2011年03月30日

「わずか9か月」石井慧スピード離婚

 北京五輪柔道男子100キロ超級金メダルで総合格闘家の石井慧(24)=アイダッシュ=が離婚していたことが28日、分かった。昨年4月、都内の大学に通う19歳の女子大生と結婚したが、米・ロサンゼルスを拠点としていたためにすれ違うようになり、両者が話し合った末、1月上旬に離婚届を提出。わずか9か月のスピード離婚となったが、気持ちも新たに格闘技に打ち込む覚悟を示した。

 苦渋の決断だった。昨年4月、交際3か月という早さで結婚した石井だったが、わずか9か月で離婚した。都内で取材に応じ「もっと慎重にやらないといけなかった。反省しています」と消え入るような声で頭を垂れた。

 結婚直後の昨年6月には前夫人がハワイで行われた大会を観戦するなど仲の良さを見せていたが、7月に石井が米ロサンゼルスを拠点とするようになってから、少しずつ溝ができ始めた。前夫人は結婚してすぐに離ればなれになることを心配して渡米を反対していたが、将来的にUFCなど米の総合格闘技大会への参戦を目指す石井は、変わらず現地をベースに練習、試合をこなした。すれ違いの生活が続くようになり、昨年末に両者だけで話し合いを重ね、合意した末に1月上旬に石井が離婚届を提出した。

 私生活で苦しい思いをした石井は、競技専念へ気持ちを切り替えた。米本土で初の試合となる4月1日の総合格闘技大会「ストライクフォース・チャレンジャーズ15」(カリフォルニア州)へ向け、この日渡米。髪形も気分を一新するかのように、丸刈りにした。「早く実力をつけて、自分のパフォーマンスを見てもらえるよう頑張っていきたい」と神妙な顔つきで精進することを誓った。

 ◆石井 慧(いしい・さとし)1986年12月19日、大阪・茨木市生まれ。24歳。国士舘大体育学部武道学科卒。06年、19歳4か月の史上最年少で全日本選手権優勝。08年8月の北京五輪100キロ超級で金メダルを獲得。同年11月にプロ格闘家への転向を宣言。09年大みそかのDynamite!! 吉田秀彦戦でデビューし、判定負け。プロ通算成績は4勝1敗1無効試合。181センチ、107キロ。(スポーツ報知、2011.3.29)


 北京五輪柔道男子100キロ超級金メダリストで格闘家の石井慧(24)が離婚していたことが分かった。昨年4月、都内の有名私立大に通う19歳の女子大生、美香さんと交際3カ月で電撃結婚したが、今年の1月上旬に離婚届を提出。結婚生活わずか9カ月のスピード離婚となった。

 昨年6月には美香さんがハワイで行われた石井の試合を観戦するなど仲の良さを見せていた。しかし、石井が練習拠点を結婚当初はハワイに置き、7月には米ロサンゼルスに移るなど“別居婚”が続いていたことで、2人の間に溝ができたという。

 石井は28日、スポーツ紙などの取材に応じ、離婚について「もっと慎重にやらないといけなかった。反省しています」と話した。

 また、石井はテレビ番組で、美香さんが怒ると食器を壁にたたきつけたり、ジャムの瓶を愛車に投げつけたりする恐妻ぶりを暴露。それに対し、美香さんも「一切電話はかかってこない。いつもウソばっかり。あんまり信用できない」と反撃するなど、新婚とは思えない実態が表面化していた。(産経新聞、2011.3.29)


 去年4月に結婚して1年持たずに離婚してしまった石井慧。そのとき私も記事にして若い二人のスピード婚を懸念したんですが(こちら)、残念ながら現実となってしまいました。

 それにしても美香夫人の怒ると物を投げるという悪癖は恐妻というよりは単に子どもなだけ。それをテレビ(日本テレビ『行列のできる法律相談所』)でペラペラしゃべる石井も同様です。子どもが子どもを作っていなかったのはせめてもの救いでしょう。

 今回の結婚・離婚で石井がいかに思い付きで物事を決めているのかがはっきりしたと思います。この人のしょっぱい試合を見て感じた何ともいえない浅はかさと見事にリンクしました。全日本選手権王者だし、同様にプロ転向した木村政彦のような底知れない深みがあると思ったんですけどね。買い被りすぎでした。

 今後も格闘技ファンとして応援はしますが、心を無にして、カウンターで最悪死ぬことを覚悟して石井がパンチを打てるのか。疑問ではあります。
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2011年03月29日

草野マサムネ震災で急性ストレス障害

 スピッツのボーカル、草野マサムネ(43)が「急性ストレス障害」でダウンしたため、同バンドの4月3日からのツアー公演を延期とすることが27日、公式サイトで発表された。

 草野は、東日本大震災の「大きな揺れ、続く余震」を自ら体験、さらに「想像を絶する被害の甚大さ、その悲惨すぎる現実が連日連夜メディアで報道され続けること、福島第一原子力発電所の深刻な状況」に直面する事が過度なストレスとなり、「精神的な障害にまで発展」。約3週間の療養が必要と診断されたという。

 今月17日に医師の診断を受け、経過を見守ってきたが、回復が見られず、米子(4月3日)、防府(5日)、広島(7、8日の2日間)の公演を延期することを決定した。

 また、被災した人々のために「ミュージシャンとして音楽を奏でること、歌うことこそが、今私たちが出来ることであり使命でもあることは強く自覚」しているが、「それが出来なくなってしまったことの情けなさ、無力感は言葉では言い表せません」と無念さをにじませている。(スポニチ、2011.3.28)


 草野マサムネって福岡出身ですよね。知り合いがたくさんいるわけでもないであろう東北の災害に対して、「精神的な障害にまで発展」するほどストレスを感じるとは彼のナイーブさがいかに本物であるかを証明しています。

 まあコンサートもキャンセルになってファンに迷惑をかけているので褒めるようなことではないのかもしれません。できるだけ早く回復し、表現者として絶望の深さを詩にするしかないでしょう。


<スピッツ および所属事務所代表 オフィシャルコメント>
草野が倒れてしまいました。
診断の結果は「急性ストレス障害」というものです。約3週間の療養が必要ということです。17日の受診後、診断より早い回復の可能性も0%ではないことから療養の状況を見守ってきましたが、残念ながら現時点では4月3日からツアーがスタート出来るという状態には至っていないという判断をさせていただきました。

草野ですが、今回の大震災の地震自体の体験したことのない大きな揺れ、続く余震、想像を絶する被害の甚大さ、その悲惨すぎる現実が連日連夜メディアで報道され続けること、福島第一原子力発電所の深刻な状況など、それらすべてを感じ、目の当たりにし続けることで、本人に急激な過度のストレスが襲いかかってしまい、精神的な障害にまで発展してしまった、ということになります。

まず、楽しみにしてくださっていた米子・防府・広島2日間の各公演に来てくださる予定だったお客様に心からのお詫びを申し上げます。

そして、本来、被災された方々のためにも、ミュージシャンとして音楽を奏でること、歌うことこそが、今私たちが出来ることであり使命でもあることは強く自覚しています。ですが、今回、一時的にでもそれが出来なくなってしまったことの情けなさ、無力感は言葉では言い表せません。自分が被災したわけでもないのに"やるべきこと"が出来ないのですから、何を言われても返す言葉もありません。

本当に、本当に残念です。本人になり替わり、またチームとしてのスピッツの代表として深くお詫び申し上げます。本当に申し訳ありません。

今後ですが、起きてしまったことは現実としてしっかりと受け止め、ここから前を向いて何が出来るのかを真摯に考え、行動に移すことこそが大切だと強く思っています。

幸い、「急性ストレス障害」は一過性のものです。一定の時間が経てば必ずと言ってよい確率で回復します。現在の草野も確実にその回復過程にあるのです。

ツアーのスタートは、順調にいけば4月13日NHKホールからとなります。その時には持てる力・思いのすべてを注ぎ込み、音楽を届けに全国を回らせていただきます。

どうか、どうか今しばらくの時間をください。被災地のみなさんに向け、全国のみなさんに向け、一刻も早く"自分たちのやるべきこと"を行動に移せるよう、精一杯の努力を続けてまいりますので。

なにとぞ、よろしくお願いいたします。
2011年3月28日
スピッツ 
三輪テツヤ
田村明浩
ア山龍男

スピッツ マネージメント・オフィス
株式会社グラスホッパー
代表取締役  坂口優治


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2011年03月27日

「汚染した水につかっていた足に浴びた放射線量は、約2〜6シーベルト」原発作業員高線量被曝

 東京電力は24日、東日本大震災で被災した東電福島第1原発3号機のタービン建屋で電源復旧作業中だった3人が、40〜50分間に170ミリシーベルト以上の被ばくをし、うち2人の両足に放射性物質が付着していたため福島市の福島県立医大病院に搬送したと発表した。25日、千葉市の放射線医学総合研究所に送る。東電は24日、他の建屋での同様の作業も中断した。復旧作業はさらに遅れる。東電の安全管理も問われそうだ。

 東電によると、3人とも全身の状態は良好だが、福島県立医大に搬送した2人については放医研で4日間程度、経過を見る。

 経済産業省原子力安全・保安院などによると、3人は20〜30代で東電の協力会社社員。24日午前10時半からタービン建屋地下で電源復旧のためのケーブル接続作業をしていた。作業は正午ごろ終わり、災害対策本部がある敷地内の免震重要棟に戻って午後0時10分ごろ被ばく線量を計測し、被ばくが判明した。

 3人は同1時20分ごろ棟内の処置室で産業医の診察を受けた。その結果、放射線の一種のベータ線とガンマ線が確認された。うち2人については、はいていた下着に水が染み込んでひざの下までぬれており、この部分は1時間当たり500マイクロシーベルトの汚染だった。放射性物質に汚染された水で足がぬれたとみている。

 ぬるま湯でしめらせたタオルでふき取る「除染」の結果、150マイクロシーベルト程度まで下がったが、東電によると、今後数週間〜数カ月後に、放射線によるやけどのような症状が出る可能性があるという。

 保安院の西山英彦審議官は24日夜会見し、「作業のやり方は十分ではなかった。しっかり対応してほしい」と東電に改善を求めた。

 搬送された2人の、同日の作業中の被ばく線量は、30代男性が180・07ミリシーベルト、20代男性が179・37ミリシーベルト。残る1人は30代男性で173ミリシーベルトだった。厚生労働省は、同原発で作業に当たる作業員の累積被ばく線量の上限を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げている。東電によると、3人の累積被ばく線量は約175〜198ミリシーベルトで、上限は超えていない。

 3人は、前日の作業終了後に測った線量が低かったため、24日は作業前に線量を確認しなかった。作業中は防水性の防護服を着用の上、両手にはゴム手袋をはめ、顔をすべて覆うマスクを着用していたが、搬送された2人は長靴ではなく普通の作業靴をはいていた。作業現場には深さ約15センチの水がたまっていたが、現場が暗く、気づくのが遅れてくるぶしまで水につかったという。被ばく判明後に東電が測定したところ、水たまりは表面で1時間当たり400ミリシーベルト、大気中で同200ミリシーベルトの放射能を帯びていた。

 3人が身につけていた線量計は、累積被ばく線量が20ミリシーベルトになると9分間にわたって断続的に警告音が鳴る仕組みだが、気づいた時には線量計の値が170ミリシーベルトを超えていたという。東電は、3人の線量計が実際に鳴ったかどうかを調べている。

 3人を含め、累積被ばく線量が100ミリシーベルトを超えている作業員は24日で計17人となった。

 【ことば】放射線熱傷
 強い放射線量を持つ物質が付着して起きる皮膚の損傷。アルファ線やベータ線、ガンマ線など放射線の種類で障害の程度が異なる。ベータ線はアルファ線に比べて真皮まで到達する透過力があり、皮膚に与える影響は大きい。今回、ベータ線とともに検出されたガンマ線は、生物に影響を与える作用は弱い。症状は軽度の場合、紅斑や痛みが生じ、数日後に軽快する。重度の場合、水疱(すいほう)や潰瘍が生じる。治療では感染症を防ぎながら再生するのを待つのが基本だが、治らなければ皮膚移植をする場合がある。(毎日新聞、2011.3.24)


 福島第一原発で被曝(ひばく)した作業員2人が、汚染した水につかっていた足に浴びた放射線量は、約2〜6シーベルトと推計されることがわかった。2人を検査した千葉市の放射線医学総合研究所(放医研)が25日に発表した。10日ほどして足にやけどの症状が現れ、治療が必要になる可能性があるという。

 労働安全衛生法などで、作業員らが緊急作業時に皮膚に受けていいとされる放射線の限度量(1シーベルト)の2〜6倍に当たる。今回の原発事故で1シーベルト以上の高線量の被曝は初めて。

 国際放射線防護委員会(ICRP)によると、今回のように皮膚の限られた部分に3シーベルト被曝した場合、一時的な脱毛が起こり、6シーベルトでは赤い斑点ができる。単純に比べられないが、全身の被曝量が3〜5シーベルトだと半数の人が亡くなるという。

 放医研によると、2人とも現状では全身の状態に問題はない。白血球の数の変化や皮膚の状態を観察する。吸い込んだ放射性物質による内部被曝もあったが、治療は必要ないとみられるという。

 2人は24日、原発の復旧作業中に汚染された水が靴の中に入り、くるぶしから下に被曝した。(朝日新聞、2011.3.25)


 真っ暗な地下で、線量計の警告音は鳴り続けたのか。福島第1原発3号機で24日、男性作業員3人の被曝事故が発生した。東京電力が放射線を管理しながら進める復旧作業中、あってはならない事故が起きた。同じ3号機で「放水活動」を続けてきた自衛隊の幹部らからも「こんなやり方を誰が認めたんだ」と東京電力の安全管理に不信感をブチまける声が上がった。

 東電によると、3人は24日午前10時半ごろ、原子炉建屋に隣接するタービン建屋に入り、ケーブルの敷設工事を開始。上下に分かれた作業着の上に、つなぎの防護服を着て、さらに耐水性のあるアノラックを着用。手にはゴム手袋をはめ、顔面に活性炭入りの全面マスクをつけていた。

 作業場は地下1階で電気が通らず真っ暗。床には水たまりがあり、深さは約15センチ。3人はくるぶしまで水につかって作業をした。3人のうち2人は同じ会社で普通の作業靴を履いていたため、中までびしょびしょになった。別会社所属の1人は、長靴で足はぬれなかった。

 24日は作業員の誰かが2万マイクロシーベルト(20ミリシーベルト)を超えた時点で打ち切りの予定だった。線量計は設定値を超えると大音量を出し、1分間は鳴り続ける。その後の8分間も、10秒ごとに5秒間鳴り続けるはずだったが、3人はなぜか40〜50分作業を継続した。

 東電の黒田光・原子力設備管理部長は、かつて自らが作業中、アラームが鳴っても作業を続けたことがあったと証言した。アラームが聞こえないことや、仮に鳴っていても、自分の線量計が鳴っているのではないと判断したことがあったと説明。外部からは「鳴りっぱなしでも無視して作業を続けたのでは」という指摘も出た。

 片付けを終え放射線管理区域を出ると、3人の線量計は17万3000マイクロシーベルト〜約18万マイクロシーベルト(173〜180ミリシーベルト)を指した。驚いた放射線管理者が作業場所の線量を計測すると、水たまりの表面が毎時40万マイクロシーベルト(400ミリシーベルト)、空間線量も毎時20万マイクロシーベルト(200ミリシーベルト)あった。23日に東電社員が作業していた際に水たまりはなく、空間線量は毎時数ミリシーベルトで、24日は事前に線量を計測しなかったという。

 3人を診察した産業医は、作業靴の2人が長時間高い線量の水につかっていたことを重視。「ベータ線熱傷」の疑いもあるとして、2人を福島県立医大病院へ搬送した。

 この被曝事故に、同じ3号機でヘリコプターによる水投下など原発冷却にあたった自衛隊幹部は「そんなやり方を誰が認めたんだ。東電の指示、監督はどうなっているのか!?」と憤った。

 3号機への放水を実施した東京消防庁のハイパーレスキュー隊員によると、現場作業の際には放射線量の測定専門の部隊を投入。測定機を使って絶えず被曝線量を分析し、放水の準備にあたる隊員らをケアしていたという。(サンケイスポーツ、2011.3.25)


 福島第1原発3号機で復旧作業中の3人が高線量の放射線に被ばくした事故で、東京電力は25日、現場のタービン建屋地下にたまった水の放射性物質の濃度が、通常の炉心の水に比べ1万倍程度に達していたと発表した。

 冷却機能が失われた3号機で、原子炉や使用済み燃料プールにある燃料の一部が損傷、放射性物質による汚染が広範囲に及んでいる恐れがあり、復旧作業の大きな支障になる可能性がある。

 経済産業省原子力安全・保安院は「検証が必要だが、原子炉が壊れている可能性はあると思う」との見方を示した。

 枝野幸男官房長官は、屋内退避区域としている第1原発から半径20〜30キロ圏内の住民に避難指示を出すかどうか検討していることを明らかにした。原子力安全委員会は、この区域のうち線量が高い場所の住民に積極的な自主的避難を促す見解を示した。

 保安院は、放射線管理を改善するよう口頭で指示。東電は25日、現場からの排水方法の検討を始めた。

 東電によると、作業前日の23日に社員が現場を調べた際は水はほとんどなく、被ばく線量は1時間で0・5ミリシーベルトと低かった。放射線量を測定、管理する担当者は同行していなかった。この線量から「線量計のアラームが鳴っても故障と思い込み、作業を継続したとみられる」という。

 また現場の様子が前日と明らかに違う場合などは、現場の線量を測定してから作業をする必要があるが、そうしたことをしていなかったと、被ばくの一因を説明した。

 被ばくした3人は20〜30代。長靴を履いておらず、ベータ線熱傷で入院した2人は電気設備工事大手の関電工社員と判明。25日、福島県立医大から放射線医学総合研究所(千葉市)に移され、4日程度かけて、症状や内部被ばくの有無を調べる。もう1人は関電工の下請け会社社員。

 関電工は、原発内で水に漬かっての作業は想定しておらず、マニュアルでは長靴を使う基準がなかったことを明らかにした。今後、水にぬれた場合はすぐに退避するよう社員に指示した。

 東電がタービン建屋にたまった水を分析したところ、放射性物質の濃度は1立方センチ当たり約390万ベクレルだった。通常、原子炉内の水は数百ベクレル。ヨウ素131やセシウム137など、通常は燃料棒に閉じ込められ炉内の水にはあまり含まれない放射性物質が高濃度で検出された。

 一方、東電は1〜4号機の原子炉などに、真水を注入する準備を進めた。真水は米軍から提供を受ける。(共同通信、2011.3.25)


 東京電力福島第1原発3号機で作業員3人が高線量の放射線に被ばくした。うち2人は、東電が協力企業≠ニ呼ぶ下請け会社の社員。さらにもう1人は孫請け会社の社員だった。「東電は親会社みたいな存在。求められれば断れない」。彼らは時に、被ばくの恐れがある危険な作業も請け負い、東電の掲げる「電力の安定供給」を支えている。

 東日本大震災前の福島第1原発では、1日平均約6800人が出入りしていた。このうち東電の社員は2割にも満たない約1100人。残りは原子炉メーカーや電気設備工事会社などから派遣された作業員たちだ。

 3号機で24日に被ばくしたのは関電工(東京)の社員2人と、孫請け会社の1人。被ばく事故当時、現場の3号機タービン建屋で作業をしていたのは3人を含め、いずれも「協力企業」の6人。東電は被ばくした3人を「作業員」と説明したが、実際に作業をしていたのは孫請けの1人で、関電工の2人は現場監督の立場だった。

 主に東電系の工事を請け負う関電工。大株主でもある東電は売上高の50%近くを占める最大顧客だ。「親子の関係に近く、発注者と請負業者というだけでは割り切れない。求められれば断れない」。被ばく事故後、関電工のある社員はそう漏らした。

 福島第1原発では25日、東電社員441人と、下請け会社などの社員95人が放射線への恐怖を抱えながら原発の復旧作業を続けた。関電工社員は「今は『安全性を確保している』という東電の説明を信じるしかない」。

 首都圏への電力供給を維持し、原発の危機的状況の打開に力を尽くす下請け会社の社員たち。東電広報部は「専門分野について弊社では賄いきれない部分を担っており、協力企業の社員をゼロにはできない」としている。(共同通信、2011.3.25)


 25日付の米紙USAトゥデーは「原発にヒーロー(英雄)が現れた」との見出しとともに、1面で福島第1原発で放射性物質の封じ込めなどに当たっている作業員や自衛隊員らをたたえた。

 インターネット上では「日本でもっと注目されるべきだ」との声も出ている。

 同紙は作業員らについて「見えない放射線にさらされながら、精いっぱい働いている」と写真付きで紹介。「彼らは疑いなく英雄の定義に当てはまる」と称賛する原発専門家の意見を伝えた。

 1人当たりの被ばく量を下げるため、多くの作業員が必要になるなどの課題も示した。

 一方、東日本大震災の人道支援作戦を「オペレーション・トモダチ」と命名し、1万人以上を送り込んでいる米軍はネット上に支援部隊が活躍する写真を氏名とともに公開。「何をしてくれているのかよく分かる」と日本人にも好評だ。

 これについて、日本のブログや短文投稿サイト「ツイッター」では「(日本で)自衛官や消防士が注目を浴びていないこととは対照的だ」「命懸けで頑張っている自衛隊や消防士、警察官をもっとなぜ写さないのか」などの意見が出ている。(共同通信、2011.3.26)


 2〜6シーベルトと桁違いの被曝をした関電工と孫請け会社の作業員。自分の尻拭いすらできないどころか、下請け・孫請け社員を命の危険に晒す東電体質に憤りを覚えます。自社社員が現場で通用しないのなら万全の体制でフォローするのは当然の話。こんな事故は常識的にあり得ません。

 長々引用させてもらった上記記事のなかで印象的なのは東電の杜撰な管理を批判しているのが自衛隊幹部だということ。若いパイロットを特攻させた大本営から60年余りの時を経て、将校が兵隊(厳密には違う)を大事にするという軍人として当然の価値観が日本にも根付いたのかと思うと感慨深いものがあります。

 軍人が人間的になった一方で、東電という日本を代表する企業の下請け・孫請けに対する扱いの絶望的冷淡さ。要求を断れない関係者にここまで危険な作業をさせ、致死的な量の被曝をさせるとは言語道断。どう見ても業務上過失致傷でしょう。

 「岩本は特攻作戦に対し、断固反対を主張した。「死んでは戦争は終わりだ。戦闘機乗りは何度も戦って敵機を多く落すのが仕事だ。一度きりの体当たりで死んでたまるか。俺は否だ。」との自論を展開し、彼の言動に対する上官の詰問には「命ある限り戦ってこそ、戦闘機乗りです。」と真っ向から反論した」(ウィキペディア 岩本徹三)

 原発の暴走を防ぐため命を賭けている東電とその下請け・孫請け社員、自衛隊、消防その他現場作業員は真の意味で英雄です。国を守ったわけですから任務によって被曝した全ての関係者には勲章を下賜すべきでしょう。

 一方で、特攻隊員を英雄視してその無意味な作戦を立案した大本営の責任が曖昧になったようなことが今回の東電にあってはなりません。岩本が主張した特攻批判が時を経て今回の事故の本質を射抜いていることに、この天才パイロットの慧眼に今更ながら敬服します。

 ルース・ベネディクトや丸山眞男が定義した日本人の本質はあまり変わっていないのかもしれません。戦前も戦後も「命令する側」ではなく「される側」の誠実さこそが我が国の希望。被曝された方のご回復を心より祈ります。


<参照>
ウィキペディア 岩本徹三
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2011年03月26日

秋葉原通り魔事件東京地裁判決要旨

 東京・秋葉原の無差別殺傷事件で、加藤被告に死刑を言い渡した東京地裁判決の要旨は次の通り。

 《責任能力》被告は事件を計画し準備を行い、計画通りに実行しており、意識障害があったと疑わせる事情は認められない。被告は携帯電話の掲示板上での嫌がらせをやめてほしかったと動機を供述するが、周囲に対する不満や強い孤独感などがあったと思われる。性格やものの考え方なども総合すれば動機は十分了解可能である。

 被告は事件以前にも自分の意思を暴力的または自暴自棄的な行動で示そうとしたことが度々あった。事件は被告の本来の性格傾向を基盤としたものと理解することができる。被告は事件前に3回もしゅん巡しているし、逮捕後は警察官と話して涙を流した。一連の経過をみれば、被告の善悪の判断能力や行動制御能力に疑問を差し挟む余地はない。

 《量刑の理由》事件の遠因には、成育過程で受けた母親による不適切な養育を主な原因とする被告の人格のゆがみがある。しかし、被告は事件当時25歳を過ぎていたし高校卒業後の生活状況も考慮すると、成育歴等が与えた影響は限定的で、刑事責任を大きく減じさせるものとは評価できない。

 被告は審理の最終段階になって個々の被害者や遺族に向き合い、被害の深刻さに多少は思いを至らせている。被告なりの反省の姿勢をみてとることはできる。しかし、事件を思いついた発想の危険さ、犯行態様の残虐さ、次々と殺害行為を重ねた執拗(しつよう)さ、冷酷さは、いずれも被告の人格に根差したものであり、根深さや逸脱の大きさからみると更生は著しく困難であることが予想される。

 現在28歳と比較的若く、前科前歴がないことや、反省の姿勢を考慮すると、更生可能性が全くないとはいえないが、これらの事情を総合しても、死刑を選択せざるを得ないとの結論に至った。(毎日新聞、2011.3.25)
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2011年03月25日

セリーグ4月12日開幕決定

 プロ野球セ・リーグは24日、東京都内で臨時理事会を開き、公式戦の開幕をパ・リーグと同じ4月12日に延期し、東京電力、東北電力管内での4月中のナイターを自粛することを決めた。

 延長戦もパ同様、3時間30分を超えて新たなイニングに入らない。デーゲームでも電力を大量に消費する東京ドームでは4月中は試合を行わず、巨人の2カードは他の球場で開催する。26日の12球団オーナー会議で正式決定する。

 セ・リーグは当初の予定通り、今月25日開幕を目指したが、文部科学省から電力事情に配慮するよう要請を受け、4日ずらした29日開幕で、東京ドームは節電策を講じるとしていた。

 しかし、パ・リーグが4月12日までの延期と4月中のナイター自粛を決めたため、文科省や蓮舫節電啓発担当相らから再考を求められ、日本プロ野球選手会からもセ、パ同時開幕を要求されていた。

 パ・リーグでは、西武ドームで予定していた西武―日本ハムの開幕2連戦が札幌ドームでの3連戦に変更された。(時事通信、2011.3.24)


 プロ野球のセ・リーグは24日、都内で緊急理事会を開き、今月29日に予定していた公式戦の開幕日を再度、延期し、パ・リーグと同じ4月12日とすることを決めた。

 東日本巨大地震の影響で電力が不足している東京電力、東北電力管内での4月中のナイター自粛でも一致。試合形式も、パと同様に延長戦は3時間半を超えて新しい回に入らず、デーゲームでも照明を必要とする東京ドームでは、4月中の試合を開催しないことにした。

 セ、パともにレギュラーシーズン144試合とクライマックスシリーズ(CS)、日本シリーズを行うことを確認。開幕日などの変更は26日のオーナー会議で最終決定される。

 新(あたらし)純生理事長(ヤクルト球団常務)は理事会後の記者会見で、「選手の方々の気持ちをくんで、早く開幕日を決めたかった。コンディションのこともある」とし、ナイターについては「もともと我々は監督官庁の指示に全面的に従うという方針」と説明した。(読売新聞、2011.3.24)


 セの決定に国が差し戻しをした。日本野球機構の加藤良三コミッショナー、新純生セ・リーグ理事長=ヤクルト球団常務=、井上智治パ・リーグ理事長=楽天オーナー代行=、労組・日本プロ野球選手会の新井貴浩会長が22日、文部科学省、経済産業省、蓮舫節電担当相を訪問。節電対策を施しての公式戦開幕を報告したが、国側は当面、東日本でナイターを開催しないように要請。減灯ナイターで乗り切ろうとしたセ・リーグの決定を突っぱねた。これで、試合開催の条件としていた「政府・監督官庁の指示に従う」に高いハードルができた格好。球界は26日に12球団オーナー会議を開き、対応策を再協議する。

 ボールは再び、球界へ投げられた。この日、加藤コミッショナーらはセパ理事会が出した結論を持って、霞が関を行脚。決定への理解を求めた。しかし、待っていたのはセ・リーグ案へのダメ出しと再考要請。厳しかったのはやはり、“仕分け人”蓮舫大臣だ。

 「新さんはどちらですか?」。こう切り出した蓮舫大臣は次々に質問を続けた。20分にわたる話し合いの中では、新セ・リーグ理事長に詰め寄る場面も。同席した井上パ・リーグ理事長や選手会の松原事務局長が「厳しかったね」と口をそろえるほどの手厳しさだった。

 「基本的にはナイターは電力需要が高まるから控えてほしい。デーゲームも類似の電力なら控えてほしい」。終了後にこう語った蓮舫大臣。最もこだわったのはやはり、東京・東北電力管内でのナイターの実施だった。加藤コミッショナーは開催への3条件((1)観客、選手の安全確保(2)全試合チャリティー試合(3)政府・監督官庁の指示に従う)を説明。セ・リーグも3月29日に開幕を延期して、4月5日以降は「減灯ナイター」とするという19日の緊急理事会で決めた案を説明し続けた。

 しかし、「ナイターにこだわるのなら科学的根拠を示してほしい」と切り返した蓮舫大臣。「なぜ延期が4日間だけなのか」とも問いかけた。NPB側は「(電力需要の大きい)東京ドームが中止になる」と反論したが、「ドームだけでは…」と返し、それではまるで根拠にならないとはねつけるなど、厳しい指摘を連発。説明する側が答えに窮する事業仕分けさながらの光景もあったという。

 一方、文部科学省や経済産業省も手厳しさは同じ。高木文科相は「ナイターには理解が得られない。野球をするなということではないが、デーゲームを」とあらためて東日本でのナイターの自粛を要請し、「(QVC)マリンでセの試合を行うなど慣例を飛び越えて再考を望みたい」と表明。経済産業省も池田副大臣が「これは国民の要請」との意見を投げかけ、再考を促した。

 加藤コミッショナーは「野球を前に進めてほしいという点の不一致はない。未曽有の国難の中で野球がどう役割を果たすか」と従来の見解を繰り返したが、政府側は選手会と意思疎通を図ることも要求。蓮舫大臣は「新井さんに賛同です」と語った。この状況の中で、セ・リーグは本当に3月29日開幕を予定通りできるのか。事態はますます予断を許さなくなってきた。(中日スポーツ、2011.3.23)


 蓮舫節電啓発等担当相(43)が22日、セ・リーグの決めた試合日程に強烈なダメ出しをした。東京・霞が関でNPBの加藤良三コミッショナー(69)、新純生セ・リーグ理事長(ヤクルト常務)=(58)、井上智治パ・リーグ理事長(楽天オーナー代行)=(56)、日本プロ野球選手会の新井貴浩会長(34)から報告を受けた。4月のナイター自粛などを決めたパ・リーグの方針に理解を示す一方、セ・リーグに対しては「(開幕を)4日ずらした意味はなんですか?」「科学的根拠を示して」「ナイター開催は当面控えてほしい」などと、強い口調で迫った。

  ◇  ◇

 青の防災服に身を包んだ蓮舫氏の“仕分け”のターゲットは、4月5日からのナイター開催などを決めたセ・リーグに最初から絞られていた。

 会談の冒頭、「(セ・リーグの)新さんはどの方ですか?」と名指しして詰め寄った。その上で「開幕を4日間延長することについて、どういう議論があって、どういう根拠に基づいて決めたのか」と、たたみかけたという。

 計画停電は依然、実施中。さらには大規模停電の恐れもあり、電力の供給はひっ迫している。蓮舫氏が「国民にご不便をおかけしており、野球は考えてほしい。あくまで(29日の開幕に)こだわるならば、4日間ずらした(納得のいく)科学的根拠を示してほしい」と迫ると、セ・リーグ側から「(最初の3試合に)ドームでのナイターが入っていたので、先延ばしした」と答えたという。

 説得力を欠く説明に「電気の供給量が今後も見込めず、(セ・パ同時開幕という)選手会の思いをくみ取っていないことを考えると、『十分な答えとは思っていません』とお答えしました」と、バッサリ切って捨てた。

 一方で、4月12日開幕、4月中の東京電力と東北電力管内でのナイター試合自粛を打ち出したパ・リーグに対して、蓮舫氏は「相当考えていただいたと思っている」と理解を示した。井上パ・リーグ理事長も「ご理解いただいたと思う」と話した。その上で「(その分セには)厳しかったですね」と振り返るように、“必殺仕分け人”の容赦ない指摘は、終始、セ・リーグに向けられた。

 蓮舫氏はこの日、(1)セ・パの開幕日が異なる(2)選手会の思いが受け止められていない(3)東京電力管内でのナイター開催、について再検討を促した。「野球をやるなというのではなく、やるのであれば最大限の配慮をしてもらいたいと、コミッショナーにボールをお渡ししました。今後行われるオーナー会議で、どのような議論になるのか注視したい」。その険しい表情には、中途半端な報告はもう許さない、と書いてあるかのようだった。(デイリースポーツ、2011.3.22)


 結局4月12日のセパ同時開幕に決着したプロ野球。こんなことなら最初からそうしとけよと突っ込んだ人も多いでしょう。無駄に揉めてイメージが悪くなっただけでした。

 セリーグが妥協した理由はどう考えても世論などではなく政府と中央省庁の勧告。お上はプロ野球という最も知名度の高い団体に節電させることで国民に注意喚起させたいのでしょう。法的根拠はなく「要請」とはいえ蓮舫節電啓発担当相の高圧的な態度は実質的に命令であり、球界としては従わざるを得なかったものと思われます。

 私は「自粛派」なのでこれでよかったとは思いますが、ネット上で指摘している人も多いように、では他の娯楽産業はどうなのか。現在休業中のディズニーランドは東京ドームの10倍の電力を消費するそうです。野球だけ狙い撃ちするのでは整合性がありません。

 戦時中のようになんでもかんでも自粛して益々暗い世のなかになるのも困りますが、どういう商売がどの程度節電すべきなのか蓮舫大臣は説明する責任があります。民主党に献金が多い業界は自由に電気を使ってもいいといったことがないようにマスコミは監視すべきでしょう。


<参照>
毎日新聞 記者の目:プロ野球セ・リーグの日程騒動=立松敏幸‎
J-CAST ディズニーランド当分再開できず 東京ドーム10倍の電力量がネック‎
posted by リュウノスケ at 01:50| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする