2011年08月31日

横峯良郎参院議員損害賠償訴訟請求放棄

 民主党の横峯良郎参院議員が、賭けゴルフや暴力団組長との花札賭博などを報じた週刊新潮の記事で名誉を傷つけられたとして発行元の新潮社(東京都新宿区)などに5500万円の賠償を求めた訴訟で、議員側が東京高裁(芝田俊文裁判長)に自らの主張に理由がないことを認め、報道内容を事実上容認する「請求放棄」を申し立てることが分かった。30日の口頭弁論で手続きを行い訴訟は終結する。法的に敗訴確定と同じ効力を持つだけに、議員の説明を求める声が上がっている。

 新潮社側弁護士によると、議員側から19日「請求を放棄する」と電話連絡があった。30日は元々、高裁判決の予定日だったが、高裁は予定を取り消し、弁論を再開して議員側の申し立てを認める予定だという。

 記事は横峯議員の知人が「1打1万円で賭けゴルフをし(ある人は横峯議員に)70万円ぐらい負けてその場では払えなかった」「暴力団組長と十数年来の付き合いだそうで、ゴルフや花札賭博をした」「愛人の首を絞め包丁を壁に突き立てた」と証言する内容。07年8月30日号から同9月20日号まで4号にわたり掲載された。

 横峯議員は07年8月の提訴時、会見で「報道はほとんどが事実ではない」と説明したが、09年11月の証人尋問で「しょっちゅう賭けゴルフをした。1回1、2万円」「ゴルフをした後で(相手が)暴力団関係者だったと聞いたことがある」と証言を変えた。昨年11月、東京地裁で全面敗訴して控訴し、高裁では「記事のような高額レートではない」などと主張していた。

 週刊新潮編集部は「都合が悪くなると逃げ出すのは政治家失格で、即刻議員辞職すべきだ」とするコメントを出した。横峯議員の事務所は取材に「議員が不在なので説明できない」と答えた。

 民主党では、秘書給与の肩代わり疑惑を報じた週刊新潮の記事で1000万円の賠償を求め提訴した山岡賢次副代表も昨年5月、請求を放棄した。

 【ことば】請求放棄

 民事訴訟で原告自らが請求に理由がなかったことを意思表示する手続き。被告の同意は不要で一方的に申し立てられる。口頭弁論などの際に裁判所が作成する文書(調書)に記載された段階で、原告の請求を全面的に退ける確定判決と同じ効力を持ち、再び同じ訴訟を起こすことはできない。(毎日新聞、2011.8.29)


 賭けゴルフをしたなどと報じた「週刊新潮」の記事で名誉を傷付けられたとして、民主党の横峯良郎参院議員(51)が発行元の新潮社などに損害賠償などを求めた訴訟は30日、東京高裁で開かれた控訴審の口頭弁論で、横峯議員側が自ら起こした訴えに理由がないことを認める「請求放棄」を申し立て、終結した。

 法的には、横峯議員側が敗訴した判決の確定と同じことになる。昨年11月の1審・東京地裁判決は、議員側の請求を棄却していた。

 横峯議員は同日、読売新聞の取材に対し、「記事に対する主張は変わらないが、提訴から4年がたち、今さら名誉は回復されないと判断した」などと説明した。(読売新聞、2011.8.30)


 民主党の横峯良郎参院議員が、暴力団との賭けゴルフなどに関する週刊新潮の記事で名誉を傷つけられたとして、新潮社などに5500万円の損害賠償と謝罪広告の掲載を求めた訴訟の控訴審で、横峯氏が自らの主張に理由がないと認める「請求放棄」をすることが29日、分かった。

 請求放棄は報道内容を事実上認めることとなり、敗訴確定と同じ効力を持つ。

 記事は2007年8月30日号から4回にわたり、不倫相手の女性のインタビューなどを基に「暴力団関係者と賭けゴルフをした」「女性(愛人)の首を絞め包丁を壁に突き立てた」「女性に酒を強要し、服を脱がせて下着姿にし、マジックで落書きした」と説明していたが、昨年11月の東京地裁判決では、記事は真実で名誉毀損(きそん)には当たらないとし、全面敗訴していた。

 週刊新潮編集部は「都合が悪くなると自ら提起した裁判から逃げ出すという行為は、政治家として完全に失格だ」とコメント。横峯議員の事務所は「現時点では説明できない。会見の予定はない」としている。

 30日に東京高裁で開かれる口頭弁論で手続きを取り、訴訟が終結する。(デイリースポーツ、2011.8.30)


 「記事に対する主張は変わらないが、提訴から4年がたち、今さら名誉は回復されないと判断した」横峯良郎参院議員ですが、請求放棄したら今後いくら記事を否定しようと誰も信じてくれません。白黒はっきりさせるために裁判をやっているわけですから。

 島田紳助が引退したように暴力団との交際を許さない風潮が年々強まっています。角界や芸能界ですら批判されるのに国政で許されるなんてあり得ないでしょう。横峯は新潮編集部の言う通り議員辞職すべきです。
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2011年08月29日

新婚夫婦落とし穴転落事故死

 27日午後10時ごろ、石川県かほく市大崎の大崎海岸の浜辺で、金沢市湖陽1、会社員、Dさん(23)と妻で事務員のRさん(23)が、波打ち際から約30メートルの砂浜に掘られた穴(約2.4メートル四方、深さ約2.5メートル)に転落した。2人は約2時間後、駆け付けた救急隊員に救出されたが、搬送先の病院で死亡が確認された。県警津幡署によると、Rさんと友人が落とし穴として掘ったという。死因は砂に埋まったことによる窒息死とみられる。

 同署によると、Rさんは同日午後から、友人の男女5人と遊びに来ていた。友人の話では、Dさんが来月上旬に誕生日を迎えることを機に落とし穴で驚かそうと、Rさんと友人が昼過ぎに掘り、シートをかけて上から砂をかぶせたという。現場にはスコップや、穴から出るためのはしごが残されていた。

 一度、金沢市内の自宅に戻ったRさんがDさんと現場に戻り、落とし穴まで案内したが、浜辺が暗いため誤って2人で転落したとみられる。シートの上にかぶせてあった砂が転落に伴って穴に向かって落ち込む形となり、2人は砂に埋まったらしい。同署は、落とし穴の深さなどから危険性を予測できなかったかなど、友人らから事情を聴いている。

 夫妻が転落した際、友人らは近くにおり、悲鳴を聞いて現場に駆け付けたという。約45分後に119番通報し、数分後に救急車が到着。隊員らは、既に砂を掘り始めていた友人らと一緒に救助を進めたが、救出までに到着から1時間かかったという。(毎日新聞、2011.8.28、元の記事は実名、以下同じ)


 27日午後10時45分頃、石川県かほく市大崎の大崎海岸で、「夫婦が砂浜の穴に落ちた」と男性から119番があった。

 駆けつけた消防署員が約1時間後、砂浜に掘られた穴の中から男女2人を引き上げ、病院に搬送したが、間もなく死亡が確認された。

 同県警津幡署の発表によると、2人は金沢市湖陽、会社員Dさん(23)と妻で事務員のRさん(23)。共に頭を下に上半身が埋まった状態で見つかっており、死因は窒息死とみられる。

 同署などによると、Rさんと友人の男女5人は、9月1日に誕生日を迎えるDさんを驚かせようと、27日昼過ぎ、波打ち際から約40メートルの砂浜に、約2・4メートル四方、深さ約2・5メートルの落とし穴を掘り、シートで覆って砂をかけておいたという。穴の中からはマットが見つかり、周辺からスコップやはしごが見つかった。

 夜、Rさんが自宅からDさんを連れてきて、午後10時頃、2人で転落したらしい。同署は、友人らから詳しい経緯を聞くと共に、過失致死の疑いもあるとみて調べている。2人は今春、結婚したばかりだった。(読売新聞、2011.8.28)


 新婚の妻が夫へのプレゼントとして巨大落とし穴のサプライズを用意したら夫婦揃って転落、死亡してしまったというニュース。一見して警察から事件性を疑われそうな状況ですが、底にマットも敷いており普通にイタズラだったのではないでしょうか。

 テレビのバラエティ番組というのは長年のノウハウがあり、落とし穴にしてもスタッフが安全性を確認しています。今回の原因はシート上の砂が穴に流れ込んだからですが、これも昼間にきちんとテストをしていれば避けられたのではないか。どっちにしろ午後10時にやるイタズラとしては危険すぎました。お二人のご冥福をお祈りします。


<参照>
ウィキペディア 落とし穴 落とし穴による事故
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2011年08月28日

第47回農林水産省賞典 新潟記念(GIII)

馬単 @・G→D・E・F=1万2000円
前回までのトータル:−51万9210円
回収率:83.3%
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2011年08月23日

島田紳助引退

 人気タレントの島田紳助さん(55)が23日深夜、所属する吉本興業の東京本部で記者会見し、暴力団関係者と親密な交際をしていたことを理由に、同日限りで芸能活動を引退することを明らかにした。

 記者会見には水谷暢宏・よしもとクリエイティブ・エージェンシー社長が同席した。同社などによると、島田さんが、未公開株売買を巡り恐喝未遂罪に問われている元プロボクシング世界王者・渡辺二郎被告(56)(大阪高裁で実刑判決を受け、上告中)と携帯電話のメールをやり取りしていたことが判明。通信記録からは、2005年6月頃から07年6月頃まで暴力団関係者との親密な交際ぶりをうかがわせる内容が含まれていたという。

 島田さんは「僕の中に悪いことしてる意識はなかった。吉本興業には自分より後輩が700人ぐらいいる。彼らに示しがつかないので、一番厳しい処分として引退することにした。明日からは普通の人にもどって静かに暮らしたい」と述べた。(読売新聞、2011.8.23)


 島田紳助引退ですか。2007年に羽賀研二の記事を書いたとき、私も一応紳助と暴力団の関係に触れています(こちら)。まさに点と線がつながったようで感慨深いですね。

 もしかしたら紳助ファンが今後復帰運動を始めるかもしれませんが、潔く去らせてあげるべきでしょう。常識的に考えて真の原因があるような気もしますし。


 〈速報〉紳助引退「後輩にしめし」/一問一答
 引退を表明した島田紳助(55)と吉本興業の水谷社長の会見内容は以下の通り。

  <2人の一問一答>

 水谷社長 このたび、島田紳助につきまして、本日限りで芸能活動から引退することになりましたので、ご報告申し上げます。調査によると、平成17年6月〜平成19年6月、暴力団関係者との間に親密さをうかがわせる交流関係をもっていたことが判明しました。

 8月中旬に口答で情報を入手し、確実性を検証した結果、信頼が高いとの判断で本人と面談、事実確認しました。本人は事実を認めて深く反省しております。

 メールをやりとりをしていた人物の個人名、団体名はふせますが、島田とは数十年来の友人関係にありました。その後、残念なことにその友人は暴力団になってしまいましたが、友人関係を保っていました。

 長年にわたり、多数のテレビ番組でメーン司会者を務め高いモラルが望まれる。厳格な態度での判断、マネジメント契約解除の厳しい処分を考えていたが、本人から自ら引退、タレントとしての最も重い申し出があったため、受け入れることにしました。

 各タレントのコンプライアンス研修を毎年行っている。今回はまことに残念。今後とも取り組みを強化し、このような事態にならないようにしていく。

 頭を下げる島田紳助。

 島田 今日をもって芸能界を引退することにしました島田紳助です。やめるわけですから、守るべきものはないので、すべて正直にしゃべろうと思っています。ただ、個人名は出さないようにと言われましたので、言える範囲の中ですべて、正直に話したい。まず、十数年前なんですけど、僕の解決できないトラブルがありまして。自分自身、芸能界を去ろうと決意しました。そのとき、昔からの友人であるAさんなんですけど、Aさんとも数年に1回、会うペースだったのですが、Aさんが自宅に電話してくれた。Aさんに話したら、Aさんはやくざ組織のBさんにその話をして、僕の悩みを解決していただいた。正直言いまして、人として重みを感じました。Bさんは「お前は芸能界の人間、おれは組織の人間。その人間が会うと君にはマイナスだ。テレビの世界で頑張ることが恩返しになるのだから、お前とは会わずに頑張ってくれ」。人間として、ありがたい言葉だと思いました。「心と心がつながっていればいい」と言われて感謝しました。個人的に、その方と直接メールすることはなかった。

 ただ、人として感謝の気持ちがありました。今まで、頑張ってこれたのも、あのときやめなかったあのおかげだと。Aさんに「ありがとうございました。今年1年、無事終わりました。感謝しています」と、Aさんにメールを送って伝言をお願いしたことはあります。

 直接はなかったですが、たえずAさんを通じて伝言をしてもらってました。十数年のお付き合いの中で、Bさんと会った回数は約4、5回。今から4年半前に、バーをオープンしまして。そのとき、お越しになって、いいお酒を飲まれ、お金を置いていってくれました。僕が6年前にトラブルを起こしたときに、自宅謹慎していたとき、自分はどうしたらいいか分からない時があった。先輩方からメールや電話をいただいたときも「ありがとうございます。あなたがいてくれるから心強いです」と、芸能界の先輩と同じように返したように、Aさんを通じてメールを送ったりしていました。

 私のお店にも来られたことがあるらしいが、頻繁だとは思ってない。会ったのは、十数年で数回です。僕の中で悪いことをしてるという意識はなかったです。この付き合いは、芸能界のルールとして違反じゃないという認識でおりました。日曜日、吉本に来るように言われメールを見せられて「これを送りましたか?」と言われました。「送りました」と。抜粋してみると「2人がいてくれると心強いです」。6年前、へこんでいるときに皆さんに対して贈った言葉です。本当に十数年で偶然会ったのを含めて4、5回ですと、すべて正直に語りました。

 でも「紳助君、業界のルール、モラルとしてやってはいけない」と言われ、認識の甘さを知りました。僕は大丈夫だと思っていた。自分の中でセーフと思っていたのがアウトと説明された。僕が間違ってたと心から反省し、自ら日曜の夜、会社に引退するとお伝えしました。2時間前に、吉本から引退を受け入れると。

 僕も吉本のベテランになり、後輩が700人ぐらいいます。僕がいいかげんな処分を申し出たら、後輩に示しがつかない。若いヤツに普段から厳しいことを言っている僕が、あいまいなことではいかん。自分が引退という言葉を使って引退すれば、若い人も過ちをおかさないと思い、決断した。

 僕はここ数年間、わけのわからん記事をいっぱい書かれました。やくざを使って競売物件を買ってるとか。カジノに出入りしてるとか、命をかけてもありません。僕がもし、本当にそんなことしてたら、みなさんの前で腹を切ります。週刊誌に書かれても我慢してきました。明日から一般人なので、うそを書かれたら告訴する気持ちでいます。明日からタレントでなく、静かに暮らしていきたい。後輩たちには、二度と僕のような甘い考えで接しないでもらいたいと思います。以上、僕の状況と思いです。すべて今のがすべてです。週刊誌にはしょっちゅう、会ってるように書かれましたけど、最後にお会いしたのは4年半前。それも20分ぐらいですよ。6年前の残っているメールは事実です。でも、本当に、付き合いがないからAさんを介して伝言していた。僕の中ではセーフと思ってましたがアウトと知った。一番重い処罰を自分に与えました。スポンサーの方々、テレビ局関係者の方々、少しかもしれませんがファンの皆さま、申し訳ない気持ちでいっぱい。

 −引退に納得しているかどうか。

 島田 引退しろと言われたわけではないですし、僕が何も言わなかったら謹慎処分だったと思う。でも謹慎処分だったら、若いヤツに示しがつかない。一番重い処罰が引退だと思いましたので、引退すると。

 −かなり前のメールですが、吉本から写真とか内容を提示されたのか

 島田 「このメール、見覚えありますか」とメールの文書を見せられた。間違いありませんと。この部分だけ見ると「お2人がいてくれるから心強いです」というメール、時期は僕が謹慎してる時期なんです。謹慎してパニックになってる時でしたから、先輩方からメールをもらっても、失礼ですけど、同じ文面を返してました。「あなたがいてくれるから支えになってます」「感謝してます」とか。いただいた方全員に、返しました。僕の中では特別ではなく、感謝の気持ちで返させていただきました。

 −なぜ今になって提示されたのか、理由は

 島田 まったく理由は聞いてない。「こういうもんがあるけど知ってるか?」といきなり言われたので。事実なので。僕の中ではセーフだと思ってた。Aさんに「あなたは暴力団ですか?」と聞いても「やくざではない」と。そうじゃないと思って、Aさんを介してメールをしました。

 −社長に聞きます。メールは写真かなにか

 社長 メールですので写真ではございません。文書を確認した。8月中旬ごろ、外部の方から情報提供がありまして。確認して本件にいたっております。

 −通常、携帯メールは時間がたつと消去されて見られなくなる。なぜ、古い物が見えたのか? 意図があって吉本に持ち込まれたのか?

 社長 意図を持って持ち込まれたかどうかに関しては、お答えしかねます。情報提供者にもご迷惑がかかるので差し控えたい。

 −引退に至る過程で迷いはなかった

 島田 仲間には伝えました。みんな、引き留めてくれました。目の前で涙を流して引き留めてくれる人もいましたが、揺らぐことなく自分の決めた道を進もうと。いけないことをしたと承知してますが、お世話になった方に対して「会ったらいかん」と言われてた。でも、心の中で、感謝する気持ちを消したらいかんと思いました。「会ってはいかん。心でつながってたら、会う必要がない」という言葉は、僕の人生でも重く残った。トラブルを起こしたころ、その方にAさんを介して「心は1つですよね」と送りました。組織と付き合っているという意味ではなく、送ったメールです。頻繁にお会いすることはありませんでしたし。偶然、近くにいて会ったこともあったし、十数年で5回程度。交際という認識はなかったから、セーフだと思ってました。週刊誌にあることないこといっぱい書かれて悔しかった。明日からは遠慮せんと告訴できるなとほっとしている。

 −こんな形での引退に後悔は

 島田 芸能界のルールがこれといわれれば、間違っていることに気づかなかった。「ペーペー」なタレントでなく、先輩の僕が800人の後輩に示しがつかん。その方(Bさん)とメールもしないし、お会いすることはない。でも、道であったら遠くから頭を下げます。人として「あのときの感謝を持ってる」ということは、誇りにしたい。

 −6つのレギュラーがある。関係者に話したか

 島田 吉本からテレビディレクターに話してもらいました。「引退だけは撤回してもらえないか」と言われまして。それには、(泣きそうになる)皆さん方の熱い思いが本当にうれしかったです。でも、ルール違反はルール違反ですから。軽い謹慎はよくないなと思いますんで。悪いことをした僕ですから、一番重い罪を自ら着せようと。前もって(引退の決意を)教えたのは、ダウンタウンの松本だけです。

 −松本さんからは

 島田 「やめないでください」と。18で吉本に入って、21でデビューして、29で漫才をやめるとき、漫才をやめるきっかけを作ったのが松本ですから。ダウンタウンの漫才を見て「紳竜の漫才は終わりだ」と思いましたから。電話で「やめないでくれ」と言ってくれたけど「最後は、自分のわがままを通させてくれ。めちゃめちゃかっこわるい、ぶざまな最低な終わり方ですわ。でも、ほんの少しだけ自分の美学を通させてくれ」とお願いしました。

 −引退への迷いは

 島田 日曜日に吉本には「気持ちは分かりました」と言われました。今日まで、気持ち揺れることなく、3日間、まったくぶれませんでした。

 −家族は?

 島田 嫁は「やりたいようにやったらいい」と。娘、長女は「本当に後悔しないのか? あなたは強運の持ち主だから、また何かを考えるよね」と。

 −芸能生活を振り返って 

 島田 すばらしい人にめぐりあえた。すばらしい人ばかりだった。自分が心の師とあおいでいる上岡龍太郎さんが、引退されたのが55歳。今は自分が55歳で。(上岡さんから)「絶対、君は引退したらあかん」と何年も前から言われていたけど、同じ年での引退に運命を感じます。

 −思い出すシーンは?

 島田 6年前、トラブル起こして自分ではだめかと思ったとき、温かく迎えてくれて。「ヘキサゴン」があたって、子供がスターになってくれたことがうれしい。上地雄輔も泣いてくれた。上地はしっかりしてる。「一生、父ちゃんを守ります」と。

 −よかったことは?

 島田 いろんな方とお会いできたのは財産。孫正義さんとの食事は感動しました。幕末の偉人としゃべってるようでした。お礼のメールを送ろうと思ったら、僕の携帯ドコモで「これはいかんな」とソフトバンクを買いに行って、1回だけメールを送って。それで契約解除して、ドコモを今でも使ってるんですけど。孫正義さんにお会いできたのは一番の財産。「紳助の100の教え」が一番売れた本になったとき、一番うれしかったです。今日は「101個目」ですわ。あほな僕ですけど、毅然(きぜん)とした態度で自分で一番重い処分を与えました。

 −数年前のトラブルをAさんに頼んだことに後悔は?

 島田 頼んでいません。Aさんが聞いて、心配して電話をくれた。Aさんが知らない間にBさんにお願いして解決してくださった。

 −Bさんに解決してもらったことが分かったときは?

 島田 そのときは、やめるつもりでいた。解決できたことに一番、ほっとした。ただ、「これはよくないことが起こった」という認識があった。接触してはいけないと思いました。僕はBさんに会いに行きました。そのことを伝えたら「会う必要はない。テレビで頑張ればいい。恩を感じる必要はない」と。僕は違和感があったので「お金渡さないかんのか」と思った。Bさんは「あほなこというな。君も頑張ってほしい、心と心がつながっていたら会う必要はない」と。ヤンキーあがりの僕には心が響いた。でも、後悔はしてません。「あの人と付き合わなければよかった」と思ったら、僕は僕を嫌いになってしまいます。心の中ではそう思い続けました。それは、芸能界としてはすごくいかんこと。今後も付き合わないしメールもしません。でも、僕の心の中には感謝は持ってたいと思います。それは、人としての感謝です。

 −やりのこしたこと?

 島田 未練はない。武田鉄矢さんが「山はてっぺんまで登ったらゆっくり下りないかん。それで初めて登山成功。上で終わったら、それはそれ」と。その言葉を胸に下山しようと思ったのですが。向こう側が崖で転げ落ちてしまった。それも僕らしいかなと。でも1回は、一瞬、半年ぐらいてっぺんに乗ったので、悔いはありません。半年乗ったことは、親友のさんまが確認してくれた。てっぺんに立った自覚はある。

 −今までも数々のトラブルがあった

 島田 数々のトラブルはないと思いますが。若いときに、お客さんをどついたことがありました。6年前に、裁判まだされてるのであまり言えないんですけど「本当はどうやねん」という自分の思いはありますが、髪の毛引っ張ってつばかけたは事実ですから、それはいかんことです。いかんことと思ってやってましたから「引退」は思わなかった。吉本に言われる罪を受け止めたらいいと。でも、今回違うのは、僕の中では「つきあってない」。事実無根ばかりでした。カジノなんて1回もいったことないし。BさんからAさんを介して伝言はありました。「命かけてもいったことがない。そんなとこはいくような僕ではない」と。暴力団と組んで競売物件入札も、命をかけてもありません。もし、そんなことがあったら皆さんの前でハラを切ります。今回はセーフと思ってたことが大きな問題です。今回は完全、僕のミスです。これで、明日から一般人。静かに暮らさせてやってください。

 −今後は?

 島田 役に立つ人になっていきたい。一緒に汗を、みんなに夢を与えていきたい。55歳。まだまだ生きるなと。自分なりに役立てることをしたい。沖縄のサンゴ支援もしてたし、世の中の役に立てたらいい。本日は、切腹のかいしゃくをしてくださってありがとうございました。(朝日新聞、2011.8.24)


 <紳助さん交際の暴力団会長逮捕 渡辺二郎元チャンプも 身分隠しゴルフ>
 暴力団関係者であることを隠してゴルフ場を利用したとして、大阪府警捜査4課は30日、詐欺容疑で指定暴力団山口組最高幹部で2次団体「極心連合会」会長、姜(きょう)弘文容疑者(65)=通称・橋本弘文=や、元ボクシング世界王者で同会幹部、渡辺二郎被告(57)=別の恐喝未遂罪で上告中=ら3人を逮捕した。

 捜査関係者によると、姜容疑者は元タレントの島田紳助さん(56)=本名・長谷川公彦=が引退時に交際を認めた相手。別の事件で府警が姜容疑者の自宅を家宅捜索した際、紳助さんからの直筆の手紙などが見つかっている。

 逮捕容疑は昨年3月、大阪府内のゴルフ場で、暴力団関係者であることを隠してプレーしたとしている。府警によると、姜容疑者は黙秘、渡辺容疑者は「暴力団組員ではない」と容疑を否認しているという。(産経新聞、2012.11.30)


 <島田紳助さんが講談社に勝訴 「フライデー」記事で賠償命令>
 写真週刊誌「フライデー」の記事で名誉を傷付けられたとして、元タレントの島田紳助(本名・長谷川公彦)さんが発行元の講談社に5500万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決が26日、東京地裁であった。吉田徹裁判長は「島田さんが暴力団と互恵的な関係にあるとの印象を与えた」として、講談社側に330万円の支払いを命じた。

 問題となったのは、島田さんが暴力団の関与する不動産取引を行っていたとする疑惑を報じた昨年9月16日号の記事。島田さんは暴力団との交際を認め芸能界を引退したが、吉田裁判長は「(記事の内容は)島田さんが自ら認めた交際の事実とは相当に異質で、島田さんの社会的評価を著しく毀損(きそん)させた」と指摘した。

 フライデー編集部は判決を受け「島田紳助氏と暴力団との交際については裁判所も指摘しており、本紙の主張は大筋で認められている。控訴はこれから考える」とコメントした。(産経新聞、2012.9.26)


<参照>
NEWSポストセブン 「極心連合会」幹部 「島田紳助を許さない!」
サーチナニュース やしきたかじん、島田紳助の引退劇についてツイッターで語る
TBS RADIO 小島慶子 キラキラ 2011年08月25日(木) プロ書評家・吉田豪さん
ZAKZAK 『この程度』本当なのか…紳助“マル暴”親密交際の実態
ZAKZAK 紳助のTV局入りで廊下に大名行列 挨拶しない人に「誰や!」
ZAKZAK ますだおかだの増田英彦 紳助にいいがかりつけられ干された
ZAKZAK 紳助 森三中大島に激怒したため収録はお蔵入りし制作費パー
ZAKZAK 女性タレント 紳助より先にタクシー乗りキレられ土下座謝罪
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2011年08月21日

第47回札幌記念(GII)

馬単 H・I→E・F・L=1万2000円
前回までのトータル:−50万7210円
回収率:83.6%
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