2011年04月15日

「放射能に汚染されたゴミなど持ってくるな」川崎市災害廃棄物を受け入れに苦情2000件

 川崎市の阿部孝夫市長が東日本大震災で大量に発生した災害廃棄物を受け入れる方針を表明したところ、「放射能に汚染されたゴミなど持ってくるな」という苦情が市に殺到する事態になっている。

 市は13日、「放射能汚染が確認された廃棄物を持ち込むことはありません」とする説明をホームページに掲載するなど、対応に追われている。

 市環境局によると、阿部市長は今月7日に福島県、8日に宮城県を訪問。その際、阪神大震災や中越沖地震の被災地で出た廃棄物を市内で焼却したこともあるため、同様の支援を申し出た。

 その後、原発事故が起きた福島から放射能に汚染されたゴミが市内に運び込まれるのではという懸念が広がり、8日から13日午前までに電話や電子メールなどで市に寄せられた苦情は計1700件余りに上った。市長の支援表明を「売名行為」とののしる声もあったという。苦情は市民のほか、東京都や千葉県民からもあり、同局は「ゴミを燃やした煙が流れると思ったのではないか」と推測している。

 同局は「市独自の取り組みではなく、国の計画に従って安全を確認した上で運び込む」と説明する一方、「まさか、こんなことになるとは」と困惑している。(読売新聞、2011.4.14)


 川崎市の阿部孝夫市長が、東日本大震災で大量に発生した倒壊家屋の木くずなど廃棄物の処分への協力を表明したことについて、「放射能で汚染されたごみが首都圏に持ち込まれる」などとする誤解がインターネット上で広まり、同市に計約二千件の抗議の電話やメールが殺到する事態に発展している。

 同市は「放射能汚染されたものは、低レベルでも移動が禁止されている。市内に持ち込まれるのは安全性が確認されたものだけ」と断言。処分についても「川崎単独の話ではなく、国の指導の下、関係機関と連携して進めていく」などと、冷静な対応を呼び掛けている。

 阿部市長は今月七、八の両日に福島、宮城両県を訪問し、支援策の一環として、知事らに廃棄物処理への協力の姿勢を示した。震災による廃棄物が岩手、宮城、福島の東北三県で約二千五百万トンと試算され、現地では処理施設も被災して処分が難しくなっている実情に配慮した。一九九五年の阪神大震災と二〇〇七年の新潟県中越沖地震の際、被災地の廃棄物を貨物列車で運び、市内で焼却した実績があることも考慮した。

 ところが、このことが報道されると、インターネットの掲示板に「川崎が福島の被ばくごみを大量に引き受ける」との誤った情報が書き込まれた。「処理施設の煙突から出たちりが首都圏に飛散する」という臆測が飛び交い、「阿部市長が福島県出身だから、市民が犠牲にならなければいけないの?」という反応も。

 ツイッターでもうわさが拡散し、市には十三日昼までに電話やメールで計約二千件の抗議が寄せられた。市環境局施設部処理計画課は「都内や千葉、埼玉からも電話があり、中には川崎出身という米国在住者もいた」と困惑。幼い子どものいる母親が大半とみられる。(東京新聞、2011.4.14)
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検証福島原発事故

 東日本大震災は日本の原子力発電所の「信頼」も根こそぎなぎ倒した。東京電力福島第1原発事故は依然、収束の見通しが立たない。地震から1カ月。深刻な「放射線被害」の危機に直面した政府、東電の動向を検証すると浮かび上がるのは、事態の進行に困惑する東電と、混乱する報告、説明に不信感を募らせる首相・菅直人の姿だ。首相と東電や担当官庁との相互不信は消えておらず、国家を挙げて難局に立ち向かう姿勢はいまだに構築できないのが現状だ。(敬称略)

 福島第1原発は、3月11日の地震と津波で非常用を含めすべての電源を失った。核燃料を冷やせない−。緊急事態の始まりだった。

 原発には電気供給が止まって冷却機能がなくなる危険に備え、電源が不要な冷却装置がある。ただ福島第1原発では、この装置の弁がバッテリーを必要としていた。経済産業省原子力安全・保安院は11日午前4時半すぎ「バッテリーは8時間しかもたない」と明らかにした。

 福島第1原発を襲った津波の高さは14メートル超とみられ、想定していた最大5.7メートルの倍以上。2009年には平安時代に起きた「貞観津波」の痕跡を調査した研究者が、第1原発をこうした大津波が襲う危険性を指摘していた。

 東電側は「十分な情報がない」として地震想定の引き上げに難色を示し、設計上は耐震性に余裕があると主張。津波と自身の想定は変更されなかった。

 官邸の資料によると12日午前1時20分、安定していたはずの1号機で、格納容器の圧力が異常上昇。午前2時20分に会見した保安院は「設計基準値は4気圧。現在は6気圧ぐらいの可能性がある」発表した。

 官房長官・枝野幸男は午前3時すぎの会見で、炉内圧力を下げるため放射性物質を含んだ蒸気を排出する「ベント」実施を発表。菅が福島第1原発を視察することも明らかにした。

 政権交代前から“現場主義”を掲げてきた菅は被ばくを懸念する周囲の反対を押しきり、視察を強行。「こっちは人命を考えてやってるんだ。早め早めにやらなきゃ駄目だろう」。午前7時すぎに現地に到着するや、いら立った様子で原発対応の責任者、東電副社長・武藤栄に詰め寄った。

 菅が自衛隊ヘリコプターで福島第1原発を離れた直後、東電はベントに着手。「首相の被ばくを避けるためベントが遅れた」との憶測を生んだ。政府筋は「初期段階は現場の応急処置が大事だ。視察はまずかった」と、ほぞをかんだ。

 ベントのもたつきには東電側の事情もあった。地震発生時、東電の社長・清水正孝は関西に出張中だった。「最高権力者」の会長・勝俣恒久も北京に滞在中。帰京する交通手段確保には難航した。

 12日朝、清水はヘリコプターなどを使いようやく帰京。勝俣が対策本部に入ったのは昼すぎ。

 経営トップ不在に加え、兆単位の費用が想定される廃炉覚悟の「海水注入」を求められていたことも、判断の遅れにもつながった。初期段階で大量の冷却水を確保するには早急に海水を利用するしかない。1号機に海水が注入されたのは12日午後8時20分だった。

 「セシウム等が出ているけれども、水をつぎ足したし、格納容器で囲まれているから、メルトダウン(全炉心溶融)のような危機的状況はないんじゃないか」。12日午後、官邸で開かれた与野党党首会談。菅は、楽観的な見通しを披露した。

 午後3時36分。まだ会談が続いていた官邸、経産省、東電が凍り付いた。1号機で水素爆発が発生。テレビでは爆発の映像と、骨組みがむき出しになった1号機建屋が映った。

 経産省に詰めていた東電の技術系社員の目にも飛び込んだ。「爆発している…」。別の社員は「考えられない。あり得ない」。顔を高潮させ涙をぬぐった。水素爆発は技術者の誇りも吹き飛ばした。

 官邸への報告はようやく1時間後。「東電と保安院は信用できない」。菅は、旧態依然たる「官業癒着」のにおいをかぎ取り、東電などに対する不信感を強めた。

 14日午前、3号機で水素爆発。東電本店の対策本部は「どんどん圧力が上がってるぞ」「ガンマ線の数値が上がっている」の怒号が飛び交った。この日午後、2号機は冷却機能を喪失。夜には原子炉格納容器の圧力が異常上昇し、社内は緊迫感に包まれた。事態を憂慮した東電は夜、経産省幹部を通じて「現場から全面撤退したい」と官邸に伝達。15日未明には東電幹部が直接、撤退の以降を伝えた。

 「全面撤退なんて、あり得ないだろう」。菅は15日午前4時すぎ、東電社長・清水を官邸に呼び、怒鳴りつけた。黙り込む清水。激高した菅は午前5時半すぎ、東電本店に乗り込んだ。傍らに副社長の武藤を立たせたまま、社員を前に「覚悟を決めてください。撤退した時には東電は100%つぶれますよ。東日本がどうなってもいいのか」と怒声を浴びせた。

 「こんな何百人もいる場所では話にならん」。菅は手にしていたマイクを離すと、武藤らを連れて別室に入り、叱責を続けた。「俺たちの邪魔をしに来たのか」。あっけにとられる社員。首相へのわだかまりが、東電の中に醸成された。

 会長の勝俣は30日の記者会見で「当時800人を超える職員のうち、直接運用に関わらない半数ぐらいの撤退は考えたが、全員は決してない」と、原発を放棄する考えはなかったと力説。言い分は菅側と食い違う。

 内部事情に詳しい有識者は「東電社員の士気は下がっていない。放射線量が高いので一時的に退かないと、その先のオペレーションをする要員がいなくなる。時間的余裕はまだあるという判断だったが、官邸にうまく伝わらなかったようだ」と解説する。

 東電、官僚不信に輪を掛けたのが計画停電だった。東電は13日、計画停電の14日からの実施を決定。経産省資源エネルギー庁からに報告した。ところがエネルギー庁からの官邸への連絡は遅れた。

 慌てた枝野らは「医療機器が止まって死者が出るぞ。少なくとも午前中はやめろ」と東電に迫った。「先にやることがあるだろう。大口顧客への節電は要請したのか」とただしたが、東電は「大口顧客にそんなこと頼めません」と答え、激怒させた。

 資源エネルギー庁幹部は官邸への報告日時について「大きな話だと認識し、官邸にも連絡したが、いつしたのかは本当に覚えていない」と言葉を濁している。

 17日、政府は冷却機能が停止した3号機の使用済み燃料プールに、自衛隊のヘリコプターで水投下を決行。計4回実施。うまくプールに入った「成功」は、最初の1回だけだった。それでもこの投下で水蒸気の発生を確認できたことから、爆発の危険性はないと判断。地上からの放水が始まった。

 3号機の水素爆発で東電関係者7人とともに自衛隊員4人も負傷。「爆発の危険があると東電から説明がなかった。隊員の安全が確保できない」と、陸自の中央特殊武器防護隊など180人は15日朝までに約60キロ離れた郡山駐屯地まで退避した経緯があった。それでも菅と防衛相・北沢俊美の命を受けて“決死”の出動だった。

 原子炉だけではなく使用済み燃料も冷やさなければ溶け出し、放射性物質をまき散らす。「自衛隊が危険を承知で放水を決意してくれた。本命はヘリじゃなくて地上からの放水だ」(関係者)。四面楚歌の東電に一条の光が差した。

 17日には菅の要請を東京都知事・石原慎太郎が受諾。消防庁長官が18日未明、東京消防庁にハイパーレスキュー隊などの福島第1原発への出動を要請した。

 自衛隊に先立ち警視庁が放水。暴徒鎮圧が目的の高圧放水車に放射線対処能力はなく「なぜ最初に警察なのか」との声もあったが、警視庁幹部は「国歌存続の危機に自衛隊が、警察が、と言っている時ではない」と語った。

 現場では放水を境に、徐々に関係機関の連携が取れだした。陸上自衛隊中央即応集団の副司令官をトップとする「現地調整所」が設置された。

 一方、東電不信に駆られた菅は15日、政府と東電の「統合本部」設置を指示。首相補佐官・細野豪志を送り込んだ。細野は「首相は全権を担っている。私はその名代だ。情報は全て私を通してほしい」と東電側に通告した。

 この後、日米の原発対処チームも発足。法的根拠が不明確なこのチームには民主党若手議員も加わり、米側などと対策を協議した。乱立した非公式組織は、実質的に官僚を排除する枠組みとなった。政府筋は「ゆがんだ政治主導だ」と、事故収拾策にまで首を突っ込む政権の姿勢に疑問を呈した。

 長期化必至の事故対策。東電本店2階の統合本部には、福島第1原発の免震重要棟とつながるモニターが設置され、約300人が常駐。「年間被ばく量を浴びてきちゃったよ」。現地から戻った社員らが愚痴る傍らで、お守りを懐に作業する社員もいる。

 「作業員が誤って頭から水をかぶった」。作業員3人の被ばくから数日後の3月下旬、急報を受けた対策本部は凍り付いた。結局、汚染水ではなく津波で残った水と判断したが、現場の緊張は続いている。

 4月6日早朝、2号機取水口付近の作業用の穴(ピット)の亀裂から海に出ていた汚染水の流出が止まると、細野は「みなさんのおかげで止まりました。ありがとう。これからも頑張りましょう」と激励した。長期戦をにらみ関係修復の狙いがのぞく。

 それでも東電幹部は「官邸に話に行っても、どなられるだけで聞く耳を持ってくれない」と肩を落とした、(山陽新聞、2011.4.10)
posted by リュウノスケ at 00:14| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする