP)にも3回選ばれた。

 引退後2年間ヘッドコーチを務め、61年から監督。「管理野球」を打ち出し、長嶋茂雄、王貞治ら戦力にも恵まれて14年間でセ・リーグ優勝11回、日本シリーズもすべて制した。65年からは、現在も破られていない9年連続日本一を達成した。

 65年に野球殿堂入り。背番号16は巨人の永久欠番。巨人退団後はNHKなどの野球解説者を務め、少年野球の指導にも情熱を注いだ。92年文化功労者。

 ◇厳しさ貫いた
 堀内恒夫氏 残念というしかない。僕は怒られっ放しだったけれど、川上さんのおかげでまともな野球選手にしてもらえた。厳しさを貫き通した方だった。(V9の時代に)選手の強い個性を生かしながら使いこなせる人は川上さんしかいなかったと思う。

 ◇感謝している
 熊本工高の後輩に当たる広島・前田智徳外野手 何と言っていいか…。3、4年目のキャンプで、技術的なことや精神的なことを教えてもらった。けがから復帰して首位打者を争っていた時には、一日の最後の打席で自分のスイングができるようにという指導を受けた。他球団の選手を気に掛け、若造に真剣に接していただき感謝している。

 ◇アドバイスいただいた
 熊本工高の後輩で、元巨人外野手の緒方耕一氏 入団当初はあいさつするのが精いっぱいだったが、引退してコーチになるという時にいろいろアドバイスをいただいて感謝している。葬儀は身内で済まされたと聞いた。日本シリーズ中だから気を使われたのかな。川上さんらしい。

 ◇巨人の歴史と伝統そのもの
 巨人・白石興二郎オーナー 打撃の神様と称された選手時代、9年連続日本一を成し遂げた監督時代。こうした足跡こそが巨人軍の歴史と伝統そのもの。後継者のわれわれはV9を神格化することなく、V10を大目標に戦い抜くことが、川上さんの遺志に報いる道と信じている。悲しみを乗り越え、必ずや40年ぶりの連続日本一を川上さんに報告する。

 ◇伝統を引き継ぐ
 元阪神の吉田義男氏 プロ3年目くらいに、君はバットの芯に当てるのがうまいと褒められたことを覚えている。それが自信につながった。指導者としての功績は、ボール球を振らないという教えを徹底したことだと思う。プロ野球界はこの伝統を引き継いでいかなければならない。(時事通信、2013.10.30)


 「打撃の神様」「V9監督」として知られたプロ野球のかつての大打者で元巨人監督の川上哲治氏が28日午後4時58分、東京都稲城市の病院で老衰のため死去した。93歳。熊本県出身。葬儀・告別式は近親者のみで執り行った。

 「赤バット」で人気を博し、戦前戦後を通じて打撃の第一人者として活躍。1961年に巨人監督に就任し、65年からは9年連続日本一の偉業を達成した。監督時代の65年に野球殿堂入りし、監督通算1066勝739敗61分け。巨人の背番号16は永久欠番となった。

 川上氏は選手と監督の両方で成績を残した。選手としては入団2年目の1939年に19歳で首位打者に輝き、打点王も獲得した。翌年には本塁打王となり、20歳までに打撃主要部門のタイトルを全て手にした。

 56年には球界初の通算2000安打を達成。打球は「弾丸ライナー」と形容され、低い弾道の当たりで安打を量産した。投手としても11勝のうちの2つを完封で挙げた。

 61年に監督に就任すると長嶋茂雄、王貞治を擁してV9を達成。11度の優勝は鶴岡一人(故人)と並び最多。日本シリーズ出場11度も最多で、全て優勝した。

 巨人・白石興二郎オーナー「川上さんの足跡こそが巨人軍の歴史と伝統そのものです。後継者のわれわれはV9を神格化することなく、V10を大目標に戦い抜くことが、川上さんのご遺志に報いる道と信じます」

 ソフトバンク・王貞治球団会長「打撃の神様と言われ、戦後の野球界をリードするとともに、余人ではできないV9を達成した野球の神様のご逝去に、心よりお悔やみを申し上げます。勝負に対する執念、最後まで諦めないということを徹底して教えていただき、自分の人生で実践することができました。心から感謝申し上げます。安らかにお眠りください」

 巨人・原辰徳監督「プロ野球、巨人軍において、さんぜんと輝く大先輩。これから先も野球界の宝物です。個人的にもお手紙をちょうだいし、お電話で話す機会もあった。現役の時、打撃指導を受けたのを覚えている。指導する上において(川上氏の)指導方法を生かさせていただいています」

 元楽天監督・野村克也氏「野球少年だったので、赤バットの川上、青バットの大下に憧れていた。京都の田舎で巨人ファンだった。遠い存在、まさに神様だった。残念です。監督を長くやってきたが、常にV9時代が頭にあった。川上さんだったらどうするかと考えて、川上さんをかがみにした。もう一度お会いして、真の野球学を直接聞いてみたかった。これが野球だというお手本を示していた」

 元阪急監督・上田利治氏「偉大な方が亡くなられて残念です。個人としてもすごく実績があり、さらに、日本野球全体の力もつけられた。監督としてこうあるべきだと、教わった。知らず知らずのうちに、教訓として入ってきていた。心身ともに元気な方だった。寂しい」

 楽天・星野仙一監督「勝負に対してものすごく厳しい人だった。今のわれわれでもできないほど野球に人生をかけていた。情の厚い人だった。ただ、勝負には非情にもなった。そういうところは学んだ」

 ロッテ・伊東勤監督(川上氏の熊本工高の後輩)「高校の大先輩と軽々しく言えないほど、雲の上の存在でした。本当にショックです。今は心よりご冥福をお祈り申し上げます」(スポーツ報知、2013.10.30)


 長嶋茂雄・巨人軍終身名誉監督のコメントは以下の通り。

 突然の訃報に驚き、戸惑っています。

 私にとって川上さんは、とてつもなく大きな存在でした。巨人軍の4番打者として、監督としてバトンを受け、その偉大さを感じた毎日でした。

 選手としては、赤バットでプロ野球の人気を高め、監督としては勝負にも選手教育にも一切の妥協を許さない厳しさで、前人未踏のV9に大きな役割を果たされました。

 巨人軍、プロ野球のあるべき姿を教わるなど、私自身大きな影響を受けた先輩の一人です。ご冥福をお祈りいたします。(産経新聞、2013.10.30)


 野村克也氏の話

 川上さんとはそれほど深いつながりはないんですけど、あるとすれば私が南海の監督をやったときに、私のほうから面会を求めて、誰でもいいから投手を何人か譲ってもらえませんかとお願いに行ったときにね、すごいなと思ったのは、そこに長嶋がいたんですよ。『トレード話がどういうものか、近い将来長嶋君が監督をやるんで、是非どういうものが聞かせてやりたい。長嶋君の同席を許してください』と。そういうこともありました。そういう縁しかないんですよ。

 ただ、私は野球少年でしたから。『赤バットの川上、青バットの大下』という少年時代、あこがれてまして、京都の遠い田舎なのに、なぜか巨人ファンだったんですよ。だからそういうことぐらいしか、川上さんというのは遠い存在、まさに神様でしたからね。非常にまあ残念ですね。

 V9の時の最後のチームが我が南海。それも1つありますね。あのときはまるっきりみんなに言われてました。『1つ勝てばいいほうだろうと』。でも4勝1敗かな。本当に1つ勝ちましたけど。全く力もかなわないしね。

 私は監督生活長かったですけど、常にV9時代っていうのが脳裏にあって、川上さんを鑑にして、『川上さんだったらこういうときどうしたんだろう』とかいう思いは常にありましたね。V9時代の捕手である森とは親しくしてましたんで、彼には川上さんのことは聞いていました。よくミーティングなんかされる方だったんで、『川上さんってどんなミーティングするの?』って聞いたことがあるんですけど、野球の話はほとんどないと。強いて言えば人間学、社会学かなということを森から聞いていまして、そういえば川上さんシーズンオフに福井県の永平寺に修行に座禅を組みに行ったりしておられましたよね。川上さんの有名な言葉で『野球人である前に社会人であれ』というね、そういうことですね。

 何といっても非常に残念で、私自身としてはもう1回お会いしてね、野球とは、真の野球学を直接聞いてみたかったなと、そういう悔いはあります。

 未だに川上野球というのは引き継がれているんじゃない? 一回表から無死一塁で、はい、送りバントというのは川上野球でしょう。(川上野球とは)横綱相撲というよりも、これが野球だというお手本を示したと思います。お手本野球。チーム作りからね。(産経新聞、2013.10.30)
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日展不正入選事件

 日本美術界で最大規模の公募展である日展「書」の篆刻部門審査で、入選数を会派ごとの過去の実績を踏まえて事前調整する慣行があることが30日、関係者の証言で分かった。誰でも応募できて実力を試せることを特色とした公募展だが、審査は各会派に配慮して行われており、日展審査の公正さも問われそうだ。

 審査員経験者の日展理事の一人は「特定の会派に入選数が集中することや全滅する会派が出るのを防ぐのが目的。篆刻界全体のことを考えてやっている」と話している。この理事の説明によると、審査の第1段階で作品本位で入選数の倍の数だけ選び出し、次の段階で各会派に配慮する形で、過去の入選実績などを参考にして絞り込むという。

 過去に審査員を経験したことがある日展関係者は「会派ごとの人数調整は長年の慣行」と指摘する。日展には日本画、洋画、彫刻、工芸美術、書の5科があり、出品料1万円を払えば応募でき、入選すれば展示される。書には漢字、かな、調和体、篆刻がある。(産経新聞、2013.10.30)


 日本美術界で権威のある日展の「書」で、有力会派に入選数を事前に割り振る不正が行われたことが朝日新聞の調べで分かった。毎年1万人以上が応募する国内最大の公募美術展への信頼が揺らぐのは必至だ。

 日展には日本画、洋画、彫刻、工芸美術、書の5科がある。1万円を払えば誰でも応募でき、入選すれば展示される。今年度は11月1日から国立新美術館(東京・六本木)で開催される。1万3919点の応募があり、7割が書だ。

 書には漢字、かな、調和体、篆刻(てんこく)の4部門がある。朝日新聞は、石材などに文字を彫る「篆刻」の2009年度の審査を巡り、当時の篆刻担当の審査員が有力会派幹部に送った会派別入選数の配分表と、手紙を入手した。配分表には有力8会派ごとの応募数と入選数が直筆で記され、過去5年分の会派別の応募数と入選数の一覧も添えられていた。

 手紙は審査員が入選者公表前の10月15日に書いたもので、「今年は昨年度の会派別入選数厳守の指示が日展顧問(本文は実名)より審査主任に伝達され、これに従った決定となりました」とし、配分表通りに入選数を決めたと説明している。日展顧問(89)は書道界の重鎮で日本芸術院会員。審査主任は書の4部門全体の審査責任者で、当時は日展常務理事だった。(朝日新聞、2013.10.30)



 <「天の声」結果覆す 背景に階級社会 うみ出し再生を>
 106年もの伝統がある日展への信頼にひびが入った。「書」篆刻部門の審査で入選数が有力会派ごろに割り振られていたことが明るみに出たからだ。書道界で力を持っていた人物の「天の声」を示され、自らの選考結果を覆した審査員もいる。公募展を開催する上で最も重要な公平性が揺らいでいることに「信じていたのに残念」と嘆く声がある一方、「これでうみが出る。公正な日展に向けて出直す機会にしてほしい」と前向きな見方も出ている。

 「これは天の声だ」。2009年10月、東京・池袋で行われた審査会。篆刻担当の審査員は、選考結果を書全体の審査責任者である主任(故人)に伝えようとした際、有力な8会派への入選数の配分が書かれた紙を渡され、そう告げられた。

 天の声の主とされたのは文化功労者の書家、古谷蒼韻・日展顧問(当時)。審査員は紙を見て、自身の選考結果を変更した。「主任は顧問の名前を出せば、私が従うと思ったのかもしれない。受け入れるしかなかった」

 古谷氏は入選数調整を指示した事実を否定しているが、日展に「騒動の責任を取る」と伝え、退会した。1日始まった第45回日展の会場から、古谷氏の作品が撤去された。

 過去に書の漢字部門などの審査に関わった会員は「紙や口頭で事前の人数調整が告げられた。公平な審査とはいえなかったと思う」と明かす。

 「青天のへきれき。不正があるなら、たださなければ組織は空中分解してしまう」。日展開幕の前日10月31日、寺坂公雄理事長は記者会見で、危機感をにじませた。

 しかし入選数の事前調整について「篆刻界のことを考えれば必要だった」との見方は根強い。審査員の経験者は「配分を決めておかなければ、権力を持つ会派の入選者はもっと多くなるはず。事前調整が有力会派の入選数を突出させないための歯止めになっている」。

 日展は公益社団法人「日展」が主催する公募美術展。1907年に前身の官展「文展」が始まり、58年に民間団体になった。

 内部に詳しい書家は「応募者は参加費1万円を支払う仕組みなので、応募数の7割を占める書が事実上日展を支えている。応募者がたくさんいる会派の発言力が大きいのは当然だ」と説明する。

 問題の背景には、日展内部が事実上の階級社会になっていることがある。美術ジャーナリストは「日展での経歴が、美術界での出世につながる」と指摘する。日展で実績を重ねた人の中から、日本芸術院会員や日展の常務理事、顧問が選ばれる。審査員などを選ぶ顧問や理事には絶大な力が集まる仕組みだ。

 南嶌宏・女子美術大教授は「公募展の審査は純粋な場であるべきだ。公募展にも優れた作品はたくさんあるので、入選、落選を決める組織の在り方、審査の在り方の原点に立ち返り、再生してほしい」と話している。(山陽新聞、2013.11.2)





<参照>
ウィキペディア 古谷蒼韻
ウィキペディア 日本美術展覧会
posted by リュウノスケ at 19:01| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする