2012年09月12日

金本知憲引退

 プロ野球阪神の金本知憲外野手(44)が12日、兵庫県西宮市のホテルで記者会見し、今季限りで現役を引退すると表明した。1492試合連続フルイニング出場の「世界記録」を持ち、今年6月に史上7人目の通算2500安打を達成した金本は「限界かなというのと、時代の流れ。パフォーマンスを出せず、体もしんどかった」と語った。今月2日に南信男球団社長と話し合い、10日に引退を決断したという。

 金本は広島・広陵高、東北福祉大を経てドラフト4位で1992年に広島に入団。2003年にフリーエージェント権を行使して阪神へ移籍し、同年と05年のリーグ優勝に貢献。連続フルイニング出場記録は99年から10年にかけて積み重ねた。連続試合出場は1766試合で、衣笠祥雄(元広島)の2215試合に次ぐ歴代2位。

 プロ21年目の今季は通算1500打点も記録。一方で、2年前に痛めた右肩の影響により外野守備には不安が付きまとい、思うような打撃もできていなかった。今月11日時点で109試合に出場し、打率2割5分8厘、4本塁打、26打点。1日の広島戦を最後に先発メンバーから外れていた。

 金本は現役生活を「人生そのもの」と表現。涙を流すシーンもあった。 

 ◇金本の略歴
 金本 知憲(かねもと・ともあき)広島・広陵高から東北福祉大を経てドラフト4位で92年に広島入り。筋力強化を徹底して長打力を備え、00年には打率3割1分5厘、30本塁打、30盗塁の「トリプルスリー」。フリーエージェントで03年に阪神に移籍し、2度のリーグ優勝に貢献。04年に打点王、05年は最優秀選手に輝いた。08年に通算400本塁打。この間、99年から10年にかけて1492試合連続フルイニング出場の「世界記録」をマーク。今年は6月に通算1500打点、通算2500安打を達成。180センチ、88キロ。右投げ左打ち。44歳。広島県出身。(時事通信、2012.9.12)


 阪神金本知憲外野手(44)が12日、兵庫・西宮市内のホテルで会見し、今季限りでの現役引退を表明した。金本は試合前のユニホーム姿で記者会見し、時折、涙で声を詰まらせた。

−今の率直な心境は

金本 ほっとした一面もあるし、悔いも寂しい気持ちもある。でも、ほっとしたというのがかなり占めている。

−決意はいつ

金本 10日くらい前から考え始めた。本当の決断は一昨日。母親には最初に伝えた。子どもに言ったら大泣きしていた。

−現役を振り返り

金本 もっとやっておけばいい数字が残せたという思いと、フルイニングというつらい記録をつくったり、よく頑張ったなという思いもある。特にこの3年間はみじめというか、プロ入りして最初の3年と最後の3年はこんな苦しい人生があるのかと。

−一番の思い出は

金本 一つはカープで優勝できなかったのがすごく残念。タイガースの歴史の中で一番強くて一番、人気があるときにプレーさせてもらって幸せな野球人生だった。

−自身にとって野球とは

金本 人生そのもの。10歳から始めて二、三割の喜び、充実感しかなかったけど、その少しを追いかけて七、八割は苦しいという野球人生だった。(日刊スポーツ、2012.9.12)


金本引退・談話

◇44歳まで現役はすごい
中畑清DeNA監督 「潮時では」と決断したんじゃないか。44歳まで現役はすごい。投手ならば、と思うが野手だからね。そんな簡単な努力では、ここまでできない。心からご苦労さん、と言いたい。

◇応援したくなる選手
王貞治ソフトバンク球団会長 本当に鉄人。よく頑張ったと思う。彼は常にハッスルプレーと全力スイングで、ファンがすごく応援したくなるタイプの選手だった。残念だが、誰でもこの日は来る。(引退後は)しばらく休んでから、また野球界のために頑張ってもらいたい。

◇タイガースを変えた
星野仙一楽天監督 (阪神の監督時代に)必死で口説いて広島からフリーエージェントで獲得したが、そのかいあって本当にタイガースを変えてくれた。練習量が全然違っていた。現役選手のかがみだった。この10年、いやその前を入れてもタイガースの最大の功労者だろう。今朝電話をもらって、ピンと来た。お疲れさまと話した。

◇鉄人にふさわしい
高木守道中日監督 掛ける言葉は、ご苦労さましかない。衣笠(祥雄)のようにけがに強かった。(金本も)鉄人と呼ばれるにふさわしい選手。

◇衰え感じない
野村謙二郎広島監督 あの年齢でも、あれだけバットを振れている。衰えとかそういうものは感じたことがない。寂しくなる。

◇弱音吐かなかった
巨人・江藤打撃コーチ びっくりしている。弱音を吐かない、けがに強い選手だった。自分が(広島で)4番のとき、後ろにいて心強かった。カバーしてくれた。

◇突然でびっくり
広島・緒方野手総合コーチ 来年もプレーするんだろうと思った。突然でびっくりした。(広島で)一緒にやっていた自分の中では本当にいいライバルだった。

◇縁を感じる
広島・町田打撃コーチ 大学のときに全日本で同じチームになり、僕も(広島から)阪神に移った。すごく縁を感じる。プレーが見られなくなってしまうのは寂しい。

◇励みでありライバル
中日・山崎 同い年で、励みでもありライバルでもあったので寂しい。ただ、この2年間は故障との闘いで苦しんでいたので、こういう決断もやむを得ないと思う。

◇優勝が一番の思い出
ロッテ・今岡 阪神時代の2005年に4、5番で、お互い多くの打点を挙げ、リーグ優勝できたのが一番の思い出。どんな状況でも毎試合出場している姿を見て、自分も頑張ることができた。

◇勝負強さすごかった
DeNA・三浦 プロ初勝利(1993年9月4日、広島戦)を挙げた時、代打本塁打(金本のプロ初本塁打)を打たれたことがすごく印象に残っている。走者がいるときの勝負強さがすごかった。対戦では何とか裏をかこう、だまそうと必死だった。

◇いい思いができた
オリックス・井川 (阪神でチームメート)金本さんが来てくれてチームが強くなって優勝もでき、自分らもいい思いができた。広島時代に結構打たれているので、もう一度対戦したかった。

◇鍛錬と精神のたまもの
松田元広島オーナー プロ21年目の今季限りでユニホームを脱がれると聞き、残念に思います。最多連続試合全イニング出場を始め、数々の記録を達成されていますが、休まず試合に出るという苦しさに打ち勝つことは気力、体力とも、鍛錬と精神のたまものだと思います。本当に長い間、ご苦労さまでした。

◇記憶に残る名選手
加藤良三プロ野球コミッショナー けがにも強く、本当によく頑張られた。数々の偉大な記録はもちろん、記憶に残る名選手として球史に名を刻まれたことは間違いありません。現役を退かれた後も、日本球界の発展、繁栄のためにお力を貸していただけることを切に願っています。

◇いろんな気持ちがある
金本知憲外野手 ほっとしたし、悔いもあるし、寂しさもあって、いろんな気持ちが交ざっている。右肩をけがして、全盛期を目指してやってきたが、できなかった。この3年間は自分がみじめだった。もっとやっていれば違ういい数字を出せたかもしれないが、よく頑張ったという思いもある。

◇いつかは来るもの
岡田彰布オリックス監督 いつかは来るもの。本人の決断だし、若手に切り替えるという球団の方針も、長くやっていれば分かる。(阪神監督時代に)チームを変えてくれた。金本が来てから若手が痛いと言わなくなった。

◇対戦相手の脅威
長嶋茂雄元巨人監督 金本君が打席で見せる鋭いスイングは、対戦相手として大いに脅威であり、何度も痛い目に遭わされた。走攻守とも高いレベルのプレーを長くファンに披露してくれたことを、野球人の一人として深く感謝したい。

◇貢献してくれた
衣笠祥雄氏 引退は残念だが、プロ野球に十分貢献してくれたと思う。毎日試合に出る姿を周りに見せ、チームの雰囲気を変え、阪神は強いチームに生まれ変わった。連続イニング出場、連続試合出場の記録は、彼の不断の努力のたまもの。来年からでもコーチになり、次の阪神の看板になる選手を育ててほしい。

◇突然で驚いた
和田豊阪神監督 あまりにも突然で驚いたが、決意は固いと思った。代打でも十分という姿を見せてくれたが、本人はそれでよしとする選手ではない。守備、走塁の意識がすごい。阪神を変えてくれた選手。精神的に強く、見本だった。

◇功績は大きい
坂井信也阪神オーナー 2度のリーグ優勝の原動力となり、後輩の手本として引っ張ってくれた。功績を挙げればきりがない。心からお疲れさまと言いたい。

◇変革してくれた
南信男阪神球団社長 2003、05年のリーグ優勝の一番の立役者。阪神を変革して、引っ張ってくれた功労者だ。

◇すごかった闘争心
山本浩二元広島監督 昼頃に連絡をもらった。入団当初は技術的にまだまだだったが、一番大事な気持ちと闘争心がすごかった。(11日現在の通算)474本塁打は努力以外の何ものでもない。

◇野球道を全うした
山本一義氏(広島時代に打撃コーチとして指導) おめでとう、と言いたい。40歳でもすごいのに、44歳までとは。最後まで野球道を全うしてくれて、私も指導者冥利(みょうり)に尽きる。(時事通信、2012.9.12)


 50歳まで現役を続けるんじゃないかと一部ネット上で揶揄されていた金本がついに引退を発表しました。

 会見で本人も「みじめ」であり「苦しかった」と吐露しているように、肩の故障で送球がほとんどできなかったこの3年間は屈辱的だったでしょう。打撃も動体視力の衰えでストレートはほぼ勘で打っていたのではないか。それでも今シーズンの打率.258(12日現在)は座頭市レベルに超人的だと思います。

 井川も指摘しているように金本が移籍しなかったら2003年の阪神優勝はなかったと思いますし、通算成績を見ると殿堂入り確実の球史に残る大選手です。衣笠同様怪我に対する我慢強さは誰もが認めるところでしょう。お疲れ様でした。


<参照>
ウィキペディア 金本知憲
posted by リュウノスケ at 21:43| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする