2011年07月31日

第47回農林水産省賞典 小倉記念(GIII)

馬単 F・I・L⇔A・B・C・D・E・G・K・M・N・P=1万2000円
前回までのトータル:−47万1210円
回収率:84.6%
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原子力安全保安院やらせ工作事件

 中部電力は29日の記者会見で、2007年に国が主催したプルサーマル関係のシンポジウム(静岡県御前崎市)を前に、経済産業省原子力安全・保安院から、「質問が反対一色にならないよう、(容認の立場からの)質問書を作成し、地元の方に発言してもらう」よう、口頭で依頼を受けていたことを明らかにした。中部電は、かえって地域の信頼を失うと判断し、この「やらせ質問」工作を拒否したとしている。

 また、この保安院の「工作」依頼には、「空席が目立たないよう地元から参加を募る」内容も含まれていた。中部電側は、「やらせ質問」の文案を作成したが、「法令順守の観点から問題がある」と最終判断し、保安院に依頼を断る旨を報告した。ただ、同社員や関連企業に参加を依頼。これについて、「誤解を招くおそれがあり、反省している」とした。

 問題のシンポは07年8月、使用済み核燃料を再利用するプルサーマル発電について、浜岡原発(御前崎市)のある地元住民らに理解を求めるため、国主催で開かれた。中部電は、その直前の7月下旬に保安院から中部電の本社原子力グループ長に対して口頭で依頼があったと説明した。(時事通信)


 経済産業省原子力安全・保安院が、浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)のプルサーマル計画の説明会で、質問内容が反対派に偏らないよう「やらせ質問」を要請していたことが29日、中部電力の記者会見で明らかになった。

 玄海原発の再稼働を巡る九州電力の「やらせメール」問題に続く不祥事。今度は原発の規制を担う監督官庁による「世論操作」とも受け取れる行為だけに、住民や専門家からは「原子力行政の信頼は失墜した」などと厳しい声が相次いだ。

 「今の段階では報告書の内容が明らかになっておらず、言及できない」。東京・霞が関の保安院で午前11時過ぎから開かれた定例記者会見。報道陣から厳しい質問が相次ぐ中、説明役の森山善範・原子力災害対策監は苦しい説明に追われた。

 当時、原子力発電安全審査課長だった森山対策監は、説明会に自ら国側の説明役として出席。プルサーマル計画について「安全の確保に万全を期します」などと発言していた。

 森山対策監は会見で、「中越沖地震のすぐ後で、参加者から耐震について厳しい質問を受けた記憶はあるが、(やらせについての)記憶は頭の片隅にもない」と釈明。政府としての見解や今後の対応については、「もちろんあっていいことはない。まずは事実関係を含めて報告書の中身を確認し、その上で対応させていただきたい」と答えるにとどまった。

 一方、中部電力の会見は名古屋市東区の本店で行われた。寺田修一法務部長が経済産業省への報告書を淡々と読み上げ、「保安院の依頼にかかわらず、特定の意見を表明するように要請することを防止することができたことは高く評価している」と述べた。(読売新聞、2011.7.29)


 29日明らかになった中部電力などへの経済産業省原子力安全・保安院による「やらせ質問」。この問題は九州電力の「やらせメール」を受けて国が電力各社に求めた調査で発覚しており、国は自ら墓穴を掘る結果となった。中部電力の場合は「やらせ質問」を拒否したが、四国電力では、同社作成の質問例文に酷似した質問もなされた。

 中部電力の水野明久社長は「(やらせ質問を拒んだのは)コンプライアンス(法令順守)が働いた結果」と、評価した。しかし保安院に関するコメントは避け、原子力政策を一体で進めてきた両者の関係に、微妙なズレが見え始めている。

 中部電力が保安院の求める「賛成」の質問案を作っていた。それでも、使わなかったのは、社内の議論で「地域の信頼を重視しているので、特定の意見表明には応じられない」との結論に至ったからだ。

 一方、四国電力は平成18年に開かれた伊方原発(愛媛県伊方町)のプルサーマル計画に関するシンポジウムに際し、保安院から、出席者をできるだけ集めて質問や意見表明を促すよう口頭で要請された。

 四電は関連会社の社員ら29人に、質問や意見の例文を記したメモを渡し、シンポジムで発言した15人うち10人が四電の依頼を受けていたという。発言者の中には例文に酷似したものもあったといす、中部電力の対応の良さが目立つ。

 それでも、中部電力が早々に「やらせ質問」を公表した背景には、同日発表した24年3月期連結業績見込みで、営業損失が1700億円に達したことが見え隠れする。創業以来初の営業赤字見通しの原因は、首相要請受け入れによる浜岡原発の全面停止にあるだけに、「浜岡停止への意趣返しでは」(市場関係者)との見方も根強い。(産経新聞、2011.7.29)


 オールジャパンで原発を推進していたので当然の如く保安院もグルだった八百長シンポジウム。今後組織改変して安全な原発運用を指導できるのかといえば甚だ疑問です。

 本気で官と民が喧嘩するのは今回の「浜岡停止への意趣返し」みたいな特殊な場合のみ。菅総理が浜岡原発を止めなかったらこの事実も明るみに出なかったでしょう。結果的に原発の安全性が高まるので揉めてくれた方が国民にとっては好ましいんですけどね。

 それにしても原子力発電安全審査課長としてこのシンポジウムにも出席していた森山対策監。「(やらせについての)記憶は頭の片隅にもない」とかよく言えますね。こんな人が審査しているから原発が爆発するのではないか。
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2011年07月30日

伊良部秀輝縊死

 米大リーグ・ヤンキースや日本プロ野球の阪神、ロッテなどで投手として活躍して日米通算106勝を挙げた伊良部秀輝(いらぶ・ひでき)さんが米カリフォルニア州ロサンゼルス近郊の自宅で亡くなったことが28日、わかった。42歳だった。地元警察などによると、遺体は27日夕に発見され、首をつって自殺したとみられている。

 伊良部さんは兵庫県出身。香川・尽誠学園高から1988年ドラフト1位指名でロッテに入団し、日本最速(当時)の158キロの速球を武器に最多勝(94年)、最多奪三振(94、95年)のタイトルを獲得するなど活躍した。97年に大リーグ・ヤンキースに移籍。エクスポズ(現ナショナルズ)、レンジャーズでプレーしたのち、03年に阪神に入団して日本球界復帰。03年のリーグ優勝に貢献したが、04年に戦力外となり現役引退した。通算成績は、日本が72勝69敗11セーブ、大リーグは34勝35敗16セーブ。

 引退後は08年8月に大阪市内の飲食店で酒に酔って暴れて暴行容疑で現行犯逮捕された。09年に米独立リーグで現役復帰し、日本の独立リーグでもプレーしたが、昨年1月に自身のブログで2度目の引退を表明していた。また、昨年5月にはロサンゼルス近郊で飲酒運転の疑いで逮捕されていた。(毎日新聞、2011.7.29)


 楽天・星野仙一監督が29日、ロッテ戦(QVC)へ向かう前の福岡空港で取材に応じ、自殺した伊良部秀輝さんの死を悼んだ。「今朝、ニュースで知ったよ」と静かに口を開くと「03年は伊良部や周りの力があって優勝できた」と、阪神時代を思い出していた。

 伊良部さんの人柄について「野球に関したら理論派で、なるほどなるほどって思うことが多かった」と振り返った。破天荒なイメージも強かったが「みんなが壊したんや。イメージを。マスコミが」と語った。(デイリースポーツ、2011.7.29)


 42歳の若さで死去した伊良部秀輝(いらぶ・ひでき)氏の死因が首つり自殺だったことが判明した。

 1カ月以上前に妻と娘2人とは別居していた伊良部氏。友人の日本男性は「事業などで人にだまされ、心のよりどころだった家族とも別居。知らせを聞いた時、自殺だろうと思った」と話す。

 自殺の動機については現時点で明らかになっていない。阪神引退後に開店したロサンゼルス市内のうどん店「SUPER UDON」の経営が行き詰まり、09年に日米独立リーグで現役復帰したが右手腱しょう炎で思い通りにいかなかった。

 さらに家族との別居。「先発する前日は緊張して眠れない。だから酒を飲むんだ」と話すなど、豪放なイメージとは対照的に繊細な心の持ち主だった伊良部氏にとっては、悩みと葛藤の日々を繰り返す中で、追い詰められたかもしれない。ただ、今月上旬には、東日本大震災のチャリティーイベントを米国内で開催するため各方面の関係者と連絡を取り合う動きもみせていた。(スポニチアネックス、2011.7.30)


 「何に対してもやる気が起きない、興味が持てないと繰り返していた。覇気のなさが印象に残っています」。5月に現地で長時間のインタビューを行ったノンフィクションライター、田崎健太さんはこう当時を振り返っている。

 伊良部さんは、野球のことだけを考えてきた人物だったという。「一生暮らせるだけのお金は稼いだし、『車は走れば何でもいい』と言うくらい、ぜいたくにも興味がなかった」と田崎さんは証言している。

 グラウンド内外で何度もトラブルを起こした自分が、指導者の道に進む難しさも自覚していたという。将来が見えずに悩んでいたようだ。

 「車社会の米国で運転免許を失い、英語も話せないため、交友範囲も閉ざされて孤独だったと思う」と田崎さん。米国育ちの2人の愛娘が「バイリンガルなんだ」とうれしそうに話していたというが、自身は望郷の念を募らせつつ、家族優先で米国生活を続けていた。

 インタビュー時、伊良部さんは手首が痛くて、草野球もゴルフも満足にできない体調だった。しかし、田崎さんが写真撮影でキャッチボールを頼むと応じてくれたという。

 「『軽くやりましょう』と言ってもだんだん乗ってきてしまう。本当に野球が好きなんだと思った」と田崎さんは“最期”のキャッチボールが忘れられないという。

 繊細な内面を持つ豪腕を、誰もまねできない激動の野球人生に駆り立てたものは何だったのか。自ら語る機会は、永遠に失われてしまった。(夕刊フジ、2011.7.30)


 高野光のときもそうでしたが、有名選手がこういう亡くなり方をするのはプロ野球ファンとしてかなりショックを受けます。やはり妻子と別居したのが辛かったんでしょうか。日米で活躍した偉大な投手、伊良部秀輝さんのご冥福を心よりお祈りします。
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2011年07月29日

高岡蒼甫スターダスト退社

 短文投稿サイト「ツイッター」でフジテレビと韓流ブームを非難し波紋を広げていた俳優・高岡蒼甫が28日、所属事務所のスターダストプロモーションを退社することを自身のツイッターで明かした。高岡は「スターダストプロモーションから自分は離れることになりました。一つの呟きからの大きな波紋により、事務所の関係各位にはご迷惑をお掛けしました。当然の結果だと思っております」とつづっている。事務所によると双方話し合いの結果、契約解消で合意したという。(デイリースポーツ、2011.7.28)


 韓流ブームとフジテレビに対し持論を展開し波紋を呼んでいる俳優の高岡蒼甫(29)が28日、所属事務所のスターダストプロモーションを退社することを、自身のツイッターで明らかにした。

 高岡は「一つの呟きからの大きな波紋により、事務所の関係各位にはご迷惑をお掛けしました。当然の結果だと思っております」とつづり、「応援していただいた皆様、ご尽力頂いた皆様ありがとうございました」とファンメッセージを送っている。

 高岡は23日にツイッターで「正直、お世話になった事も多々あるけど8は今マジで見ない。韓国のTV局かと思う事もしばしば」などと記述。その後も同様の書き込みを続け、韓流ドラマなどを多く放送している同局の姿勢に苦言を呈していた。(スポニチアネックス、2011.7.28)


「kok_sosk_8228 高岡蒼甫
スターダストプロモーションから自分は離れる事になりました。 一つの呟きからの大きな波紋により、事務所の関係各位にはご迷惑をお掛けしました。当然の結果だと思っております。そして感謝の気持ちでいっぱいです。ご報告まで。 応援していただいた皆様、ご尽力頂いた皆様ありがとうございました。」(ツイッター、2011.7.28)


 山本太郎同様事務所を辞めることになってしまった高岡蒼甫。謝罪すれば残れたと思うんですが、折れなかったんでしょう。それはそれで男の生き方なのかもしれません。

 さて、何が問題だったのか改めて最初のツイートを見てみます。

「kok_sosk_8228 高岡蒼甫
正直、お世話になった事も多々あるけど8は今マジで見ない。韓国のTV局かと思う事も しばしば。しーばしーば。うちら日本人は日本の伝統番組求めてますけど。取り合えず韓国ネタでたきたら消してます^^ぐっばい。」

 仕事上テレビ局を叩くのがまずいのは当然として、韓流はどの程度地雷だったのか。韓国ではなく中国やアメリカだったらここまで問題になったのか。NHKを含めてテレビ番組における韓流ドラマとK−POPに対する礼賛は私も違和感があり、電通がバックにいるからではないかと記事にも書きました(こちら)。

 一部韓国ネットユーザーすら擁護してくれているように、高岡の発言はそれほど的外れではないと思います。テレビ局における韓流批判タブーがどこから来るのか。これは我々視聴者にとって極めて興味深い問題だと思います。
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森喜朗元首相長男逝去

 森喜朗元首相(74)の長男で、元石川県議の森祐喜(もり・ゆうき)氏が25日午後11時22分、重症急性膵炎(すいえん)による多臓器不全のため、金沢市の病院で死去していたことが27日、分かった。46歳だった。

 森氏は、森元首相の私設秘書などを経て06年、石川県議補選に立候補し、県議に初当選。しかし、2期目の昨年8月7日、乗用車を運転中、酒気帯び運転でコンビニに突っ込み、逮捕された。同日付で議員辞職した。その後、道交法違反の罪で略式起訴され、罰金40万円の略式命令を受けた。

 同年11月には、体調を崩して病院に緊急搬送された。容体は回復したが、再び体調を崩し、今年5月から入院生活を続けていた。秘書時代、派手な私生活が週刊誌に取り上げられたり、県議在職中に、公務の欠席や遅刻が指摘されたこともあった。

 森元首相はこの日、能美市の自宅前で取材に応じた。森氏を政界入りさせたことを悔やんだ様子で振り返り、「これまで、父親としての私の存在が重かったのだろう。かわいそうなことをした」と、述べた。

 25日朝に見舞った際は、元気な様子で笑顔をみせていたが、容体が急変したため、再び森氏の娘を連れて地元に戻り、最期をみとったという。「家族だけで見送ることが、親としての最後の責任だ」とも話した。葬儀・告別式は近親者のみで執り行われる。喪主は未定。(日刊スポーツ、2011.7.28)


 色々噂のあった森元総理の長男が亡くなったというニュース。これで真相は永遠に分からないままになりました。ご冥福を祈ります。
posted by リュウノスケ at 00:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 訃報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする