2010年02月28日

第84回中山記念(GII)

馬単 A・E・H・I・N→A・E・H・I・N=1万2000円
前回までのトータル:−132万4350円
回収率:40.3%
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2010年02月21日

第27回フェブラリーステークス(GI)

三連単 C→E・G・L・M→E・G・L・M=1万2000円
前回までのトータル:−131万2350円
回収率:40.6%
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2010年02月20日

「もはや4回転ジャンプに価値はない」プルシェンコ銀メダルについて

 フィギュアスケートは18日、男子フリーを行い、ショートプログラム(SP)3位の高橋大輔(関大大学院)は156.98点を出し、合計247.23点で銅メダルを獲得した。日本人のフィギュアでのメダルは、1992年アルベールビル大会の伊藤みどりの銀、2006年トリノ大会の荒川静香の金に次いで3人目。男子では初めてだった。

 SP4位の織田信成(関大)は合計238.54点で7位、SP8位の小塚崇彦(トヨタ自動車)は合計231.19点で8位だった。

 昨季世界選手権覇者でSP2位のエバン・ライサチェク(米国)が合計257.67点で逆転優勝。五輪連覇を狙ったエフゲニー・プルシェンコ(ロシア)は2位だった。(時事通信)


 歴史を変えた! 悲願の銅メダルだ! 高橋大輔(23=関大大学院)が、フィギュアスケート日本男子初の五輪メダルを獲得した。ショートプログラム(SP)3位で迎えたフリーで、金メダルを狙って果敢に4回転トーループに挑戦。惜しくも転倒したが、トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)からの連続ジャンプで勢いに乗った。フリーは5位だったが、SPとの合計247・23点で銅メダルを獲得。一昨年10月の右ひざ靱帯(じんたい)断裂の大けがを乗り越え、この種目では欧米以外の選手として、1908年ロンドン大会以来初めて表彰台に立った。織田信成は7位、小塚崇彦は8位に入賞した。

 演技を終えると、もう感極まった。4年間の苦闘の日々を凝縮した4分半が終わった。目を真っ赤にした高橋が、両手を4度、頭上に突き上げた。スタンドで無数の日の丸が揺れていた。総合得点は今季自己最高の247・23点。2人を残して2位。「(最終滑走の)プルシェンコは上に行くだろうと思った。その前に滑ったウィアはドキドキもので見ていた」。銅メダルが決まると、「安心感とうれしさで」自然と涙が出てきた。

 SPはメダル圏内の3位。4位とは5点以上の差があった。それでも金メダルを目指して迷わず攻めた。「挑戦しなければ後悔する」と、冒頭で今季1度も成功していない4回転ジャンプに挑んだ。豪快に転倒して失敗した。決まれば10点以上を稼げる大技が、実質的には0点になった。しかし、そこから真骨頂を見せた。転倒直後に3回転半−2回転トーループを決めると、名作映画「道」の音楽に合わせて、迫真の演技力で道化師を演じた。

 「頭を切り替えて次にいけた。ふだんから成功しても失敗しても影響のないように練習をしてきた」(高橋)。8位に終わった06年トリノ五輪後、栄光と挫折、そして復活と、目まぐるしく変わった4年間を乗り越えた経験も生きたのかもしれない。フリーは5位だったが、表現力を示す5項目の得点合計はトップ。失敗を取り戻した演技力が、銅メダルにつながった。

 奇跡の復活だった。08年10月、練習中に右ひざの前十字靱帯(じんたい)断裂、内側半月板損傷という大けが。選手生命も危ぶまれた。1年前の今ごろは歩くのもやっと。心も乱れリハビリ生活から逃げ出した。母清登さんに「しんどい。誰か助けてくれないかな」と弱音を吐いた。長光歌子コーチは「スケートをやめてもいいと思っていた」という。リンクに立てたのは五輪開幕10カ月前の昨年4月だった。

 「けがをしてからは、スケートをやめてからの人生にもプラスになるような経験をした。よくここまでたどりつけた」。銅メダルを首から下げた高橋は、喜びをかみしめ、しみじみとふり返った。

 実はこの日、ジャンプコーチでもある02年ソルトレークシティー五輪4位の本田武史氏のスケート靴を履いて演技した。今年1月に本田氏に渡された。サイズは0・5センチ大きく、硬さも1ランク硬い。だが、毎日練習しているうちに、不思議となじんだ。あと1歩でメダルを逃した本田氏、そしてメダルに挑み続けた過去の同種目の代表選手たちの、思いも背負ってリンクで滑った。

 07年世界選手権で日本男子初の銀メダルを獲得し、08年の4大陸選手権ではフリーで2度の4回転ジャンプを決めて、世界歴代最高の264・41をマークした。次々と歴史を塗り替えてきた男が、大きな挫折を乗り越えて、また新たな歴史を切り開いた。

 「自分を褒めたい。この種目で初のメダルは誇りに思う。完ぺきではなかったけど、やり切ったという思いが強い。4回転を決めるのが理想。今回は失敗があったので、まだまだ強くなれる。銅メダルはこれから頑張るためのモチベーションになる」。“これが最後の五輪”の覚悟で臨んだ大舞台で、高橋が新たな目標を見つけた。(日刊スポーツ)


 織田信成(22)=関大=は、演技中にスケート靴のひもが切れるアクシデントで競技を中断。締め直して再開したが、2点の減点のほか表現力を示す5項目の要素点でも伸び悩み、ショートプログラム(SP)の4位から7位に順位を下げた。試合後は号泣し、悔しさいっぱいで終えた初めての五輪。14年ソチ五輪での逆襲を誓った。

  ◇  ◇

 悔し涙とめどなく 悔しさが、涙となってとめどなく流れた。真っ白いタオルで何度ぬぐっても、後から後からあふれ出る。織田が大泣きした。念願の五輪の大舞台。SP4位からメダルを狙ったフリーは、アクシデントに阻まれた。

 「真っ白って感じです」。演技後の頭の中を、表現した。

 異変は演技後半に起こった。3回転ループの着地は、異常な形で手をついた。右足を引きずってジャッジ席に向かうと。ウエアのすそをめくって、スケート靴をアピール。ひもは切れて靴は緩んでいる。演技を続けられる状態ではなかった。

 顔面蒼(そう)白のままで応急処置。観客の手拍子と声援に背中を押されて演技を再開したが、もはや平常心ではなかった。「ショックすぎて言葉にならない。お客さんに勇気づけられて最後までできたけど…。残念です」と振り返る。

 ひもは演技前から切れていた。繊細な足の動きを必要とするフィギュアスケート。「替えると感覚が変わる」と、切れた部分を結んで勝負に出た。問題の3回転ループの前の3回転フリップで再度切れた。「ループさえ跳べば、何とか最後までいけるかなと思った。でも(ループで)全部ほどけてしまった」-。

 五輪で結果を出すことが悲願だった。07年夏、原付バイクの酒気帯び運転で出場停止処分も受けた。以来、アルコールを一滴も飲まず、競技に打ち込んだ。母の憲子コーチも同時に酒を断った。父・信義さんは「願掛けなんでしょう。五輪でいい結果を出せればいいんですが」と話していた。

 逆転のメダルを狙って、4回転トーループを封印。3回転で確実に点を稼ぐ作戦に出た。計算通りに進めながら、終盤に起こったアクシデント。「悔いの残る大会になった。きょうの反省を生かして頑張りたい」。不運から自力で立ち上がる。(デイリースポーツ)


 初出場の小塚が、大舞台で大きく羽ばたいた。

 演技が終わると、最後のひざまずいたポーズのまま、頭の上で数回手をたたき、大きなガッツポーズを作った。

 冒頭で4回転ジャンプに挑戦。これまで国際大会で成功したことがない大技だったが、五輪のリンクで跳んで着氷にも成功した。氷に降りた瞬間は、「なんで(これまで)こんなに苦労してきたんだろう」と思うほど自然に決められた。それでも、「4回転だけがプログラムではない」と、気持ちを引き締めることも忘れなかった。

 プログラム中盤のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)では転倒したが、それ以外のジャンプには成功。得意のスピンでは三つとも最高難度のレベル4を獲得した。

 「胃が痛くなりそうな緊張があった」という最高のステージで、合計の自己ベストを0・41点更新。「ばてたけれど、最後の最後まで滑れたので、よく頑張ったと思う」。満ち足りた最高の笑顔で話した。(読売新聞)


 五輪の男子フィギュアで58年ぶりの連覇はならなかった。4回転ジャンプを武器に4シーズンぶりで競技復帰したプルシェンコは、1.31点差で2位に終わった。「3年半のブランクがあって銀メダルなら悪くはない」と強がったが、表彰式が終わるとすぐにメダルを首から外した。

 リンク裏の取材エリアで不満をぶちまけた。「採点システムは変更されるべきだ。五輪王者が4回転ジャンプの跳び方を知らないならば、男子シングルではなくアイスダンスに名前を変えなくてはならない」。

 自国開催となる2014年ソチ五輪出場にも意欲を示す27歳は「(トーループより高難度の)4回転ルッツを跳べるようにする」と持論を体現するつもりだ。(共同通信)


 【モスクワ共同】バンクーバー五輪のフィギュアスケート男子で、連覇を狙ったロシアのエース、エフゲニー・プルシェンコが銀メダルに終わったことについてロシアでは19日、失望と判定への不満の声が渦巻いた。

 インタファクス通信によると、ロシア・フィギュアスケート連盟のニロフ副会長は、逆転優勝したエバン・ライサチェク(米国)について「技術的に(4回転ジャンプを成功させた)プルシェンコを上回ってはいない」と主張、判定に異議を申し立てるべきだとの考えを示した。

 浅田真央(中京大)が師事しているタチアナ・タラソワ・コーチはロシア国営テレビで「ショートプログラムの時からプルシェンコへの評価は不当に低すぎた」と指摘した。

 ロシアの主要テレビは終日、プルシェンコの「敗北」をトップニュースで報道。プーチン首相は同選手にあてた電報で「ロシアのファンはあなたの素晴らしい演技と勝利への意欲に感動した。あなたの銀メダルは『金』に値する」とねぎらった。


 勝者ライサチェク、健闘の高橋がいる記者会見場に、しばし遅れてトリノ五輪の王者が加わった。プルシェンコは「勝利を確信していた。エバン(ライサチェク)が僕よりも、そのメダルを必要としていたということだろう。独り占めはできないから」と皮肉を込めた。

 直接的なジャッジ批判はしない。だが、採点に対する不信感はありあり。引き揚げてきた通路では「昔の採点基準なら勝っていた。今のフィギュア界が何を求めているのか、この結果で明白になった。もはや4回転ジャンプに価値はない」−。

 4季ぶりに復帰し、金メダル最有力候補として臨んだ五輪。フリーの最終滑走者は冒頭の4回転−3回転を着氷したが、続く2回転は跳ばなかった。以降のジャンプも乱雑。結局、3連続ジャンプは1度もなかった。

 昨季から4回転など高難度のジャンプは基礎点が上がったが、リスクが大きく安全策が優先される傾向があった。世界選手権優勝者も2年連続で4回転を跳んでいない。今季から回転不足でも見栄えが良ければ減点幅が緩和されるようになったとはいえ、この夜のプルシェンコは、決して良くは見えなかった。

 前回王者は「結果は受け入れる。五輪で(通算)銀2個、金1個なら悪くない。振り返らず前に進む」。その一方で「これが最後になるだろう。分からないが…」と競技者としてはリンクを去る気持ちもある。会見の途中で「もう帰っていいか」と真っ先に席を立った。後味の悪さとしらけた空気の中で、ライサチェクと高橋が座り続けた。(バンクーバー時事)


 フィギュアスケート男子は、ショートプログラム(SP)を終えて、首位のエフゲニー・プルシェンコ(ロシア)、2位のエバン・ライサチェク(米)、3位の高橋大輔(関大大学院)が、0・60点差以内に収まる大激戦となった。

 プルシェンコは1月の欧州選手権で圧勝、今大会では大本命と見られていたが、1通の電子メールが、勢力図に影響を与えたという見方が出ている。仏レキップ紙によると、2月上旬、影響力のある米国の国際審判員が、約60人の審判仲間に次のような手紙を送ったという。

 「彼(プルシェンコ)が『自分にはトランジション(要素のつなぎ)が全くない』と言う時、それをどうやって得点に反映すればいいのか?」

 要素のつなぎとは、主に芸術面を構成する「プログラム構成点」の一つ。10点満点で、一流選手は8点以上をマークする。プルシェンコは欧州選手権後、「自分はジャンプに力を入れているから、トランジションがない」と発言した。米国の審判は、この発言を利用して、プルシェンコのトランジションの得点を下げようと狙ったとされ、ロシア勢に比べて、北米勢の弱点とされるジャンプの弱さを埋め合わせる狙いもあったという。

 16日のSP。プルシェンコの「要素のつなぎ」は、6・80に抑えられた。プログラム構成点のほかの4要素は7・85〜8・65点だったから、突出して低い数字だった。記者会見でプルシェンコは、「とてもハッピーだ。信じてくれ」と言って笑わせたが、プルシェンコにもほんの少しだけ死角が見えたといえそうだ。

 SPに続き、フリーでも、4回転―3回転の連続ジャンプを組み入れるプルシェンコは、「4回転ジャンプはフィギュアスケート界の将来を左右する。(跳ばないとしたら)我々の進歩は止まる」と挑発した。

 抜群の安定感を誇るライサチェク、卓越した表現力が武器でSP5位から巻き返しを図るステファン・ランビエル(スイス)。そして、高橋に、織田信成(関大)。18日(日本時間19日)のフリーでは、誰が勝ってもおかしくない大混戦となるだろう。(2010年2月19日09時24分 読売新聞)


 バンクーバー冬季五輪の開幕を目前に控え、混戦が予想されるフィギュアスケート男子の採点について論争が起きている。発端は米国のあるジャッジが他国のジャッジに送った電子メールだが、騒動の背景には北米と欧州の対立関係が見え隠れする。

 地元紙によると、渦中の米国人ジャッジは、金メダル最有力のエフゲニー・プルシェンコ(ロシア)が「ジャッジは誰かを上位にしたいと思えば、それができる」と語ったことが報じられたのを受け、ジャッジの裁量が大きい演技点の採点を適正に行うよう求めるメールを送ったという。これを知った欧州側が、ジャンプで得点を荒稼ぎするプルシェンコやブライアン・ジュベール(フランス)に対する「北米の欧州たたき」(フランス紙レキップ)と反発した。

 10日に開かれたカナダ代表の記者会見では、選手への心理的な影響を警戒するカナダ連盟から、この問題に関する質問は控えるよう冒頭で注意があった。

 2002年ソルトレークシティー五輪では、ペアでロシアとカナダの2組の優勝争いを巡る不正な採点が大スキャンダルとなり、現在の採点システムを導入する契機となった。二大勢力の北米と欧州が繰り広げる“ジャブ”の応酬に、あるカナダ人記者は「この手の話は、いつものこと。選手とかけ離れたところで政治的なものが動く」と冷ややかな視線を送った。(スポニチ、2010.2.11)


【石原知事会見詳報(2)】

 −−カナダではバンクーバーオリンピックが熱気を帯びて、日本人も大活躍をしていると…

 「してる?」

 −−してます。

 「してないじゃないか」

 −−まあ、一応がんばってると思います。

 「あ、そう?」

 −−真剣に。本番に向けて今までやり遂げてきたことを披露しようと。力を出しきれない人もいるかもしれないが…

 「なぜ出し切れないのかね?」

 −−もしかすると、それは日本国内の教育の問題で、ゆとり教育というか、学校の週5日制などが十数年にわたり行われてきている。そろそろ見直すことも考えられるのではないか

 「まあ、日本勢が不振であることは誰が見ても確かだと思いますね。でね、アスリートの世界、競技の世界ってのは、横並びってのは絶対あり得ないですよ。0・01秒の差でも1位2位が決まるわけですよね。でね、横並びってのを是とする風潮てのは論外だと思うけど。わたしね、やっぱり選手たちがね、思ったより高く飛べない、思ったほど速く走れないのはね、重いものを背負ってないからなんだよ。国家ってものを背負ってないからね、結局高く飛べない、速く走れないと私は思いますね」

 「でね、今、教育の問題が出ましたがね、修身の復活なんてのは非常に陳腐なように思えるけど、考えてみたらこのごろ、しみじみ…、その、何も教育勅語を復活するなんてバカな…、あんなものは日本人で読める人間は、総理大臣だって読めないだろう。前の総理大臣なんか」

 「ただね、やっぱ刷り込みなんだね。子供のころからね、九九と、要するに九九算と同じようにね、刷り込みでね、責任であるとかね、義務であるとかね、友情であるとかね、奉仕であるってものはね、やっぱり分かりやすくね、その、ほんとに幼児のころから…、ま、昔は教育勅語がそうだったんでしょうけども。別にあんな表現は必要としませんけどね。やっぱり、基本的な人間社会の中に人間が連帯して生きていくときに心得なくちゃいけないいくつかのルールってあると思うんだけど、そういったものをね…、やっぱり修身って言葉がいいか悪いか知りませんがね、その、九九算と同じように刷り込みをしていくってことをしない限りね、やっぱりいくら大人になって理屈で説いてもダメですよね。私はそういう感じが、このごろ改めてしてきてるんですけども」

 「ま、それからね、その一つのきっかけになると思うけどもね、自分つい近い先祖のじいさんばあさん、ひいじいさんひいばあさんがですね…、まあトインビーが言ってるみたいにね、人類の歴史の中で奇跡っていうのはちょっと、なんて言うのかな、彼自身が日本の可能性を知らないからバカなこと言ったんだけれども。でも、注目すべき近代化ってのをね、有色人種の中で、要するに植民地化されずに逆にですな…、植民地を持つようになったことはいいか悪いかは分からんが、そういう仕事をなし終えたね、なんて言うんでしょうね、事実っていうものを、近代史、現代史を知ることでね、『へえー、何でこんなことできたんだろうか。なるほど、こんな日本人がいたか』ってことのね、認識のよすがに僕はやっぱり…、その、自分のじいさんばあさん、ひいじいさんひいばあさんがやった、近い先祖のやった仕事の…、評価は別にしてですね、とにかくそういうものをこう体得することのよすがに僕は、さっき言ったみたいな、修身っていうんでしょうかね、基本的なね、高等教育というか、責任教育というんでしょうか、そういったものがやっぱり必要なんだなということを改めて感じていますけど。私、今感じても遅いわね」

 「ま、東京の教育委員会、頑張ってくれてね。都立高校では近代史、現代史、必須にしました。とにかく大学生がね、60年前の太平洋戦争があったってことを知らないでいるような時代ですから。まあ、そういう国はやっぱり非常にいびつだとしか言いようがないと私は思いますね。その結果が今度のオリンピックですよ」

 −−先ほど知事が、日本勢が不振と言っていたバンクーバーオリンピックだが、注目されていた高橋大輔選手が日本の男子フィギュア史上初めてとなるメダルを取ったが。

 「いいんじゃないんですか、それは。一歩一歩。金メダルじゃないんだろ?」

 −−銅メダルだった。

 「まあ、銅から始めようだな、まさに。別にそれは、わたし否定もしませんよ。しかし快挙かね、それは。それほど」

 −−初めてメダルということで。

 「ま、結構でしょう。慶賀に耐えないとまでは言わないけどな」(産経新聞、2010.2.19)


 高橋が見事銅メダル、靴ひもの切れた(正確には元々切れていた結び目が解けた)織田は7位、4回転を決めた小塚は8位と日本勢が3人とも健闘した男子フィギュア。特筆すべきはやはり男子では史上初となる高橋のメダル。正に偉大な一歩となりました。引退も撤回したし、ソチ五輪は更に楽しみですね。

 さて、金メダルのため高橋も挑戦した4回転に関する騒動。ジャンプの得意でないアメリカが競技前からプルシェンコの表現力批判を展開し、ライサチェクの金メダルに結実させた政治力はさすがというほかありません。

 4回転を跳ばなかったとはいえ、ライサチェクの演技は完璧でした。一方のプルシェンコは4回転−3回転を成功させたものの全体的にスローな動きで全くキレがありませんでした。アメリカが主張するように表現力ということを考えて純粋に採点すれば僅差でライサチェクが優勝になるのでしょう。

 が、フィギュアの発展を考えるとやはりプルシェンコが勝つべきだったと思うんですよね。本人も言っているようにこれでは五輪で誰も4回転を跳びません。そもそもアメリカに4回転できる選手がいたらこんな論争になるわけがないのであって、競技性を重視するのであればやはり採点基準を変えて難易度の高いジャンプを成功させた選手が勝つようにすべきでしょう。

 最後にどうでもいい話。相変わらずの石原慎太郎節とそれを拝聴する産経新聞。あまりの酷さに記者がちょっと反論しているのが微笑ましいですね。高橋のメダルが何色だったのか記者に聞いていることで分かるように、スポーツ選手に対して尊敬の念どころか興味すらないのにどうして五輪誘致などを声高に叫ぶのか。マスコミや世論は國母の前にまずこの人を叩くべきでしょう。


<参照>
ウィキペディア エヴァン・ライサチェク
The night they killed figure skating By Elvis Stojko, Yahoo! Sports
バンクーバーオリンピック公式HP 男子フィギュア結果
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2010年02月14日

第60回ダイヤモンドステークス(GIII)

三連単 L→B→@・A・F・I=1万2000円
前回までのトータル:−130万0350円
回収率:40.8%
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2010年02月13日

バンクーバー五輪開幕

 【バンクーバー=読売取材団】第21回冬季五輪バンクーバー大会は12日午後6時(日本時間13日午前11時)、バンクーバー市内のBC(ブリティッシュ・コロンビア)プレースで開会式が行われ、17日間の雪と氷の戦いが幕を開けた。

 カナダでの冬季五輪開催は、1988年カルガリー大会以来。2006年トリノ五輪の80を上回る冬季五輪史上最多の82か国・地域が参加、バンクーバーとウィスラーで7競技に熱戦を繰り広げる。

 日本代表選手は男子49、女子45人の計94人。開会式ではスピードスケートで5回目の五輪出場となる旗手の岡崎朋美選手を先頭に、43番目に入場行進した。フィギュアスケート、フリースタイルスキーなどにメダルの期待がかかる。

 雪不足の懸念以外、ここまでほぼ順調だった五輪準備。しかし、開会式の数時間前、ウィスラーでのリュージュ競技の公式練習中に死亡事故が起き、華やかな祭典は悲しみに包まれた。

 屋内会場で行われた開会式は、雪原に氷の柱をかたどったステージが立ち上がり、天井からはオーロラが下がる凝った舞台。広大なカナダの自然と、先住民文化を色濃く反映した演出となった。

 スノーボーダーが雪山を滑降する映像から飛び出し、五つの輪をくぐって雪原に着地する演出で始まった開会式は、前半、バンクーバー五輪が開かれる土地に先住権を持つ四つの先住民部族の長老や代表による歓迎式が、太鼓の音と伝統的な踊りでつづられた。続いてギリシャを先頭に選手団が入場した。 

 ◆バンクーバー=人口約211万人で、国内第3位の都市圏。都市名は18世紀末に米国からカナダ西海岸を測量した英国海軍士官のジョージ・バンクーバーに由来する。昨年、英誌「エコノミスト」の調査部門が「世界で最も暮らしやすい都市」に選出した。(読売新聞)


 全日本スキー連盟(SAJ)は10日、スノーボード・ハーフパイプ(HP)男子代表の国母和宏(21=東海大)に服装の乱れがあったとして、選手村で行われた入村式への出席を自粛させた。

 競技日程に支障がないにもかかわらず、現地入りしている選手が入村式出席を自粛させられたのは前代未聞。9日の夜、SAJ関係者から連絡を受け、事実を確認したというスノーボード代表の萩原文和監督(52)は「SAJとして(出席を)自粛させました。物事にはルールがある、と注意した」と説明し、同行したコーチ3人にも厳重注意を与えたことを明らかにした。

 メダル候補である一方、自身のファッションにこだわりを見せていた国母は、日本選手団公式ウエアのネクタイを緩め、シャツのすそをズボンから出し、ズボンも腰ばきという格好で9日に成田空港からバンクーバー入り。SAJには報道で知った人々から「だらしない」などと抗議電話がかかってきた。

 萩原監督はこの日、日本オリンピック委員会(JOC)幹部に報告して謝罪。JOCからは口頭で注意を受けた。入村式に出席した日本選手団の橋本聖子団長(45)は「気持ちを入れ替えて競技に集中してくれると思う」と寛容な態度を示したが、JOCの市原則之専務理事(68)は「国民の税金を使った代表の服装じゃない。事業仕分けなどがある中、国民の理解を得なければいけない時期に」と苦り切った表情だった。

 入村式後のHPの公式会見に出席した国母は、萩原監督に促され「(服装を)指摘されたんで自粛しました。反省してま〜す」。謝罪はしたものの笑みを浮かべるなど、相変わらずだった。(スポニチ)


 バンクーバー冬季五輪のスノーボード男子ハーフパイプ日本代表で、メダル獲得の期待がかかる国母和宏(東海大)が公式服装の乱れで批判されている問題で、日本選手団の橋本聖子団長は12日、国母の開会式(同日夜)への出席を取りやめさせると発表した。全日本スキー連盟(SAJ)は、国母の大会そのものへの出場を辞退させる意向を伝えたが、橋本団長の判断で競技には出場することになった。

 教育評論家の尾木直樹法政大教授(臨床教育学)のコメント。

 「フォーマルな場に国の代表として参加するならきちんとするべきだ、との考え方には賛成で、国母選手に社会性が欠けていたのも事実だろう。しかし問題は周囲の反応。服装の乱れを空港で目撃された初期段階で、周囲の誰かが注意すればよいだけで、選手団の入村式への出席を自粛させたり、開会式の参加を取りやめさせる対応は全体主義的で、明らかに大げさ。これから競技に臨む選手本人のためにもならない」。(日刊スポーツ)


 ついに開幕したバンクーバー五輪。北京があまりに豪華絢爛だったので若干地味な印象の開会式ですが、先住民に対するリスペクトなど内容的にはよかったんじゃないでしょうか。

 さて、報道などによるとメダルが期待される日本選手は男女フィギュア、男子スピードスケート、女子モーグルくらい。橋本聖子団長は目標メダル数を「長野」(10個)と明言しましたが、ご存知の通り前回トリノ五輪は荒川静香の金メダル1個のみ。なかなか厳しい戦いになると思われます。

 個人的な注目選手はネットで話題騒然のスノーボード男子ハーフパイプ代表國母和宏。あまりの傲岸不遜な態度に非難殺到。ウィキペディアによるとトリノ五輪の際には選手村の壁を壊したり、同僚の成田童夢を仲間外れにしていじめていたそうです。こいつ最悪やな。

 4年前のネット上における安藤美姫や今井メロの叩かれ様は異常でした。今回は調子に乗っている奴がいないのでいま一つ盛り上がりに欠けていましたが、國母の登場で俄然ヒートアップ。失敗したらボロカス言ってやろうと虎視眈々と待ち構えている意地悪な人も多いでしょう。

 でも五輪って里谷多英みたいな無頼が勝ったりしますからね。國母もメダル獲ったりして。


国母和宏「ちっ、うっせーな・・・」





<参照>
東海大学公式HP 國母選手に対する本学の見解について
ウィキペディア 國母和宏
スポニチアネックス “腰パン王子”国母に事実上の懲罰!開会式欠席(問題となった服装の画像)
posted by リュウノスケ at 13:18| Comment(0) | TrackBack(1) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする