2010年04月30日

早大マネーゲーム愛好会OB不正トレード事件判決

 早稲田大学投資サークルOBらによる相場操縦事件で、証券取引法(現金融商品取引法)違反(相場操縦)罪に問われた元飲食店経営会社社長、松村直亮被告(28)に対し、東京地裁(多和田隆史裁判長)は28日、懲役2年2月、執行猶予4年、罰金250万円(求刑懲役2年2月、罰金250万円)の判決を言い渡した。

 ほかに、不動産会社役員、三浦幹二被告(28)を懲役2年、執行猶予4年、罰金300万円(求刑懲役2年、罰金300万円)としたほか、直亮被告の弟、松村孝弘被告(26)は懲役1年6月、執行猶予4年、罰金150万円(同1年6月、同150万円)。追徴金は3人で2億2600万円(求刑は追徴金約4億2900万円)だった。

 多和田裁判長は判決理由で「短時間で多額の利益を手中にし、証券市場の健全性、公正性を害する危険性を現実化させるなど、違法性は大きい」と指摘。その上で、「証券会社から警告を受けた後も、犯行の発覚防止策を講じるなど違法性を十分認識していた。動機は利欲的で、罪責は共通して重い」と述べた。

 判決によると、3人は2006年6月19日、東証1部上場の日立造船と三井鉱山(現日本コークス工業)の2銘柄について、インターネットを通じ、複数の口座から大量のウソの買い注文を出す「見せ玉」などの手法で売買が活発であるかのように見せかけて株価を7〜12円つり上げ、約740万円の利益を得た。(日本経済新聞)


 早稲田大学の投資サークルOBらによる株価操縦事件で、証券取引法(現金融商品取引法)違反(相場操縦)罪に問われたリーダーの松村直亮被告(28)ら3人の判決公判が28日、東京地裁で開かれた。多和田隆史裁判長は「証券市場の健全性、公正性を害した」として松村被告に懲役2年2月、執行猶予4年、罰金250万円(求刑懲役2年2月、罰金250万円)を言い渡した。

 ほかの2被告にも執行猶予付きの有罪判決を言い渡し、3人に計約2億2600万円の追徴金を課した。

 多和田裁判長は「自然な取引に見せかけるため、複数の証券会社を介し、わざと損失を出すなどした」と悪質性を指摘。検察側が約4億2900万円の追徴を求めたことに対しては、「不法な取引に投じられた金額はもっと低く、すべて追徴することは過酷」と判断した。(産経新聞)


「3人が7年間の株取引で得た利益は合わせて47億円。そのほとんどが違法行為によって得た利益だとみられています。(中略)松村被告の手元には、今も株で儲けた資金20億円が残っているといいます」(TBS、2010.4.27)


 結局執行猶予は付くし、追徴金も不正に得た利益からしたら微々たるものというどうしようもない判決だったこの相場操縦事件。アメリカだったら確実に実刑だし、追徴金もこんな少額じゃないでしょう。甘すぎるわ

 「不法な取引に投じられた金額はもっと低く」という判決文と「そのほとんどが違法行為によって得た」というTBSの記事に矛盾があってどっちが真実なのか微妙ではあります。判決文が正しければ松村たちはBNFやcisのような天才トレーダーであり微々たる追徴金もやむを得ませんが、TBSが事実ならば犯罪者が法を潜り抜けて巨額の資産を築いたことになり許せません。

 正々堂々とトレードした結果に無一文となり首を括った人も多いわけです。不正に得た金で豪遊して刑務所にも入らず、未だに資産が20億円なんて馬鹿げたことがあってはなりません。そんなことで誰がまともにトレードするんですか。

 恐らく世間一般がそうであるように、この多和田とかいう裁判官も株なんて魑魅魍魎の世界なんだから手を出して死んだとしても自己責任だと思っているんでしょうが、司法がそういう料簡だから日本の株式相場には外国から資金が集らないんですよ。アメリカみたいにきちっとしてください。


<参照>
テレビ大菩薩峠 早大マネーゲーム愛好会OB不正トレード事件
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2010年04月25日

第45回サンケイスポーツ賞フローラステークス(GII)

三連単 B・D・M→N⇔@・C・F・G・H・I・J・K・L・O=1万2000円
前回までのトータル:−142万0350円
回収率:38.7%
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2010年04月24日

自殺図り意識不明の長男刺殺した母親に懲役3年執行猶予5年判決

 自殺を図り、回復の見込みがなくなった長男(当時40歳)を刺殺したとして、殺人罪に問われた千葉県我孫子市の無職、Y被告(67)の裁判員裁判で、東京地裁は22日、懲役3年、執行猶予5年(求刑・懲役5年)の判決を言い渡した。山口裕之裁判長は「決して許されたわけではなく、重い有罪判決を受けたことを孫に伝えてください。誤った考えを持たせたくないというのが裁判員の思いです」とY被告に説諭した。

 東京地裁528号法廷。Y被告は小さく頭を下げ、静かに涙を流しながら判決を聞いた。「行為の凄惨(せいさん)さと結果の重大さは言うまでもない」。被告の行為を非難する言葉もあった。手段を尽くす余地があったはずなのに、自殺未遂から10日で事件を起こしたことから「短絡的犯行」とも指摘した。

 一方で、被告は息子が自殺を図るという衝撃的な事実に直面していた。高額な医療費がかかるのに、健康保険が適用されないと聞かされ、追い打ちをかけられた。「子供たちを食べさせていけない。いいパパが悪いパパになる」。長男の妻が泣き崩れたことを知った被告は「妻や孫を苦しませたくない」と考えた。

 「母さん、やってくれ」。被告は意識を失った息子がそう言っているように思ったという。「冷静な判断力を欠いたまま、衝動的に息子の命を絶つしかないと考えた」「異常ともいえる心理状態で犯行に至った被告には同情の余地が多々ある」。判決は、法定刑の下限の懲役5年から刑を減軽し、執行猶予を選択した。

 ◇判決の認定内容

 09年7月25日午後5時過ぎ、東京都文京区の日本医大付属病院高度救命救急センター病室内で、長男Mさんの左胸を包丁で4回突き刺して死亡させた。

 ◇裁判員、初公判から4日間考え続け…

 「自分が同じ立場だったら、どうしただろうか」。判決言い渡し後に会見に応じた4人の裁判員と2人の補充裁判員は、初公判から4日間考え続けたという。女性裁判員は「自分にも母と子がいる。いろんな思いがよぎったが、答えは出なかった」と語った。

 事件は、どこの家庭で起こっても不思議ではない家族間の悲劇だった。別の女性裁判員(55)は「一番傷つきやすい孫のことを考えた」と明かした。「人を殺すことで事態の打開を図ることを是認するものではない」。説諭の言葉には、裁判員全員が被告や孫に伝えたかった思いが込められているという。

 「4日間、家に帰っても頭の中に裁判のことがあった」。男性裁判員(34)は「なんとかこらえて冷静に判断した」と振り返った。

 ◇出されたメッセージ受けとめるべき

 何という悲劇の連鎖か。法廷で明らかになった事実に、やるせなさを感じた。長男の自殺未遂、高額な医療費、親族間殺人……。事件までの10日間を、長男の妻は「出口のないトンネルのようでした」と証言した。

 Y被告は3人の子供を育てた。80年代には夫の仕事のため、家族で米国に暮らし、言葉の壁に戸惑う我が子を励ました。次男(38)は「器が大きく、逆境に動じない。人生の迷路に入ると母に相談した」と嘆願書に書いた。長女(36)も「責任感のある母が、残された家族の今後を思って1人捨て石になった」とかばった。

 主任弁護人は「この事件に悪者はいない」と言う。医師も勤務先も家族も、それぞれの立場で責任を果たそうと努力したのだろう。だが、そこに解決策は見えなかった。悪者でなく、むしろ善良な市民が裁かれる現実を不条理と感じた。「早くバアバのチャーハンが食べたい」。孫が自分の母に語った言葉に救われるとともに、けなげさに胸が痛んだ。

 被告はどうすればよかったのか、法廷に答えはなかった。だが、心を揺り動かされ、執行猶予という結論を出しながらも、裁判員たちは社会に対して責任を果たそうとした。どんなに行き詰まっても人を殺すことは許されない。その思いが説諭に表れている。苦悩しながら導き出されたメッセージを、被告や孫、社会に受け止めてほしい。(毎日新聞、2010.4.22)


 実刑か執行猶予か。自殺を図り、意識が戻らなくなった長男を刺殺したとして、殺人罪に問われた千葉県我孫子市の無職、Y被告(67)に対する裁判員裁判が21日、東京地裁(山口裕之裁判長)で結審した。検察側の求刑は法定刑の下限の懲役5年。殺人事件として極めて軽い求刑だった。冷静に事件と向き合ったように見えた裁判員は、どんな結論を出すのか。判決は22日に言い渡される。

 ◇事実関係争いなく

 「どんな事情があっても人の命を奪うことは許されません」。午前10時過ぎ、検察官の論告が始まった。法壇の裁判官、裁判員に向かって、ゆったりとした口調で語りかけているようだ。

 「動機や経緯については同情すべきと考えています。八方ふさがりに近い状態だったのかもしれません」。被告の苦悩に理解を示す一方で、検察官は裁判員に疑問を投げかけた。長男(当時40歳)が自殺を図ってから事件まで10日間。意識が戻らないと決まったわけではないのだから、回復を期待して待つことも可能だったはずだという。

 健康保険の適用を受けるため、精神疾患だったと証明する努力が足りなかったのではないか。被告には多額の預貯金があるうえ、健康保険組合が一時的に医療費の立て替えを提案したのだから、当面は困らなかったはずだ。指摘を続けたうえで、検察官は「短絡的だった」と主張した。

 一方の弁護側は、主任弁護人の河合弘之弁護士が最終弁論に立った。「意識を回復して健康な状態に戻ることはあり得ず、希望のない延命治療に過ぎない」。保険給付を受けるために会社に協力を求めているし、病院に高額医療の中止も訴えた。「十分手を尽くした」と説明して執行猶予を求めた。

 動機は高額な医療費だけではないというのが弁護側の主張だ。長男の妻が「人工呼吸器を外す」と泣き崩れたことから、被告は「自分が捨て石になって処罰を受けることで皆が救われる。それが長男の願いでもある」と考えたという。

 ボランティアにも熱心だったというY被告は、事件前日に民生委員を辞めていた。衝動的だったわけではなく、考えた末の行動だったようにもみえる。

 事実関係に争いはない。6人の裁判員が3人の裁判官と話し合って、刑の重さを決める。

 「もし自分が同じ立場だったらどうしますか。健全で優しい市民感覚で決めてほしい」。河合弁護士は裁判員にそう訴えて弁論を終えた。(毎日新聞、2010.4.21)


 「時計の針を戻したいです。(長男の)誕生日を祝った日まで戻したいです」

 自殺未遂で意識不明となり、入院中だった当時40歳の長男を刺殺したとして、殺人罪に問われた無職、Y被告(67)の裁判員裁判が21日、東京地裁(山口裕之裁判長)で結審した。前日の被告人質問で弁護人に「今願うことは」と問われ、涙ながらに「奇跡です。時間を戻したい」と答えたY被告。高額な医療負担に苦しむ家族のために「母の責任」と決意した“子殺し”に、法廷はすすり泣きに包まれた。22日の判決公判で、裁判員はどのような判断を下すのか。

 Y被告の長男は昨年7月15日、勤務先で首つり自殺を図る。一命は取り留めたものの、医師からは「意識が回復する可能性は低い」と告げられた。家族で長男の誕生日を祝ったわずか11日後のことだった。後日見つかった手帳には長男の文字で、「変な女にだまされました」。また、家族にあてて「僕のことは早く忘れてください」「最後に、本当に本当に愛しています。今までありがとう」とつづられていた。

 追い打ちをかけるように健康保険組合から言い渡されたのは、「自殺は保険が適用外」という事実。医療費は月末には500万に、その後も1日10万〜35万のペースでふくれあがるという。勤務先や弁護士にも相談したが、解決策は見つからなかった。

 「私が呼吸器を外します」

 将来を悲観した長男の妻が医師にこう詰め寄ったことを知り、Y被告は決意する。「人にやらせるわけには絶対いかない。あの子を死なせてやるのが私の責任だ」

 入院から10日目の25日。出刃包丁を持って自宅を出たY被告の懐には、20年前に旅行先のサンフランシスコで撮影した長男の写真があった。自宅の日記には「しっかりしてK子。産んだ責任」と書き残されていた。

 ガラス張りの病室で横たわる長男は、頭に鉄の輪をはめられ、けいれんを繰り返していた。息子を殺すことにためらいがなかったわけではない。ただ、「息子は生かし続けられることを望んでいるのだろうか」と思った瞬間、「母さん、頼む」という声が聞こえた気がした。握りしめた包丁を左胸に4度突き立てた。

 自ら看護師に「私がやりました」と申告。Y被告は殺人容疑で逮捕された。事件後、医療費への保険適用が決まった。

 Y被告は「人間としてすべきことではなかった。深く反省し、後悔している」と法廷で述べる一方、他に方法はなかったか問う検察官には「何かいい考えがあったのなら教えてください」と返した。

 弁護人は「被告は家族のために捨て石になった」と主張。証人として出廷した長男の妻も「母がやらなければ私がやっていました。どうか母を自由にしてあげてください。夫もそれを望んでいると思います」と、涙ながらに訴えた。

 検察側は「同情すべき点はあるものの、結果は重大」などとして懲役5年を求刑。判決は22日に言い渡される。(産経新聞、2010.4.21)


 「私が母親。ほかの人にはさせられない」。東京地裁で開かれた裁判員裁判で20日、自殺を図って意識不明となっていた長男(当時40歳)を刺殺したとして殺人罪に問われた千葉県我孫子市、無職Y被告(67)の被告人質問が行われた。

 高額の治療費に家族が苦しんだ末、息子に手をかけた心情を語るY被告の姿に目頭を押さえる裁判員もいた。

 検察側の冒頭陳述などによると、農薬会社の課長だった長男が昨年7月15日、借金などを苦に自殺を図り、都内の病院に搬送された。一命は取り留めたが、意識は戻らない。自殺未遂の場合は保険が利かず、病院からは7月末までに治療費は約500万円かかると告げられた。長男の妻はこの時、医師に「私が人工呼吸器を外す」と訴えたという。

 被告人質問で、Y被告は長男の妻の言葉を知ったときの心境について、「幸せな人生だったが、覚悟を決めた」と涙声で語った。ベッドに横たわる長男を刺したのは、入院から10日後の25日。刺す前には、「母さんやってくれ、という息子の声が聞こえた」とも話した。

 男性2人、女性4人の裁判員のうち、4人が質問し、このうち1人が「踏みとどまる気持ちはなかったか」と聞くと、Y被告は「ためらい続けた。でも、長男の左胸を見たとき、やるからには、し損じてはいけないと思った」と答えた。

 裁判は21日に結審し、22日に判決が言い渡される。(読売新聞、2010.4.20)(以上被告人及び被害者はイニシャルで記載)


 記事を読むだけで辛いのに裁判員の方はさぞやしんどかったでしょうね。「懲役3年、執行猶予5年」という判決は精一杯の大岡裁きだと思います。

 最近、私は『半落ち』をDVDで見ました。話題になるだけあって大変よく出来ているものの過去の名作、たとえば『赤い殺意』、『砂の器』(1974)、『七人の侍』などには到底及ばないように感じました。なぜならそこには善悪を超えた意味での人間的欲望がないから。

 主人公の梶は息子を白血病で亡くしたショックでアルツハイマー病に罹患した妻から息子の記憶がなくなる前に殺してほしいと懇願され扼殺します。作品内でも問題になりますが、この夫婦にとって最も大事だったのは命よりも尊厳だったわけです。

 過去の記憶が全てなくなっても生きる道を選ぶ『明日の記憶』の渡辺謙同様、この夫婦だって息子のことがなければ生を全うしたのは明らかですし、あえて死を選ぶ選択は極めて切実なわけですが、メインテーマである「空白の2日間」も含めて作品全体を包んでいるヒューマニズムは私にはちょっと辛かったです。

 上に挙げた3作品も人間の尊厳は意識しているものの一義的には生きていくため、生活のためにやむなく「自分をレイプした男」、「元警察官」、「野武士」をそれぞれ殺します。

 今回の事件を起こしたY被告は子や孫たちに財産を残してやるためにかわいい長男を殺しました。自殺なので医療費が保険適用されない結果として最初の請求が500万円。今後数千万、いや億を超える医療費がかかることに恐怖を覚えた妻が医師に尊厳死を頼むも拒否され、東奔西走して万策尽きた姿を見かねた実母の被告が代わりに刺殺するという流れも極めて現実的・生活者的です。

 比較するのも不謹慎ですが、個人的には『半落ち』よりも今回の事件の方が胸を打ちます。もちろん、横山先生だって長いこと新聞記者をやっていたんだからこれ以上にエグい、松本清張的作品も書けるでしょう。問題はそんな小説がいま売れるのかということ。「いい話」か「ヤンキー」しか需要がない現状が一番問題のような気もします。

 それにしても自殺だから保険は下りないと言っておいて事件後に保険適用する組合。香典代わりなのかもしれませんが、社会的に非難されるのを恐れたといわれても仕方ありません。最初から出しておけばこんな事件起こらなかったのに。

 自殺はほとんど鬱病とリンクしているんだから保険適用されてもいいと思いますけどね。被害者のご冥福を心よりお祈りします。





<参照>
ウィキペディア 半落ち
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2010年04月18日

第70回皐月賞(GI)

三連単 @・D・K・O・Q→L⇔E・F・J・M・N・P=1万2000円
前回までのトータル:−140万8350円
回収率:38.9%
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2010年04月15日

「お相手は大阪・高槻二中時代の同級生」織田信成できちゃった婚

 フィギュアスケート男子でバンクーバー冬季五輪7位入賞の織田信成(23=関大)が、交際中の一般女性と結婚することが13日、明らかになった。お相手は大阪・高槻二中時代の同級生で、近日中にも発表される予定。女性は妊娠4カ月との情報もある。14年ソチ五輪へ再スタートを切る戦国武将・織田信長の末裔(まつえい)が、まずはプライベートで金メダルを獲得する。

 “フィギュア界の殿”が一国一城のあるじになる。織田が交際中の女性と、結婚へ向けて準備を進めていることが分かった。アイスショー出演などで多忙な本人に代わり、本紙の取材に応じた母・憲子さんは13日、「今はショーなどで忙しいので落ち着いたら」と結婚について否定しなかった。近日中にも発表される予定だ。08年春から関大を休学していた織田は今春復学しており、学生結婚となる。

 お相手は02年に卒業した高槻二中の同級生で、高校卒業後に再会して交際に発展した。07年夏に酒気帯び運転で検挙されて日本スケート連盟から謹慎処分を受け、織田が「一番、きつかった」と振り返った時期も陰で支え、復活劇をアシストしてくれた大切な存在。バレンタインデーと重なったバンクーバー五輪期間中、チョコレートのプレゼントについて聞かれた織田も「出発前に彼女にもらってきました!」と笑顔でのろけていたほどだ。

 女性は妊娠4カ月という情報もある。織田は戦国武将・織田信長から数えて17代目。もし、パパになれば“18代目”誕生となる。同じモロゾフ・コーチに師事していた女子の安藤美姫(トヨタ自動車)とは合宿中に子供の名前について語り合ったことがあり、「17代みんなに“信”の字が入っている。18代目は“信清”とかカッコいいじゃんって。安藤は“信太とかどう?”って言ってましたけど」とうれしそうに話していた。

 初出場のバンクーバー五輪では、フリーの演技中に靴ひもが切れるアクシデントに泣き、目標だったメダルには届かず7位。先月の世界選手権でもSPでジャンプをすべてミスして28位に沈み、フリーに進めない失態を演じてしまった。大舞台で悔しい思いを味わった一方、プライベートでは絶好調。来年3月には東京で世界選手権が開催され、その後は14年ソチ五輪も視野に入れている。最愛のパートナーを得た次は、競技での天下取りが目標だ。

 ◆織田 信成(おだ・のぶなり)1987年(昭62)3月25日、大阪府高槻市生まれの23歳。7歳からスケートを始め、05年世界ジュニア選手権で優勝。06年トリノ五輪は全日本選手権2位で出場できなかったが、09〜10年シーズンはGPシリーズ2連勝など好調でバンクーバー五輪代表に選出。今年2月の本番では7位入賞。4度出場の世界選手権は06年4位、07年7位、09年7位、10年28位(フリーに進めず)。1メートル64、52キロ。(スポニチ)


 高橋大輔の後輩且つライバルであり、織田信長の末裔の割りにはその愛嬌あるキャラクターで人気の織田。特に下記のような顛末でトリノ五輪代表を逃した悲劇以来応援している人も多いでしょう。

 「2005-2006シーズンから本格的にシニア参戦。ISUグランプリシリーズ(GPシリーズ)スケートカナダで3位、NHK杯では初優勝を果たし、本田武史、高橋大輔に続く日本人男子3人目のグランプリシリーズ優勝者となった。トリノオリンピック代表がかかった全日本選手権では、初め優勝と発表されたものの、採点ミスが明らかになり2位に訂正される(詳細は第74回全日本選手権を参照)。この結果、代表選考ポイントでも僅差の2位となり、トリノオリンピック出場を逃した」(ウィキペディア)

 ただ、2007年に原付バイクを酒気帯び運転してからがちょっといただけません。08年に謹慎を終えて復帰するわけですが、そのときコーチに就任したのがニコライ・モロゾフ。当時高橋を指導していました。同じ国のトップ選手が同じコーチに師事するなど通常あり得ず、しかも大学の先輩のコーチを横取りするという暴挙。結局モロゾフに不信感を持った高橋はコーチ契約を破棄します。

 その後、ご存知の通り高橋はバンクーバー五輪で銅メダルを獲得してその勢いのまま世界選手権も優勝。一方、五輪で靴ヒモが切れて7位だった織田は世界選手権でフリーに進めないほどの惨敗を喫しました。権謀術数をめぐらすのなら悪に徹すればいいのにすぐ泣いてしまうなどハートの弱さがこのところの不振につながっているのは明らか。勝つためにはキムヨナみたいなふてぶてしさが必要です。

 色々ありましたが、とにかくパパとしてソチ五輪を目指すことになりました。バンクーバーでメダルを獲った高橋はもう織田を許しているみたいですが、次の4年でまた何か波乱が起こるかもしれません。なんか大河ドラマみたいでおもしろいですね。さすが信長の子孫。


<参照>
ウィキペディア 織田信成 (フィギュアスケート選手)
posted by リュウノスケ at 02:21| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする