2010年03月31日

「CAと不倫妊娠中絶で占い師?」与田剛脅迫事件

 元中日投手でNHK「サンデースポーツ」キャスターを務める与田剛氏(44)が06年ころに、航空会社の客室乗務員の30代女性と不倫し、女性は妊娠、中絶していたことが29日、分かった。この日、妻でフリーアナウンサー木場弘子(45)は、不倫の事実については認めた上で、離婚する意思がないことを強調した。一方で、同氏と不倫関係にあった女性の相談に乗ったという占い師が、女性と与田氏の双方に相談料として高額の請求書を送っていたことが分かった。与田氏側は脅迫ととらえ、刑事告訴を検討している。

 スポーツ界、放送界の人気者同士が結ばれた「おしどり夫婦」には、想像もできない過去が浮上した。与田氏は4年ほど前に、航空会社の客室乗務員も務めた女性と知り合い、不倫関係となった。女性は同氏の子を身ごもり、その後中絶したという。木場は29日、事務所を通じ「女性のことは過去のこととしてクリアになっています。気持ちをあらためて楽しく生活していこうと思っています」とコメントした。

 関係者によると、与田氏は数年前に女性と知り合った後、関東近郊で密会する仲になり、05年末に女性の妊娠が発覚。ところが妻との離婚を約束しながら、すぐには無理ということになり、翌06年3月に女性が中絶したとされている。木場はそれについて「与田からそうした話を一切聞いたことはないし、相談されたこともない」としている。

 与田氏が不倫の事実を妻に伝えたのは、09年9月半ばのことだった。そのきっかけとなったのは、1通の請求書だった。ハワイを含め海外でも活動し、国内でも占いのサイトなどを運営する都内の占い師から与田氏側に、不倫、中絶の情報を公開しないことなどを含め、数百万円を請求する内容だったという。当時、1人息子が高校受験を控えていたこともあり、木場は息子が後ろ指を差されないよう「過去のことは許すから、外に漏れないように頑張ろう」と夫に伝えたという。

 占い師側から3度にわたり、現金を支払うよう文書が送られてきたが、与田氏側は応じるつもりがない。文書の内容が(1)女性と別れさせるためのアドバイス提供(2)NHKを含めた仕事先関係各位への「口止め」に対する料金を求めるものだったことから、脅迫文ととらえている。一方、女性に対しても(1)与田氏との結婚をまとめるためのアドバイス提供(2)与田氏への結婚要望書作成料として、請求書が送られてきたという。占い師が両者の間に入ったのは2年半前で、直接面会はしないよう双方にアドバイスがあり、与田氏と女性はそれ以降、直接会っていない。

 与田氏は弁護士を立て、弁護士を通じ占い師と接触もし、警告書を送付した。それでも事態が沈静化しないため、警察へも相談し、刑事告訴を見据えた準備をしているという。

 木場は「与田の弁護士にすべてお任せしています。1日も早く解決していただきたいと、心から望んでいます。すべて息子のため…それ以外にありません」と切実な思いを吐露した。ただ占い師との問題に加え、キャスターや解説者として活躍する与田氏の今後の仕事にも影響を及ぼしかねない事態に陥っている。

 ◆与田剛(よだ・つよし)1965年(昭40)12月4日、千葉県生まれ。89年ドラフト1位で中日入団。150キロの速球を武器に1年目から活躍して、90年に35セーブポイントで最優秀救援投手と新人王。その後は故障に悩み、ロッテ、日本ハム、阪神と渡り歩く。通算成績は148試合、8勝19敗59セーブ、防御率4・58。昨年のWBC日本代表投手コーチとして連覇に貢献した。現役時代は182センチ、84キロ、右投げ右打ち。

 ◆木場弘子(きば・ひろこ)1964年(昭39)11月1日、岡山市生まれ。千葉大教育学部卒業後、87年TBSにアナウンサーとして入社。「筑紫哲也NEWS23」などでスポーツキャスターとして活躍。92年、プロ野球与田剛投手(当時中日、現NHK解説者)と結婚しフリーランスに。94年に長男を出産。01年に千葉大教育学部に非常勤講師として就任。06年に同大特命教授に。07年に内閣府「規制改革会議」委員。08年に内閣官房「教育再生懇談会」メンバーに就任。(日刊スポーツ)


 元中日の守護神でNHK「サンデースポーツ」のキャスターをつとめる与田剛氏(44)が、航空会社の30代のキャビンアテンダント(CA)と不倫し、この女性が妊娠・中絶していたことが分かった。妻でフリーアナウンサーの木場弘子(45)とは、おしどり夫婦として知られていただけに、ファンや関係者は衝撃を受けている。

 関係者によると、与田氏がCAの女性と知り合ったのは数年前で、2005年末に女性の妊娠が発覚した。与田氏は「妻と離婚して君と一緒になる」と約束したが、「すぐには無理」と語ったため、女性は06年3月に中絶したという。

 日刊スポーツによると、与田氏は昨年9月、木場にCAの女性との不倫、中絶を伝えた。そのきっかけは、女性が与田氏との関係を相談した東京都内在住の男性占い師から、与田氏側に不倫の情報を公開しないことなどを含めて数百万円を請求する請求書が送られてきたため。CAの女性も占い師から数百万円を請求されたという。

 与田氏は弁護士を通じて占い師側に警告書を送付したが、事態が沈静化しないため、警察にも相談。関係者によると、NHKを含めた各仕事先への口止め料要求は脅迫にあたるとして、刑事告訴も視野に入れながら対応にあたっているという。

 与田氏は福岡県出身。最速157キロの剛速球が注目され、89年のドラフト1位で中日入団。プロ1年目、当時の星野仙一監督から守護神に抜擢されて31セーブを挙げ、新人王と最優秀救援投手に。その後は故障がちで、2000年オフに現役引退。通算8勝19敗59セーブ。01年からNHK解説者。09年のWBCで投手コーチ(ブルペン担当)、同年4月からNHK「サンデースポーツ」のメーンキャスターとなった。

 元TBSアナの木場は、同紙の取材に「与田の弁護士にすべてお任せしています。1日も早く解決していただきたいと、心から望んでいます」とコメントしている。

 NHKは与田氏を降板させない方針というが、木場は政府の教育再生懇談会メンバーでもあり、不倫騒動が夫婦の今後の仕事に悪影響を及ぼす可能性も出ている。(ZAKZAK)


 与田の不倫相手が中絶したのは2006年3月なのでもう丸4年も前の話。今更このスキャンダルが公になったのは件の占い師を抑えきれなくなったのでやむなく警察沙汰にしてしまったからのようです。総会屋みたいですね。

 「関係者によると、与田氏は数年前に女性と知り合った後、関東近郊で密会する仲になり、05年末に女性の妊娠が発覚。ところが妻との離婚を約束しながら、すぐには無理ということになり、翌06年3月に女性が中絶した」(日刊スポーツ)

 不倫相手であるCAに対しては木場との離婚も約束しており与田が完全に加害者。「CAもインチキ臭い占い師なんかに頼らないで普通に弁護士立てて慰謝料請求すればよかったのに」と一瞬思いましたが、逆に木場から訴えられるか。

 気の毒な木場は子供もいるので離婚はしない模様。長男のためとはいえストレス溜めると長生きしないですよ。


posted by リュウノスケ at 01:15| Comment(0) | TrackBack(2) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月30日

元厚生次官連続殺傷事件判決要旨

 【主文】
 被告を死刑に処する

 【犯罪事実】
 (1)元厚生次官である山口剛彦さんや吉原健二さん、さらにはその殺害の妨げになるなどした場合には、家族らも殺害しようと計画し、平成20年11月17日午後7時ごろ、さいたま市南区の山口さん方で山口さんと妻、美知子さんの胸部を包丁で複数回突き刺し殺害。翌18日午後6時半ごろ、東京都中野区の吉原さん方で、吉原さんの妻、靖子さんの胸を包丁で数回突き刺して殺害しようとし、全治3カ月の重傷を負わせた。

 (2)元社会保険庁長官で元最高裁判所判事の横尾和子さんならびに、その殺害の妨げになるなどした場合にはその家族も殺害しようと計画し、国会図書館で住所などを調べ、刃物10本を積んだ車で横尾さん方近くの駐車場まで行くなどした。

 【弁護人の主張に対する判断など】
 弁護人は、小泉被告が実行行為の途中で吉原靖子さんの命ごいにあって逡巡(しゅんじゅん)し、結果としてとどめを刺すことを止めたとして、「中止犯」が成立すると主張する。

 関係証拠によれば、小泉被告は靖子さんに対して重篤な傷害を負わせ、生命侵害の高い危険性を生じさせたことが認められる。

 靖子さんの胸部には5カ所の刺創が認められる。そのうちの1つは傷口の長さ約3センチ強、深さが少なくとも約10センチ以上で二股に分かれている。一方は軟骨を切断して胸腔内に達して、心膜をかすめ左肺に刺さっており、他方は肋骨にあたり、かろうじて心膜までで止まっていた。医師によれば、刺創が心膜内部に達しなかったのは奇跡であり、極めて危険な刺し傷である。

 横隔膜の運動を規律する神経が切断され、靖子さんの胸腔内には血液の約30%に相当する出血があり、治療を施されなければ、近いうちに失血死していた。

 以上のような負傷状況や、その生命侵害の高度な危険性からすれば、小泉被告が「犯罪を中止した」というためには、さらなる実行行為を伴わないという不作為にとどまらず、既遂結果が発生しないよう、積極的な防止措置を講じることが必要になるが、そうした措置は全く行われてない。

 小泉被告は捜査段階や当公判廷で、実行行為の最中に靖子さんに命ごいをされて混乱して逡巡した、あるいは玄関ドアから逃げようとする靖子さんに追いついて肩をつかんだ際も逡巡があり、とどめは刺さなかったと述べているが、実行行為に着手して結果発生の重大な危険を生じさせた後、単にとどめを刺さないことは中止犯とはいわない。

 このことから弁護人の主張は採用できない。

 また、弁護人は、小泉被告は各犯行時、妄想性傷害に罹患していた疑いが濃厚であり、心神喪失または心神耗弱の状態にあったと主張しているので、この点についても検討する。

 小泉被告は平成19年7月下旬ごろから本格的に襲撃対象の選定に入り、犯行直前まで厚生省名鑑や住宅地図などでその住所を調べ、実際に下見をした。

 そして、自宅との距離などを検討し、短い時間で最も多くの厚生事務次官経験者を殺害できるように対象者などを検討。最終的に、初日は自宅に最も近い山口元次官宅を襲撃して殺害し、強盗による犯行と装うこと、2日目は各対象者の家が近接している吉原元次官ら2人の元次官宅を順次襲撃して各人らを殺害すること、元次官宅への警戒が強まる3日目は、横尾和子元社会保険庁長官を襲撃することを計画した。

 小泉被告は宅配便の配達員を装って襲撃することを思いつき、人目につかないよう暗くなってから襲撃するため、さいたま市の日没時間を調べるなどして、元次官が在宅していそうな時期を選び、計画を立てた。

 小泉被告は、刃物合計10本やアイスピック1本を凶器として用意。衣類を巻き付けた腹筋台で切れ味を試し、最も刺さり具合のいい包丁を犯行に使用することに決め、グリップに滑り止めの包帯を巻くなどして加工した。

 段ボールや着衣など宅配便の配達員を装うための道具も購入した。

 そして、平成20年11月上旬から中旬ごろまでの間、段ボールを組み立て、隠し入れた包丁を取り出すための穴を開け、宅配便伝票用紙の「お届け先」欄に襲撃予定の4人の氏名や住所を記入。送り主を「日本赤十字社本社企画広報室」などと記載して、段ボールに張り付けるなどした。

 犯行後はすべての証拠品を持参して警察に出頭することも計画し、身の回りの物を処分した。

 以上のように、小泉被告は長期間にわたり、周到かつ綿密に犯行の計画を立て、その計画の下に準備を行ったことが認められる。

 小泉被告は計画および準備に従って各犯行を行ったが、横尾さんの警備がかたくなり、襲撃が困難となったため、計画を断念せざるを得なくなり、横尾さんに対する殺人は予備にとどめた。

 小泉被告は、山口剛彦さんを殺害した際、その体の一部がドアの外からはみ出しているのを見ると、犯行がすぐに発覚しないよう、その体を玄関内に引きずり入れた。翌日以降の犯行を容易にするため、初日の犯行を強盗の仕業に見せかけるとの計画どおり、食器棚などの引き出しを開け、室内にあった財布内の現金を抜き取った。そして計画どおり脱いだ服や包丁などをリュックサックにしまうなどして逃走した。

 吉原靖子さんが大きな声を出して家の外に逃げたときは、それを聞き、「やばい」と思い逃走した。

 以上の行動は、いずれも、犯行の発覚を遅らせ、逃走を容易にするなど小泉被告が自らの行為の違法性を十分認識し、合理的に行動していたことの現われである。

 小泉被告は、中学・高校を卒業した後、国立大学理工学部に入学。大学中退後、複数のコンピューター関連会社などで勤務したり、株取引をして暮らすなど、普段の生活状況において、精神疾患を疑わせるような事情はみられない。

 捜査段階や当公判廷で、各犯行状況について、一部分に記憶の曖味さがあるとはいえ、そのほとんどを具体的かつ詳細に供述しており、大きな記憶の欠損もみられない。精神疾患が疑われるような事情はみられない。

 小泉被告は事件の動機について、捜査段階から一貫して「34年前に行方不明になった愛犬チロのあだ討ちで歴代厚生事務次官を殺害することとなった」「横尾和子については、どうせ死刑になるから一番腹の立つ奴を殺してやろうと思った」などと述べている。

 動機は、これを聞いた被害者や遺族らが納得できないと供述するのも無理からぬところではある。しかし、小泉被告の語る「愛犬チロが狂犬病予防法による殺処分にあったので、子供心にあだ討ちをしてやろうと思った。狂犬病予防法を所管しているのは厚生省で、その実質的トップの元厚生事務次官を殺す」という論理自体は、特段の飛躍はみられず、了解は可能。刑事責任能力に問題をきたものではない。

 捜査段階で、小泉被告の精神鑑定を行った獨協医科大学越谷病院精神科、井原裕医師も、当公判廷で、被告は今回強い思いこみに従って事件を起こしたが、妄想性障害を疑う必要はなく、精神疾患に罹患していないと述べている。

 弁護人は、井原鑑定が不完全なものであったと主張するが、精神鑑定の鑑定人として十分な資質を備えており、公判における小泉被告とのやりとりを含むその証言内容からしても、診断や結論について疑う余地はない。

 小泉被告は犯行当時、行為の是非善悪を弁識し、その弁識に従って行動する能力を欠いていたり、その能力が著しく減退した状態にあったとは到底認められず、完全責任能力を有していたことは明らかだ。弁護人の主張は採用できない。

 小泉被告は当公判廷において、「私が殺したのは、人ではなく、心の中が邪悪な『マモノ』である」などと述べ、無罪を主張しているが、小泉被告独自の見解であって、採用の限りではない。

 【量刑の理由】
 小泉被告は、長期間かけて下調べをし、襲撃対象者を確実に効率的に殺害するため、その対象者の選別に始まって日時や場所、方法、凶器、逃走方法に至るまで念入りに計画を立て、準備した上で犯行に及んだ。

 殺害された山口剛彦さんは、厚生事務次官を最後に厚生省を退職し、その後、独立行政法人などに勤務し、平成20年3月、仕事の一線を引いた。妻である美知子さんは、思いやりのある温和な人柄で、夫を支え、2人で息子たちを育て上げた。息子たちがそれぞれ独立し、同年2月には2人目の孫に恵まれ、夫婦でゆとりのある穏やかな老後を始めた矢先に凶行に遭った。その間、美知子さんが病に倒れたものの、約半年間の闘病生活を終え、本件直前ごろには夫婦2人で外出することができるようにまでなっていた。

 ようやく落ち着いた生活を送ろうという矢先に凶行により、最も安全であるはずの自宅の玄関で生命を絶たれた。その肉体的苦痛や無念、悲しみは察するに余りある。

 突如としてかけがえのない両親を失った遺族の悲嘆は大きい。子供らは両親が本当に「犬のあだ討ち」などという納得しがたい理由によって殺害されたのかとの強い疑念を持ち、やるせない怒りを抱き、苦悩を深めているなど、悲痛な思いは深刻である。遺族はそろって小泉被告の極刑を望んでいる。

 吉原靖子さんは、自宅の玄関で訳も分からぬまま繰り返し突き刺され、やっとの思いで逃げだし、幸い一命を取り留めた。被害後も日常生活に支障を来す後遺症に苦しみ続け、小泉被告に対して極刑を望むと証言している。靖子さんの夫で、小泉被告の本来の襲撃対象だった吉原健二さんも、身代わりとなった妻を思い、深く悲しみ、極刑を求める証言をしている。

 事件の中心的動機について小泉被告は「34年前に行方不明になった愛犬チロのあだ討ちで歴代厚生事務次官を殺害することを決意した」「横尾和子については、死刑になるから最後は一番腹の立つやつを殺してやろうと思った」などと述べている。

 愛犬のあだ討ちが真の動機であるとして、小泉被告が愛犬チロを家族の一員としてかわいがっていたにせよ、このような動機・目的が重大事件を起こすことを正当化できるはずもない。

 事件は、元厚生事務次官およびその家族らが連続して殺害、重傷を負わされた連続殺人・殺人未遂事件として社会に大きな衝撃を与えた。

 小泉被告は、靖子さんを殺害できなかったことで、襲撃計画の変更を余儀なくされたものの、横尾さん宅の襲撃をあきらめず、いったん自宅に戻っても犯行の機会をうかがっていた。

 その後、自らの行為を喧伝(けんでん)するかのようなメールをマスコミに送り、出頭を予告した上で、警視庁に出頭した。

 公判でも、小泉被告は行為の正当性を主張し続け、反省の色は見られない。被害者らを「1匹、2匹」と数えたり、「マモノ」であって人ではない、あるいは「ザコ」であると述べるなど被害者らを冒涜(ぼうとく)し、遺族や被害者、その家族らの思いを逆なでするようなことを平然と述べている。

 また、「34年間思い続けてきたことをやっと実現できて満足しています」「次に生まれ変わったら、もっと多くのマモノを殺したいと思います」と述べるなど、現段階でも元厚生事務次官らに対し殺意を持っていることを表明している。刑務所における矯正教育を受けて更生する意欲も見せていない。

 犯行の罪質や計画性、犯行態様の悪質性、重大かつ深刻な結果、その犯行動機が小泉被告が述べる通りだとしても、強く非難されなければならないこと、社会的影響の大きさや犯行後の情状などからすれば、犯行の評価としては、小泉被告の刑事責任は誠に重大で、罪刑の均衡、同種事件の抑止の点からしても、死刑選択はやむを得ないものといわざるを得ない。

 もっとも、死刑は国家によって個人の生命を奪う究極の峻厳(しゅんげん)な刑罰であり、慎重に適用すべきものであることは疑いがない。そこで、死刑を選択することが真にやむを得ないものかどうか、死刑を回避すべき特段の事情があるか、弁護人の主張も踏まえて検討する。

 自首減刑の主な根拠には、刑の裁量的減刑という恩典を与えることで、犯罪捜査や処罰を容易にするとともに無実の者の処罰の危険を避け、特異重大事犯の予備などについて犯行の着手を防止するという政策的理由がある。この捜査機関の負担の軽減という観点からすれば、形式的には小泉被告の行為は、まさに捜査および処罰を容易にしたものとも言い得る。

 しかし、当初から犯罪遂行の上、自首することが計画されていた場合、捜査機関の負担軽減に寄与したと評価し、減刑理由とするのはあまりに形式的だ。たとえ捜査機関の負担が軽減することがあるとしても、そもそも犯罪行為に及ばなければ無用な社会不安や無用な捜査の必要性も生じない。自首減刑を認めるべきではない。

 弁護人は、小泉被告が犬を家族同然にかわいがっており、犬のこととなると攻撃性が一瞬にしてなえてしまうこと、小泉被告が無理に「極悪非道」のふりをしていること、自ら親族に対する親愛の情を有していることなどの事情から、十分な人間性があり、これからの人生において、自らの行為がもたらした意味、すなわち突如として命を絶たれた者の悲しみ、残された遺族のやりきれなさに気付くはずだから、死刑選択の最後の一歩を踏みとどまらせるに足りる事情があると主張する。

 しかし、いかなる事件を起こした被告でも、およそ人である以上、人間性のない人間はいない。「死刑しかあり得ない」「出たらまたやる」などと述べ、刑務所における矯正教育を受けて更生する意欲をみじんも見せていない現段階においては、およそ矯正・更生の可能性はないといわざるを得ず、死刑選択を躊躇(ちゅうちょ)させる事情にはならない。

 小泉被告にさしたる前科が見あたらないこと、自首減刑すべきではないが多数の証拠を持参して警視庁に出頭したことなど、斟酌(しんしゃく)し得る事情もあるが、これらもまた、死刑を回避すべき事情とはならない。以上検討したように、罪責は誠に重大であって、死刑を回避すべき特段の事情も認めることができないから、極刑は真にやむを得ない。(産経新聞)
posted by リュウノスケ at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月28日

亀田興毅プロ初黒星

 世界ボクシング評議会(WBC)のトリプル世界戦が27日、東京・有明コロシアムで行われ、フライ級王座統一12回戦で王者の亀田興毅(23)=亀田=が暫定王者のポンサクレック・ウォンジョンカム(32)=タイ=に0−2の判定で敗れ、初防衛に失敗した。亀田興は23戦目にして初黒星で、戦績は22勝(14KO)1敗。正規王者となったポンサレックは2度目の防衛で75勝(39KO)3敗1分け。

 ミニマム級12回戦は同級4位の黒木健孝(28)=ヤマグチ土浦=がオーレドン・シッサマーチャイ(24)=タイ=に判定で敗れた。オーレドンは5度目の防衛で38勝(13KO)、黒木は23勝(15KO)4敗1分け。これで日本ジム所属の世界王者は6人となった。

 女子アトム級10回戦では、小関桃(27)=青木=が同級3位の申建主(21)=韓国=に判定勝ちし、日本女子最多の4度目の防衛を果たした。小関は7勝(2KO)、申は3勝(1KO)1敗1分け。(時事通信)


 ◆プロボクシング・トリプル世界戦▽WBC世界フライ級王座統一戦 暫定王者・ポンサクレック・ウォンジョンカム(判定 2−0)王者・亀田興毅(27日、東京・有明コロシアム) 暫定王者のポンサクレックが冷静な試合運びを見せて亀田を判定で下し、王座統一を果たした。亀田は昨年11月、内藤大助(宮田)から奪った王座の初防衛に失敗した。

 亀田は序盤から細かいパンチを的確に当てては距離を取るポンサクレックの老かいな戦いぶりに手こずり、5回には偶然のバッティングによって右目じりから流血。その後血は止まり、中盤からはプレッシャーをかける場面もあったが、最後までポンサクレックをとらえきれず、不完全燃焼のまま試合終了のゴングを聞いた。ジャッジは1人が引き分けをつけたものの、残る2人がポンサクレックを支持し、亀田に23戦目にしてプロ初黒星がついた。

 ポンサクレックは07年7月、内藤に敗れて失った正規王座を2年8か月ぶりに奪還した。

 ポンサクレック「落ち着いて試合をしようという計画通りにできた。今回、勝たなければ次の世代にチャンスが渡ってしまうと思って、この試合に懸けてきた」

 ◆ポンサクレック・ウォンジョンカム(タイ)94年12月プロデビュー。01年3月にWBCフライ級王者になり、07年7月に内藤大助(宮田)に敗れるまで17度防衛した。昨年4月にWBC同級暫定王座決定戦で判定勝ち。多彩なパンチを繰り出す左ボクサーファイター。戦績は79戦75勝(39KO)3敗1分け。32歳。タイ北東部のナコンラチャシマ出身。(スポーツ報知)


 プロボクシングWBC世界フライ級王座統一戦が27日、有明コロシアムで行われ、正規王者の亀田興毅(亀田ジム)が同級暫定王者のポンサクレック・ウォンジョンカム(タイ)に判定0−2(114−114、112−116、112−115)で敗れ、王座を陥落した。亀田は初防衛に失敗、プロ23戦目で初の黒星を喫した。

 ともに左ボクサーファイターで中間距離の攻防が注目されたが、亀田は2ラウンドに出鼻をくじかれる格好となった。ロングレンジの時間が多かった1ラウンドこそ互角に渡り合ったが、ミドルレンジの攻防が増えた2ラウンドにはポンサクレックに右ジャブからの左ストレート、距離が詰まってからの右フックを浴びて一瞬腰が落ちかけるなど劣勢となり、リズムを失った。その後、亀田はフットワークで頻繁に距離を変えながらチャンスをうかがったが、この試合がプロ75戦目のベテラン、ポンサクレックはまったく動じなかった。オープンスコアリングシステムによって発表された4ラウンド終了時の採点では、38−38、37−39、36−40と2者がポンサクレックの優勢を支持した。亀田は5ラウンドに偶然のバッティングで右目じりの上をカット。ポンサクレックには減点1が宣告された。

 亀田にとっては、試合運びの巧みなベテランに先手を奪われたのが痛かった。リードを得たポンサクレックは中盤以降、息を整えるラウンドを作りながらフルラウンドを見据えて戦った。そのため、亀田が中盤以降にコンビネーションのテンポを上げて攻撃に出てもポンサクレックは焦ることなくタイミングを計って反撃。誘い出すようにカウンターで左ストレートを見舞った。8ラウンド終了時発表の採点では1者が亀田を支持する2−1とポイントが接近したが、亀田はディフェンスポジションからパンチを打ち切るまでの動作が少ないポンサクレックを最後まで崩しきることができず、逃げ切られた。

 勝ったポンサクレックは、序盤から右のリードブローを長短上下に打ち分け、ロングレンジではボディ、至近距離では顔面にパワフルな左ストレートをヒット。多彩なパンチで亀田に付け入る隙を与えず、健在ぶりを強く印象付けた。(スポーツナビ)


 JBCの安河内剛事務局長は、WBCが選手の使用したバンデージを試合後に回収する新規則を導入したことを明らかにした。

 1月21日付で通達があり、国内では27日のトリプル世界戦で初適用となる。バンデージは拳を保護するものだが、最近は異物を入れて固める不正が横行。WBCは従来の試合前の確認だけでは不十分と判断し、試合後のチェックも徹底することになった。(スポニチ)


 このブログで最初に亀田興毅を取り上げたのは2006年8月2日(こちら)。あれから3年7ヶ月、ようやく初黒星となりました。

 相手のポンサクレックが攻守に予想外のスピードとキレを見せる一方、亀田はいつもの高いガードを下げて打ち合う気満々。序盤でKO決着かと思ったら相手の強さを悟ったのかすぐに逃げ腰となり、ヒットアンドアウェイを繰り返すばかり。

 結果、噛み合わないなかでもポンサクレックは的確にパンチを当て続け亀田を圧倒。ジャッジの一人(アレクシク、モンテネグロ)がドロー判定というのは不可解ですが、どう見ても亀田の惨敗でした。亀田応援団の解説陣が試合後半どんどん無口になって最後は佐藤修が「歓声で聞こえない」と仕事を放棄していたのがちょっとおもしろかったです。鬼塚は普通にアナウンサーと会話してたんですけどね。

 亀田が負けたのはバンデージに異物を仕込めなくなったからだと中傷している人が2ちゃんねるにいましたが、実際どうなんでしょうか。「最近は異物を入れて固める不正が横行」とスポニチに書いているのでやっているボクサーがいるのは事実なのでしょう。「ヌル山」こと秋山成勲がこの手の不正をやっているのではないかという疑惑もありました。

 「こいつ強くないだろ」と気づいて以来長きに渡って批判してきましたが、不敗神話はここで終了。あえて長所も言っておくとあれだけ殴られても最後まで立っていたのはナイスファイトでした。セコンドに付いた弟大毅の「根性見せろ!」という檄が効いたんでしょう。とりあえずよくやったと思います。
posted by リュウノスケ at 14:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 格闘技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第40回高松宮記念(GI)

馬単 E⇔@・A・G・K・M・Q=1万2000円
前回までのトータル:−137万2350円
回収率:39.5%
posted by リュウノスケ at 13:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 競馬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月24日

「21世紀枠に負けたのは末代までの恥」開星高校野々村監督暴言事件

 第82回選抜高校野球大会で開星高校(島根)の野々村直通監督が21世紀枠の向陽高校(和歌山)に敗れた直後に不適切な発言をしていた問題で、開星の大多和聡宏校長は23日、和歌山市内の向陽を訪れ、同校の板橋孝志校長に直接謝罪した。

 両校長は面会後に記者会見し、大多和校長は「素晴らしい試合をされたのに勝利に水を差してしまい、応援されている方々にも不快な思いをさせてしまったことに謝罪の意を伝えた」と説明。これに対し、板橋校長は「大変遺憾。21世紀枠で出場できたことに誇りを持っていたので非常に残念だが、すぐにおわびに駆けつけてくれたことは真摯(しんし)に受け止めたい」と応じたという。

 大多和校長は、野々村監督に関し「何らかの処分をしなければならないと思っている。本人によく話を聞いてから考えたい」としている。問題発言の要因については「うちの力が足りなかったことを反省しなければならないが、おごりが空回りして感情的になり、適切な対応ができなかったのではないか」と語った。

 開星は22日、向陽に1−2で敗れ、野々村監督は試合後「21世紀枠に負けたのは末代までの恥です」などと発言。23日午前、甲子園球場内の大会本部を訪れ日本高校野球連盟などに謝罪した。(時事通信)


 “不適切発言”の開星・野々村直通監督と村本克部長が23日、甲子園球場内で小森年展・高野連事務局長が同席するなか、緊急会見を開き、発言について謝罪した。以下、一問一答。

 (会見冒頭で村本部長が、てんまつを報告する。野々村監督はグレーのスーツに黒のワイシャツ、緑地のネクタイ。角刈りで黒っぽいめがねをつけ、神妙な面持ちだ。一部敬称略)

 村本「監督の発言が不適切であるということで、大多和聡宏校長と対応を検討した結果、朝一番で高野連と毎日新聞に、私が代理として謝罪いたしました」

 野々村「いろいろお騒がせをしておわび申し上げます。(発言の)本意は負けた悔しさ、情けなさから、何も考えられなかった。本当に向陽はバッテリー、守備も攻撃もいい。言い訳と思われるかもしれないが、(向陽には)敬意を持っている。昨日もピッチャーはスライダーがすばらしく、打てなかったと申しあげた。そこから私が『完敗でした』とでも言えばよかったかもしれない。私自身が、中国代表で優勝した誇り、島根からですね…」

 (野々村監督は、約1分ほど声を詰まらせ、涙を流し、眼鏡をとって涙をぬぐう。そして声を絞り出すように続けた)(産経新聞)


 第82回選抜高校野球大会に出場した開星高校(島根)の村本克野球部長と野々村直通監督は23日、甲子園球場の大会本部を訪れ、前日の向陽高校(和歌山)戦後の野々村監督の不適切な発言について日本高校野球連盟と主催の毎日新聞社に対して説明し、謝罪した。

 開星高校は22日の第1試合で21世紀枠で選出された向陽高校に1−2で惜敗。試合後のインタビューで野々村監督は「21世紀枠に負けたことは末代までの恥です」と話したほか、「腹を切りたい」など際どい発言を繰り返した。

 報道陣の取材に応じた野々村監督は「中国大会優勝の誇りがあり、島根から地元の子で日本一になりたいと思ってやっています。わたしの本意は、試合直後は負けた現実を受け止められず、何も考えられないくらい悔しくて、情けなかった。向陽を侮辱したり、高野連の21世紀枠を批判したと受け止められたら、わたしの発した言葉ですから、本当に申し訳なく、謝罪いたします」と涙ながらに釈明した。

 開星高校の校長が同日午後、向陽高校を訪ねて直接、謝罪をする予定。高野連は口頭で監督らに厳重注意をし、改めて文書での報告を求めた。野々村監督は「これだけのことをして高野連のお考えもあるが、(監督を)継続の可能性があるなら、もう一度頑張りたい」と話した。(時事通信)


 「センバツ1回戦、向陽2-1開星」(22日)

 第1試合で向陽(和歌山)に惜敗した開星(島根)の野々村直通監督(58)が、試合後の公式会見で前代未聞の問題発言を連発した。「21世紀枠に負けたのは末代までの恥。死にたい。腹を切りたい」など、相手校を蔑視(べっし)していたかのように発言。日本高校野球連盟は早急の“処分”などについては言及せず、「(島根)県高野連を通じて事実確認をしたい」とするにとどめた。

  ◇  ◇

 あまりにも大きいショックが、前代未聞の不適切発言につながった。中国大会王者として、本来の力を発揮できないまま初戦敗退。会見で記者に囲まれた野々村監督は、ぼうぜんとしたまま無言を貫いた。しばらく沈黙が続いた後、険しい表情で絞り出した言葉は想像を絶するものだった。

 「もう野球をやめたい。死にたい。腹を切りたい。こんな試合にしかならないのは監督の力が足りないということ」。さらに、敗戦の責任を背負い込み「21世紀枠に負けたのは末代までの恥。全国に恥をかいた。こんな恥をかくことは二度としたくない」とまで言い切った。

 選抜初出場の昨年は1回戦で慶応を破り、注目を集めた。秋からの新チームでは、2年生エース・白根と、チーム打率・350と破壊力のある打線で、県大会と中国大会を制覇。2年連続出場で、野々村監督は頂点も視野に入れ、自信を持って臨んでいた。

 試合前は「中国王者とか言われているが、慢心せず、負けない気持ちを持ち続け、皆でもがきながらやっていこうと思う」と静かに語っていた。自分たちの野球に徹するため、向陽をビデオで研究しなかったのは自信の裏返しだった。それだけに初戦敗退のショックは大きかったようだ。

 公式会見後、地元テレビ局からのインタビューも拒否した。「もう野球の話はしたくない」と、控室のベンチに座ってふさぎ込んだ。

 自身のふがいなさを責める思いから生じた言葉だったが、21世紀枠という選抜独特の趣旨に批判的とも受け取れる発言。公の場での発言ということもあり、大きな波紋を広げそうだ。(デイリースポーツ)


 ◆第82回センバツ高校野球第2日 ▽1回戦 向陽2―1開星(22日・甲子園球場) 昨秋の中国大会王者・開星(島根)が21世紀枠で出場した向陽(和歌山)に敗れる番狂わせがあった。敗戦のショックからか、野々村直通監督(58)は試合後の共同取材で「もう野球をやめたい。死にたい。腹切りたい。21世紀枠に負けたことは、末代までの恥です」と仰天発言。日本高野連は21世紀枠を軽視した姿勢を問題視した。初出場の宮崎工と優勝候補の一角、広陵(広島)が2回戦に進出した。

 何度も首をひねり、天井を見つめた後、野々村監督はつぶやき始めた。「21世紀枠に負けたことは、末代までの恥です。もう野球をやめたいし、死にたい。腹を切りたい」。終了後、ベンチ裏通路での共同インタビュー。しばらく沈黙を続けた後、次々と衝撃発言が飛び出した。

 中国大会を制し、勢いづいて臨んだはずの初戦だった。向陽のエース右腕・藤田達也を崩せず、8回までゼロ行進。2点を追う9回に1点を返し、なおも1死三塁と攻めながら、後続が連続三振に沈んだ。試合前は「相手は昔からの伝統校。良さを出せれば」と向陽を持ち上げていたが、敗戦後は「敗因は私。私の指導力がないから」と落胆するあまり、失言が口から出た。

 お立ち台では「もうここにいたくない」「負けたことが恥ずかしい」などと、動揺を隠せない。目に涙を浮かべ、鼻水もふかずに、地元テレビ局の取材さえ「野球の話はしたくない」と拒否。最後は選手がクールダウンをする控室のベンチに座り、うなだれた。プロ注目のリードオフマン、糸原健斗は「負けたことはしょうがない。切り替えて夏に向けて頑張っていきたい」と監督の思いを代弁。監督と選手の姿は対照的に映った。

 センバツを主催する日本高野連は“野々村発言”に反応した。小森年展事務局長は球場内で「島根県高野連を通じて、すぐに発言内容の事実関係を確認したい」と21世紀枠の軽視を問題視。指揮官は今後、注意を受ける可能性がある。チームを春夏通算8度の甲子園出場に導いた名将の失言は、波紋を広げそうだ。

 ◆開星高 1924年、松江ミシン裁縫女学院として開校した私立校。松江家政高、松江一高などを経て、88年に共学化。94年から現校名に。野球部は88年に創部し、93年夏に甲子園初出場。体操部、柔道部も全国レベル。プロ入りした主な卒業生は杉原洋、梶谷隆幸(ともに横浜)、プロテニスの錦織圭は付属の開星中出身。(スポーツ報知、2010.3.23)


 NHKで中継された試合後のインタビューで全くしゃべらないとリポートされていたのでどうしたんだろうと思ったら、その後に信じられない暴言を吐いていた野々村監督。「死にたい」とか「腹を切りたい」というのも教育者としてどうかと思いますが、「21世紀枠に負けたことは、末代までの恥です」というのはいくらなんでも失礼すぎます。向陽ナインもさぞかし気分が悪いでしょう。

 大きく報道されて慌てた野々村監督は試合翌日に甲子園球場の大会本部を訪れて陳謝。開星の大多和校長もわざわざ和歌山まで足を運んで向陽の板橋校長に直接謝罪しました。まあこれで一応手打ちでしょうか。「野球をやめたい」と言っていた野々村監督も前言撤回したようです。

 昨秋の中国大会で強豪広陵・関西を撃破して優勝した自負があり、日本一を目指していたのに21世紀枠のチームに1回戦で負けたショックは当然あるでしょう。でも大人なんだから普通ぶっちゃけないですよね。

 高校野球の指導者は下記記事のような人格的にちょっとどうかという人もいます。自尊心の塊のようなスポーツエリート少年たちを束ねるには暴力的な威圧感が必要であり、その結果としてヤクザにしか見えない風貌の監督も多いようです。実際に殴って警察沙汰になったらシャレになりませんが。


 <センバツ4強監督が暴行、甲子園に春夏7回出場の小川監督>
 広島東署は18日、以前に勤務していた高校の元生徒を殴って、けがを負わせたとして、傷害容疑で広島県立呉昭和高校教諭で野球部監督の小川成海容疑者(60)を逮捕した。小川容疑者は広島工や高陽東の野球部監督を歴任。春夏の甲子園大会に計7回出場し、ベスト4に進出したこともあった。今月末で定年退職する予定だった。

 広島東署によると、逮捕容疑は16日午後9時20分ごろ、広島市中区弥生町の居酒屋で、会社役員の男性(41)の後頭部や顔を数発殴り、くちびるを切る全治1週間の傷を負わせた疑い。小川容疑者が1人で食事をしていたところ、男性が知人らと計4人で食事をしており、騒がしいと感じた小川容疑者が「お前ら、うるさい」とどう喝。男性が反論したところ、小川容疑者がいきなり暴行を働いた。互いに酒を飲んでいたという。

 男性が高校時代、小川容疑者は保健体育の教諭として同じ学校に赴任し、野球部監督も務めていた。男性は野球部員ではなく、小川容疑者がこの男性の担任や授業を受けもったこともなかったが、当時からお互いの顔は知っていた。事件の現場となった居酒屋でも時々、居合わせたことがあったという。小川容疑者は調べに対し、「平手で後頭部は殴ったが、顔面は殴っていない」と容疑を一部否認し、「(男性の)日ごろの態度に腹が立っていた」と供述している。

 小川容疑者は監督として春夏計7度の甲子園出場を経験。高陽東時代の1996年にはセンバツでベスト4に進出した。広島工時代の教え子には、米大リーグでも活躍した元ヤクルトの高津臣吾投手(41)がいる。

 高校球界で実績を残す一方で、不祥事も相次いだ。90年に広島工で部員への暴力などが発覚し、監督を辞任。高陽東でも03年、部員に体罰を加えたとして、解任されている。呉昭和には2005年4月に赴任し、今年3月末で定年退職する予定だった。県教委は同容疑者の進退について「まずは事実確認をすることが先決」と明言は避け、退職金が支払われるかどうかについては「お答えできません」としている。(スポーツ報知、2010.3.19)


 <開星・野々村監督が辞任=試合後の不適切発言で−高校野球>
 第82回選抜高校野球大会で開星(島根)の野々村直通監督(58)が21世紀枠の向陽(和歌山)に敗れた直後に不適切な発言をした問題で、開星の大多和聡宏校長は25日、松江市内の同校で記者会見し、野々村監督から辞任の申し出があり、了承したと発表した。同校の教諭は続ける。

 会見に同席した野々村監督は「わたしの愚かな言動で、島根県のイメージを悪くした」と改めて騒動を謝罪。大多和校長によると、同監督からは「試合後のインタビュー、服装や態度などが非難され、多くの方に迷惑をかけている」などと説明を受けたという。村本克野球部長も指導責任を問われ、謹慎処分となる。後任の監督には現コーチの山内弘和氏が就く。

 野々村監督は1988年の野球部創部時(当時松江第一)からチームを率いており、今大会を含め甲子園に春2度、夏は6度導いた。開星は22日に向陽に1−2で敗れ、同監督が試合後のインタビューで「21世紀枠に負けたことは末代までの恥です」などと発言した。(時事通信、2010.3.25)
posted by リュウノスケ at 01:43| Comment(0) | TrackBack(1) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする