2010年02月28日

第84回中山記念(GII)

馬単 A・E・H・I・N→A・E・H・I・N=1万2000円
前回までのトータル:−132万4350円
回収率:40.3%
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2010年02月21日

第27回フェブラリーステークス(GI)

三連単 C→E・G・L・M→E・G・L・M=1万2000円
前回までのトータル:−131万2350円
回収率:40.6%
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2010年02月20日

「もはや4回転ジャンプに価値はない」プルシェンコ銀メダルについて

 フィギュアスケートは18日、男子フリーを行い、ショートプログラム(SP)3位の高橋大輔(関大大学院)は156.98点を出し、合計247.23点で銅メダルを獲得した。日本人のフィギュアでのメダルは、1992年アルベールビル大会の伊藤みどりの銀、2006年トリノ大会の荒川静香の金に次いで3人目。男子では初めてだった。

 SP4位の織田信成(関大)は合計238.54点で7位、SP8位の小塚崇彦(トヨタ自動車)は合計231.19点で8位だった。

 昨季世界選手権覇者でSP2位のエバン・ライサチェク(米国)が合計257.67点で逆転優勝。五輪連覇を狙ったエフゲニー・プルシェンコ(ロシア)は2位だった。(時事通信)


 歴史を変えた! 悲願の銅メダルだ! 高橋大輔(23=関大大学院)が、フィギュアスケート日本男子初の五輪メダルを獲得した。ショートプログラム(SP)3位で迎えたフリーで、金メダルを狙って果敢に4回転トーループに挑戦。惜しくも転倒したが、トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)からの連続ジャンプで勢いに乗った。フリーは5位だったが、SPとの合計247・23点で銅メダルを獲得。一昨年10月の右ひざ靱帯(じんたい)断裂の大けがを乗り越え、この種目では欧米以外の選手として、1908年ロンドン大会以来初めて表彰台に立った。織田信成は7位、小塚崇彦は8位に入賞した。

 演技を終えると、もう感極まった。4年間の苦闘の日々を凝縮した4分半が終わった。目を真っ赤にした高橋が、両手を4度、頭上に突き上げた。スタンドで無数の日の丸が揺れていた。総合得点は今季自己最高の247・23点。2人を残して2位。「(最終滑走の)プルシェンコは上に行くだろうと思った。その前に滑ったウィアはドキドキもので見ていた」。銅メダルが決まると、「安心感とうれしさで」自然と涙が出てきた。

 SPはメダル圏内の3位。4位とは5点以上の差があった。それでも金メダルを目指して迷わず攻めた。「挑戦しなければ後悔する」と、冒頭で今季1度も成功していない4回転ジャンプに挑んだ。豪快に転倒して失敗した。決まれば10点以上を稼げる大技が、実質的には0点になった。しかし、そこから真骨頂を見せた。転倒直後に3回転半−2回転トーループを決めると、名作映画「道」の音楽に合わせて、迫真の演技力で道化師を演じた。

 「頭を切り替えて次にいけた。ふだんから成功しても失敗しても影響のないように練習をしてきた」(高橋)。8位に終わった06年トリノ五輪後、栄光と挫折、そして復活と、目まぐるしく変わった4年間を乗り越えた経験も生きたのかもしれない。フリーは5位だったが、表現力を示す5項目の得点合計はトップ。失敗を取り戻した演技力が、銅メダルにつながった。

 奇跡の復活だった。08年10月、練習中に右ひざの前十字靱帯(じんたい)断裂、内側半月板損傷という大けが。選手生命も危ぶまれた。1年前の今ごろは歩くのもやっと。心も乱れリハビリ生活から逃げ出した。母清登さんに「しんどい。誰か助けてくれないかな」と弱音を吐いた。長光歌子コーチは「スケートをやめてもいいと思っていた」という。リンクに立てたのは五輪開幕10カ月前の昨年4月だった。

 「けがをしてからは、スケートをやめてからの人生にもプラスになるような経験をした。よくここまでたどりつけた」。銅メダルを首から下げた高橋は、喜びをかみしめ、しみじみとふり返った。

 実はこの日、ジャンプコーチでもある02年ソルトレークシティー五輪4位の本田武史氏のスケート靴を履いて演技した。今年1月に本田氏に渡された。サイズは0・5センチ大きく、硬さも1ランク硬い。だが、毎日練習しているうちに、不思議となじんだ。あと1歩でメダルを逃した本田氏、そしてメダルに挑み続けた過去の同種目の代表選手たちの、思いも背負ってリンクで滑った。

 07年世界選手権で日本男子初の銀メダルを獲得し、08年の4大陸選手権ではフリーで2度の4回転ジャンプを決めて、世界歴代最高の264・41をマークした。次々と歴史を塗り替えてきた男が、大きな挫折を乗り越えて、また新たな歴史を切り開いた。

 「自分を褒めたい。この種目で初のメダルは誇りに思う。完ぺきではなかったけど、やり切ったという思いが強い。4回転を決めるのが理想。今回は失敗があったので、まだまだ強くなれる。銅メダルはこれから頑張るためのモチベーションになる」。“これが最後の五輪”の覚悟で臨んだ大舞台で、高橋が新たな目標を見つけた。(日刊スポーツ)


 織田信成(22)=関大=は、演技中にスケート靴のひもが切れるアクシデントで競技を中断。締め直して再開したが、2点の減点のほか表現力を示す5項目の要素点でも伸び悩み、ショートプログラム(SP)の4位から7位に順位を下げた。試合後は号泣し、悔しさいっぱいで終えた初めての五輪。14年ソチ五輪での逆襲を誓った。

  ◇  ◇

 悔し涙とめどなく 悔しさが、涙となってとめどなく流れた。真っ白いタオルで何度ぬぐっても、後から後からあふれ出る。織田が大泣きした。念願の五輪の大舞台。SP4位からメダルを狙ったフリーは、アクシデントに阻まれた。

 「真っ白って感じです」。演技後の頭の中を、表現した。

 異変は演技後半に起こった。3回転ループの着地は、異常な形で手をついた。右足を引きずってジャッジ席に向かうと。ウエアのすそをめくって、スケート靴をアピール。ひもは切れて靴は緩んでいる。演技を続けられる状態ではなかった。

 顔面蒼(そう)白のままで応急処置。観客の手拍子と声援に背中を押されて演技を再開したが、もはや平常心ではなかった。「ショックすぎて言葉にならない。お客さんに勇気づけられて最後までできたけど…。残念です」と振り返る。

 ひもは演技前から切れていた。繊細な足の動きを必要とするフィギュアスケート。「替えると感覚が変わる」と、切れた部分を結んで勝負に出た。問題の3回転ループの前の3回転フリップで再度切れた。「ループさえ跳べば、何とか最後までいけるかなと思った。でも(ループで)全部ほどけてしまった」-。

 五輪で結果を出すことが悲願だった。07年夏、原付バイクの酒気帯び運転で出場停止処分も受けた。以来、アルコールを一滴も飲まず、競技に打ち込んだ。母の憲子コーチも同時に酒を断った。父・信義さんは「願掛けなんでしょう。五輪でいい結果を出せればいいんですが」と話していた。

 逆転のメダルを狙って、4回転トーループを封印。3回転で確実に点を稼ぐ作戦に出た。計算通りに進めながら、終盤に起こったアクシデント。「悔いの残る大会になった。きょうの反省を生かして頑張りたい」。不運から自力で立ち上がる。(デイリースポーツ)


 初出場の小塚が、大舞台で大きく羽ばたいた。

 演技が終わると、最後のひざまずいたポーズのまま、頭の上で数回手をたたき、大きなガッツポーズを作った。

 冒頭で4回転ジャンプに挑戦。これまで国際大会で成功したことがない大技だったが、五輪のリンクで跳んで着氷にも成功した。氷に降りた瞬間は、「なんで(これまで)こんなに苦労してきたんだろう」と思うほど自然に決められた。それでも、「4回転だけがプログラムではない」と、気持ちを引き締めることも忘れなかった。

 プログラム中盤のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)では転倒したが、それ以外のジャンプには成功。得意のスピンでは三つとも最高難度のレベル4を獲得した。

 「胃が痛くなりそうな緊張があった」という最高のステージで、合計の自己ベストを0・41点更新。「ばてたけれど、最後の最後まで滑れたので、よく頑張ったと思う」。満ち足りた最高の笑顔で話した。(読売新聞)


 五輪の男子フィギュアで58年ぶりの連覇はならなかった。4回転ジャンプを武器に4シーズンぶりで競技復帰したプルシェンコは、1.31点差で2位に終わった。「3年半のブランクがあって銀メダルなら悪くはない」と強がったが、表彰式が終わるとすぐにメダルを首から外した。

 リンク裏の取材エリアで不満をぶちまけた。「採点システムは変更されるべきだ。五輪王者が4回転ジャンプの跳び方を知らないならば、男子シングルではなくアイスダンスに名前を変えなくてはならない」。

 自国開催となる2014年ソチ五輪出場にも意欲を示す27歳は「(トーループより高難度の)4回転ルッツを跳べるようにする」と持論を体現するつもりだ。(共同通信)


 【モスクワ共同】バンクーバー五輪のフィギュアスケート男子で、連覇を狙ったロシアのエース、エフゲニー・プルシェンコが銀メダルに終わったことについてロシアでは19日、失望と判定への不満の声が渦巻いた。

 インタファクス通信によると、ロシア・フィギュアスケート連盟のニロフ副会長は、逆転優勝したエバン・ライサチェク(米国)について「技術的に(4回転ジャンプを成功させた)プルシェンコを上回ってはいない」と主張、判定に異議を申し立てるべきだとの考えを示した。

 浅田真央(中京大)が師事しているタチアナ・タラソワ・コーチはロシア国営テレビで「ショートプログラムの時からプルシェンコへの評価は不当に低すぎた」と指摘した。

 ロシアの主要テレビは終日、プルシェンコの「敗北」をトップニュースで報道。プーチン首相は同選手にあてた電報で「ロシアのファンはあなたの素晴らしい演技と勝利への意欲に感動した。あなたの銀メダルは『金』に値する」とねぎらった。


 勝者ライサチェク、健闘の高橋がいる記者会見場に、しばし遅れてトリノ五輪の王者が加わった。プルシェンコは「勝利を確信していた。エバン(ライサチェク)が僕よりも、そのメダルを必要としていたということだろう。独り占めはできないから」と皮肉を込めた。

 直接的なジャッジ批判はしない。だが、採点に対する不信感はありあり。引き揚げてきた通路では「昔の採点基準なら勝っていた。今のフィギュア界が何を求めているのか、この結果で明白になった。もはや4回転ジャンプに価値はない」−。

 4季ぶりに復帰し、金メダル最有力候補として臨んだ五輪。フリーの最終滑走者は冒頭の4回転−3回転を着氷したが、続く2回転は跳ばなかった。以降のジャンプも乱雑。結局、3連続ジャンプは1度もなかった。

 昨季から4回転など高難度のジャンプは基礎点が上がったが、リスクが大きく安全策が優先される傾向があった。世界選手権優勝者も2年連続で4回転を跳んでいない。今季から回転不足でも見栄えが良ければ減点幅が緩和されるようになったとはいえ、この夜のプルシェンコは、決して良くは見えなかった。

 前回王者は「結果は受け入れる。五輪で(通算)銀2個、金1個なら悪くない。振り返らず前に進む」。その一方で「これが最後になるだろう。分からないが…」と競技者としてはリンクを去る気持ちもある。会見の途中で「もう帰っていいか」と真っ先に席を立った。後味の悪さとしらけた空気の中で、ライサチェクと高橋が座り続けた。(バンクーバー時事)


 フィギュアスケート男子は、ショートプログラム(SP)を終えて、首位のエフゲニー・プルシェンコ(ロシア)、2位のエバン・ライサチェク(米)、3位の高橋大輔(関大大学院)が、0・60点差以内に収まる大激戦となった。

 プルシェンコは1月の欧州選手権で圧勝、今大会では大本命と見られていたが、1通の電子メールが、勢力図に影響を与えたという見方が出ている。仏レキップ紙によると、2月上旬、影響力のある米国の国際審判員が、約60人の審判仲間に次のような手紙を送ったという。

 「彼(プルシェンコ)が『自分にはトランジション(要素のつなぎ)が全くない』と言う時、それをどうやって得点に反映すればいいのか?」

 要素のつなぎとは、主に芸術面を構成する「プログラム構成点」の一つ。10点満点で、一流選手は8点以上をマークする。プルシェンコは欧州選手権後、「自分はジャンプに力を入れているから、トランジションがない」と発言した。米国の審判は、この発言を利用して、プルシェンコのトランジションの得点を下げようと狙ったとされ、ロシア勢に比べて、北米勢の弱点とされるジャンプの弱さを埋め合わせる狙いもあったという。

 16日のSP。プルシェンコの「要素のつなぎ」は、6・80に抑えられた。プログラム構成点のほかの4要素は7・85〜8・65点だったから、突出して低い数字だった。記者会見でプルシェンコは、「とてもハッピーだ。信じてくれ」と言って笑わせたが、プルシェンコにもほんの少しだけ死角が見えたといえそうだ。

 SPに続き、フリーでも、4回転―3回転の連続ジャンプを組み入れるプルシェンコは、「4回転ジャンプはフィギュアスケート界の将来を左右する。(跳ばないとしたら)我々の進歩は止まる」と挑発した。

 抜群の安定感を誇るライサチェク、卓越した表現力が武器でSP5位から巻き返しを図るステファン・ランビエル(スイス)。そして、高橋に、織田信成(関大)。18日(日本時間19日)のフリーでは、誰が勝ってもおかしくない大混戦となるだろう。(2010年2月19日09時24分 読売新聞)


 バンクーバー冬季五輪の開幕を目前に控え、混戦が予想されるフィギュアスケート男子の採点について論争が起きている。発端は米国のあるジャッジが他国のジャッジに送った電子メールだが、騒動の背景には北米と欧州の対立関係が見え隠れする。

 地元紙によると、渦中の米国人ジャッジは、金メダル最有力のエフゲニー・プルシェンコ(ロシア)が「ジャッジは誰かを上位にしたいと思えば、それができる」と語ったことが報じられたのを受け、ジャッジの裁量が大きい演技点の採点を適正に行うよう求めるメールを送ったという。これを知った欧州側が、ジャンプで得点を荒稼ぎするプルシェンコやブライアン・ジュベール(フランス)に対する「北米の欧州たたき」(フランス紙レキップ)と反発した。

 10日に開かれたカナダ代表の記者会見では、選手への心理的な影響を警戒するカナダ連盟から、この問題に関する質問は控えるよう冒頭で注意があった。

 2002年ソルトレークシティー五輪では、ペアでロシアとカナダの2組の優勝争いを巡る不正な採点が大スキャンダルとなり、現在の採点システムを導入する契機となった。二大勢力の北米と欧州が繰り広げる“ジャブ”の応酬に、あるカナダ人記者は「この手の話は、いつものこと。選手とかけ離れたところで政治的なものが動く」と冷ややかな視線を送った。(スポニチ、2010.2.11)


【石原知事会見詳報(2)】

 −−カナダではバンクーバーオリンピックが熱気を帯びて、日本人も大活躍をしていると…

 「してる?」

 −−してます。

 「してないじゃないか」

 −−まあ、一応がんばってると思います。

 「あ、そう?」

 −−真剣に。本番に向けて今までやり遂げてきたことを披露しようと。力を出しきれない人もいるかもしれないが…

 「なぜ出し切れないのかね?」

 −−もしかすると、それは日本国内の教育の問題で、ゆとり教育というか、学校の週5日制などが十数年にわたり行われてきている。そろそろ見直すことも考えられるのではないか

 「まあ、日本勢が不振であることは誰が見ても確かだと思いますね。でね、アスリートの世界、競技の世界ってのは、横並びってのは絶対あり得ないですよ。0・01秒の差でも1位2位が決まるわけですよね。でね、横並びってのを是とする風潮てのは論外だと思うけど。わたしね、やっぱり選手たちがね、思ったより高く飛べない、思ったほど速く走れないのはね、重いものを背負ってないからなんだよ。国家ってものを背負ってないからね、結局高く飛べない、速く走れないと私は思いますね」

 「でね、今、教育の問題が出ましたがね、修身の復活なんてのは非常に陳腐なように思えるけど、考えてみたらこのごろ、しみじみ…、その、何も教育勅語を復活するなんてバカな…、あんなものは日本人で読める人間は、総理大臣だって読めないだろう。前の総理大臣なんか」

 「ただね、やっぱ刷り込みなんだね。子供のころからね、九九と、要するに九九算と同じようにね、刷り込みでね、責任であるとかね、義務であるとかね、友情であるとかね、奉仕であるってものはね、やっぱり分かりやすくね、その、ほんとに幼児のころから…、ま、昔は教育勅語がそうだったんでしょうけども。別にあんな表現は必要としませんけどね。やっぱり、基本的な人間社会の中に人間が連帯して生きていくときに心得なくちゃいけないいくつかのルールってあると思うんだけど、そういったものをね…、やっぱり修身って言葉がいいか悪いか知りませんがね、その、九九算と同じように刷り込みをしていくってことをしない限りね、やっぱりいくら大人になって理屈で説いてもダメですよね。私はそういう感じが、このごろ改めてしてきてるんですけども」

 「ま、それからね、その一つのきっかけになると思うけどもね、自分つい近い先祖のじいさんばあさん、ひいじいさんひいばあさんがですね…、まあトインビーが言ってるみたいにね、人類の歴史の中で奇跡っていうのはちょっと、なんて言うのかな、彼自身が日本の可能性を知らないからバカなこと言ったんだけれども。でも、注目すべき近代化ってのをね、有色人種の中で、要するに植民地化されずに逆にですな…、植民地を持つようになったことはいいか悪いかは分からんが、そういう仕事をなし終えたね、なんて言うんでしょうね、事実っていうものを、近代史、現代史を知ることでね、『へえー、何でこんなことできたんだろうか。なるほど、こんな日本人がいたか』ってことのね、認識のよすがに僕はやっぱり…、その、自分のじいさんばあさん、ひいじいさんひいばあさんがやった、近い先祖のやった仕事の…、評価は別にしてですね、とにかくそういうものをこう体得することのよすがに僕は、さっき言ったみたいな、修身っていうんでしょうかね、基本的なね、高等教育というか、責任教育というんでしょうか、そういったものがやっぱり必要なんだなということを改めて感じていますけど。私、今感じても遅いわね」

 「ま、東京の教育委員会、頑張ってくれてね。都立高校では近代史、現代史、必須にしました。とにかく大学生がね、60年前の太平洋戦争があったってことを知らないでいるような時代ですから。まあ、そういう国はやっぱり非常にいびつだとしか言いようがないと私は思いますね。その結果が今度のオリンピックですよ」

 −−先ほど知事が、日本勢が不振と言っていたバンクーバーオリンピックだが、注目されていた高橋大輔選手が日本の男子フィギュア史上初めてとなるメダルを取ったが。

 「いいんじゃないんですか、それは。一歩一歩。金メダルじゃないんだろ?」

 −−銅メダルだった。

 「まあ、銅から始めようだな、まさに。別にそれは、わたし否定もしませんよ。しかし快挙かね、それは。それほど」

 −−初めてメダルということで。

 「ま、結構でしょう。慶賀に耐えないとまでは言わないけどな」(産経新聞、2010.2.19)


 高橋が見事銅メダル、靴ひもの切れた(正確には元々切れていた結び目が解けた)織田は7位、4回転を決めた小塚は8位と日本勢が3人とも健闘した男子フィギュア。特筆すべきはやはり男子では史上初となる高橋のメダル。正に偉大な一歩となりました。引退も撤回したし、ソチ五輪は更に楽しみですね。

 さて、金メダルのため高橋も挑戦した4回転に関する騒動。ジャンプの得意でないアメリカが競技前からプルシェンコの表現力批判を展開し、ライサチェクの金メダルに結実させた政治力はさすがというほかありません。

 4回転を跳ばなかったとはいえ、ライサチェクの演技は完璧でした。一方のプルシェンコは4回転−3回転を成功させたものの全体的にスローな動きで全くキレがありませんでした。アメリカが主張するように表現力ということを考えて純粋に採点すれば僅差でライサチェクが優勝になるのでしょう。

 が、フィギュアの発展を考えるとやはりプルシェンコが勝つべきだったと思うんですよね。本人も言っているようにこれでは五輪で誰も4回転を跳びません。そもそもアメリカに4回転できる選手がいたらこんな論争になるわけがないのであって、競技性を重視するのであればやはり採点基準を変えて難易度の高いジャンプを成功させた選手が勝つようにすべきでしょう。

 最後にどうでもいい話。相変わらずの石原慎太郎節とそれを拝聴する産経新聞。あまりの酷さに記者がちょっと反論しているのが微笑ましいですね。高橋のメダルが何色だったのか記者に聞いていることで分かるように、スポーツ選手に対して尊敬の念どころか興味すらないのにどうして五輪誘致などを声高に叫ぶのか。マスコミや世論は國母の前にまずこの人を叩くべきでしょう。


<参照>
ウィキペディア エヴァン・ライサチェク
The night they killed figure skating By Elvis Stojko, Yahoo! Sports
バンクーバーオリンピック公式HP 男子フィギュア結果
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2010年02月14日

第60回ダイヤモンドステークス(GIII)

三連単 L→B→@・A・F・I=1万2000円
前回までのトータル:−130万0350円
回収率:40.8%
posted by リュウノスケ at 14:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 競馬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月09日

朝青龍引退のまとめ その2

 モンゴルから来日し、一時代を築いた元横綱・朝青龍(29)が4日、土俵を去った。日本相撲協会の調査委員会が暴行問題の全容解明に取り組んだが、真相は闇に包まれたまま。そんな中、急転直下で現役引退を決断した理由は何か。異例の展開をみせた元横綱の引き際を検証した。

 東京・両国国技館で相撲協会の理事会が開催された4日。朝青龍が会見する直前の午後3時40分、武蔵川理事長(元横綱・三重ノ海)がまず記者会見した。だが、「質問は一切受け付けません」と条件が付き、騒動を謝っただけで約2分間で切り上げた。朝青龍に事実上「引退勧告」を突き付けた理事会の内容は秘密にされ、かん口令が敷かれた。

 武蔵川理事長は理事会に決意を持って臨んでいた。理事選挙を経て2期目の続投が決まった1日、ある親方は理事長が「(朝青龍は)引退させるのが一番」と腹を固めた様子で話したのを聞いた。

 4日は、厳罰を迫るとみられた横綱審議委員会の臨時会合が午後3時から予定されていた。文部科学省もこの日を区切りに報告を求めていた。力士暴行死事件などが起きた北の湖前理事長時代は迅速な対応ができず、危機管理の甘さに批判が集中した。この時の教訓をどう生かすかは、武蔵川体制でも課題の一つだった。

 複数の出席者によると、午前11時から始まった理事会で意見は真っ二つに分かれた。武蔵川理事長、貴乃花理事(元横綱)、二所ノ関理事(元関脇・金剛)や外部役員らが処分を求める「厳罰派」。北の湖前理事長や友綱理事(元関脇・魁輝)らは調査継続の「慎重派」。激論が交わされた。

 「あとは何を調査するんだ」

 「警察に話を聞いてみたい」

 「警察は教えてくれない」

 協会独自の調査に限界があることが共通認識となるにつれ、流れは処分へと傾いた。ある外部役員は「処分をするとなると、法律上、事情を聴く必要がある」、別の外部役員が「今日、呼びなさい」と発言。急きょ事情聴取が決まった。

 2度の中断を挟んだ午後の会議は、朝青龍と師匠の高砂親方(元大関・朝潮)を呼んで、1月16日未明に知人男性に暴行があったのか聴いた。朝青龍は「酔っぱらっていて覚えていない」と答えた。

 武蔵川理事長が高砂親方に詰問する場面もあった。「責任を感じているのか」。高砂親方は「引退を勧めているが、本人の踏ん切りがつかない」と説明。一気に朝青龍本人の口から「引退」を言わせようという雰囲気になった。理事長の描く青写真通りに進んだ。

 ◇採決後、別室で3理事が引導

 考える時間を与えるため2人を別室に待機させた。理事会では議論もほぼ出尽くし、「引退もしくは解雇」で決を採ったところ、7対5と半数を超えて処分が決まった。この日、唯一の採決だった。

 午後2時55分、朝青龍と同じ高砂一門の九重(元横綱・千代の富士)、他の一門の代表として二所ノ関、暴行問題の調査委員長の友綱の3理事が別室に赴いた。「決断しないと解雇になるぞ」と、朝青龍と高砂親方に決断を促した。朝青龍はこの直後、引退を決意したとみられる。午後3時4分、3理事に先導され、2人は理事会に入り、朝青龍が「ご迷惑をお掛けしました。引退します」と表明した。その場で異論もなく、引退を受け入れることが決まった。

 弁明の機会に高砂親方は「何もありません」。理事会で、高砂親方は朝青龍に対する監督不行き届きを理由に役員待遇委員から主任へ2階級降格処分が決まり、翌5日になって発表された。(毎日新聞、2010.2.6)


 大相撲の横綱・朝青龍(29=高砂部屋、本名・ドルゴルスレン・ダグワドルジ)が4日、1月の初場所中に起こした知人男性への暴行騒ぎの責任を取って引退することを決断。同日、日本相撲協会に引退届を提出した。東京・両国国技館で行われた定例の理事会に召喚されて事情聴取を受けた朝青龍だが、実質的には外部役員らの強硬意見に屈する形で引退に追い込まれた。

 数々のトラブルを起こしてきた問題横綱がついに引退に追い込まれた。午後3時5分。理事会が行われている会議室から出てきた朝青龍は、群がる報道陣から「解雇ですか?」と問われると足を止め、10日ぶりに口を開いた。

 「引退します。いろいろお世話になり、世間をお騒がせしました」

 しょうすいした表情の朝青龍を囲む人垣が一気にざわめき、数人のテレビ局関係者が一報を伝えるために屋外へと急いだ。そんな周囲の慌ただしさに動じることもなく、目を真っ赤に充血させた朝青龍は「今は晴れたような気持ちです」と言葉を絞り出した。だが、その言葉とは裏腹に、突然の引退劇は事実上の解雇と言っていいものだった。

 この日、日本相撲協会が開催した定例理事会では当初、今回の暴行問題の真相を究明するために設置された調査委員会による中間報告を聞くだけで、処分の検討すら行われない予定だった。だが、横綱審議委員会の鶴田卓彦委員長が、午前11時開始予定の理事会に先駆けて武蔵川理事長に対し横審の総意として「引退勧告」を通告。その強硬な姿勢の背景には、適切な対応を求める文科省の存在と世論の反発があった。これを受け、武蔵川理事長は理事会の冒頭で横審が「引退勧告」に打って出る姿勢であることを発表。処分には至らないはずだった理事会の流れは、ここから一気に方向転換した。

 理事会では外部役員の吉野準監事が、元警視総監の立場から厳罰を要求。他の理事からも解雇を求める声が上がった。話し合いは紛糾し、理事会は朝青龍の召喚を決め、昼食休憩に入った。午後1時に再開された理事会では、12人の新理事を前に朝青龍サイドは示談した被害者の嘆願書を用意するなどして処分の軽減を求めた。

 だが、朝青龍が事件の経緯について「私は殴ってません」と否定すると、出席メンバーは一斉に反発した。吉野準監事、外部理事で元東京高検検事長の村山弘義理事(弁護士)らが「解雇にすべきだ」と激しく追及。理事会に「解雇」についての決を求めたが、賛成と反対が同数の6人だった。解雇反対派は「5場所出場停止」「大幅な減俸処分」などを提案したというが、午後1時35分に理事会は再び中断。一度退席した朝青龍は無表情で控室に戻り、再開を待った。

 午後2時30分に理事会は再開したが、今度は解雇を求める声が過半数の7人に増えた。午後2時56分、業を煮やした九重親方らが朝青龍の待機する部屋に出向き「このままなら解雇になるぞ」と迫ると、横綱はついに引退を決断。最後は高砂親方が「引退します」と切り出した。引退しなければ解雇。解雇となれば1億円を超える退職金も手にできなくなる。形の上では引退でも、その実は、限りなく解雇に近いものだった。

 横綱が優勝後に引退するのは大錦、栃木山以来3度目。数々の記録も樹立する傍ら、トラブル、騒動などの負の遺産も残した希代のヒール横綱にとっては“らしい”幕引き。だが、会見で流したのは「無念」の涙だったのかもしれない。

 ◆解雇と引退の違い 日本相撲協会の寄付行為によれば、解雇は理事会の議決により行うもの、引退は自分の意思によるとなっている。解雇は退職金が支給されないケースがほとんどだが、引退の場合は満額が支給される。横綱だった朝青龍には養老金と特別功労金が支払われる。(スポニチアネックス、2010.2.5)


 衝撃の決断!! 大相撲の横綱朝青龍(29)が4日、1月の初場所中に起こした一般人への暴行問題の責任を取って引退した。同日、日本相撲協会に引退届を提出し、受理された。日本相撲協会はこの日、東京・両国国技館で理事会を開き、朝青龍、師匠の高砂親方(元大関朝潮)から事情聴取を行った。理事会では事態を重くみた武蔵川理事長(元横綱三重ノ海)から「解雇」の提案もあったが、朝青龍自身が身を引くことで決着した。品格を問われ続けた横綱が、突然の幕引きで土俵から去る。

 決断のときが、きた。数々の問題を起こしてきた横綱が、いよいよ腹をくくる。「引退届」は用意していなかった。理事会での事情聴取の後、控室に戻ると、行司が書いた引退届にサインし、印鑑をつく。師匠の高砂親方とともに理事会にその引退届を提出。受理されて、土俵を去ることが決まった。

 「大変、ご迷惑をおかけしました。報道陣を騒がせて、そういうことで引退させていただきました。けじめをつけるのはボクしかいない」

 初場所中に起こした泥酔暴行問題で、「引退」だけが残された選択肢だった。この日の理事会開催前に、協会の諮問機関である横綱審議委員会(横審)・鶴田卓彦委員長(82)=日本経済新聞社元相談役=は、武蔵川理事長に横審としての重大な決意を伝えた。「引退を勧告する」−。

 この日の理事会で処分が引き延ばされた場合、朝青龍に引退を迫る覚悟を突き付けていたのだ。

 こうした厳しい姿勢は、理事会にも伝わった。事態を重く受け止めていた武蔵川理事長を中心に「解雇」を求める意見が次々と飛び出した。12人が出席した午前の理事会。処分については意見が真っ二つに割れた。多数決では「解雇」が6票、「5場所連続出場停止」も6票。過半数に達しなかったため、いったん中断された。午後に再開された理事会では「解雇」が7票となった。

 関係者によると、1月31日、高砂一門の理事でもある九重親方(元横綱千代の富士)から直接、朝青龍は引退を迫られている。だが、被害者との示談が成立していることなどから、朝青龍は首を縦に振らなかった。

 横審、理事会からかかる過去にない強烈な圧力。実力行使もなされた。午後の事情聴取の途中、3人の理事が控室にいた朝青龍を囲み、「このままだと解雇になるぞ」。九重親方をはじめ、理事の二所ノ関親方(元関脇金剛)、友綱親方(元関脇魁輝)が強く引退を迫った。引退しなければ、横綱として史上初の解雇へ。朝青龍も観念した。

 協会は監督官庁の文部科学省に「理事会から引退勧告が出て、朝青龍が引退した」と報告。事実上、引退の名を借りた“解雇”ともいえる。

 「解雇」になれば、約3500万円の力士養老金(退職金)や1億円前後とみられる特別功労金も手にできない可能性があり、両国国技館で引退相撲を開くこともできない。11年の土俵人生で築き上げたすべてを失ってしまう。会見を開いた朝青龍は「まさか、こういうことに飲み込まれることは頭になかった。自分の運命だと思う…」。

 入門時の体重は106キロ。軽量だったが、スピードあふれる取り口を磨いた。出世が早く、平成15年初場所後に、年6場所制となった昭和33年以降初土俵の力士として最速(幕下付け出しを除く)となる、初土俵から25場所で横綱になった。平成17年には全盛期を迎え、全勝優勝2度を含め年6場所を完全制覇。84勝6敗の驚異的な成績を残した。初場所では史上3位となる25度目の幕内優勝も果たした。

 品格を問われ続けた横綱だが、約20分間の会見では思い出の土俵を振り返るとき、涙もみせた。昇進のときから一人横綱。土俵を支えながら、日本文化への関心も低く、問題行動を繰り返した。そして、最後も「暴行問題」で…。横綱在位42場所(歴代8位)。相撲界に残した汚点は消えることはないが、モンゴル人力士で初めて横綱に上り詰めた功績も記憶に残る−。

 【朝青龍明徳(あさしょうりゅう・あきのり)】 本名ドルゴルスレン・ダグワドルジ。1980(昭和55)年9月27日、モンゴル生まれ、29歳。高砂部屋。平成9年に来日し高知・明徳義塾高相撲部で活躍。11年初場所初土俵。13年初場所新入幕。14年名古屋場所後に大関、15年初場所後にモンゴル出身力士として初めて横綱昇進。17年、史上初の年6場所全制覇と7連覇を達成。19年名古屋場所後、夏巡業への休場届を提出しながらモンゴルでサッカーに興じ、2場所出場停止処分を受けるなど数々のトラブルも起こした。得意は前まわしを引いての速攻、投げ。生涯成績は669勝173敗76休。幕内優勝は歴代3位の25回、殊勲賞は3回、敢闘賞は3回。1メートル84、154キロ。

 【朝青龍の暴行問題】 1月28日発売の「週刊新潮」に掲載された。朝青龍は初場所中の16日午前4時すぎ、東京・西麻布で飲食店責任者の男性を相手に激高。自動車の後部座席で顔面にパンチを浴びせ、運転手に「川へ行け」と命令。「お前をそこで殺してやる」と脅しながら暴行を続けた。男性は近くの路上で車を降り、交通事故処理中の麻布署員に「車内で殴られた」と被害を訴えた。男性は鼻骨骨折、頭部打撲など全治1カ月の重傷と診断された。

 初場所千秋楽の翌25日、武蔵川理事長に朝青龍とともに呼び出された師匠の高砂親方は「(被害者とは)示談をしている」と報告したが、28日の理事会で示談は成立していないと前言を撤回。また、当初は横綱の個人マネジャー、一宮章広氏が「(被害者は)自分です」としていたことで、理事長には2つの“虚偽報告”がなされた。

 また、暴行問題を捜査している警視庁は、突然の引退表明にも「進退と捜査を結び付けて考えていない」(幹部)と冷静に受け止め、捜査方針に変更はないとしている。警視庁は来週以降に知人男性から事情を聴いたうえで、朝青龍からも任意で事情を聴く方向で検討している。(サンケイスポーツ、2010.2.5)


 朝青龍の突然の引退を受け、格闘技界は続々とラブコール。昨年、朝青龍が観戦したこともあるSRC(旧戦極)の関係者は「寝耳に水で何ともコメントできない」と慎重姿勢ながら、その一方でSRCを傘下に置く日本格闘競技連盟の福田富昭会長は「あれだけの技を持ちアスリートとして一流の横綱が引退するのは残念。一度会って話したい。どの世界に行くにしても成功してほしい」と元横綱の獲得に前向きな姿勢を示した。

 昨年大みそかにSRCとDynamite!!を共催したDREAMの谷川貞治FEG代表が「本人の状況が分からないので何とも言えないのですが、引退後の動向には興味はあります」と言えば、笹原圭一DREAMイベントプロデューサーも「興味はあります」と朝青龍次第ながらも、獲得に動く構えを見せた。

 横綱の地位を失った朝青龍には厳しい現実が待っているが、まだまだ日本で稼ぎたいというのが正直なところ。引退したとはいえ人気者の朝青龍に対するニーズは多い。今後の動きから目が離せない。(スポニチアネックス、2010.2.5)


 朝青龍は母国モンゴルでは、一族で「ASAグループ」という企業集団を経営している。高級ホテル、投資銀行、旅行代理店などの経営のほか、国営サーカス施設も買収し、2008年8月にはそこで大相撲のモンゴル巡業も実現させている。

 モンゴル事情通によると、ASAグループは20社前後あり、こうしたファミリー企業を築き上げた原資はやはり日本で稼いだ金。「横綱の年収は2億円といわれるし、テレビCMに何本も出た。そうした金をモンゴルに送って会社を興したり買収したりしたのだろう」(事情通)。

 ただ、ファミリー企業の経営は必ずしも順調ではないようだ。

 「傘下の投資銀行は一昨年秋のリーマンショックで巨額損失を出したうえ、昨年夏にはモンゴルでも政権交代があり、余波で経営がうまくいっていないといううわさがある」(大相撲関係者)

 今後、帰国すれば国会議員を目指す可能性も。08年6月には旭鷲山が野党・民主党から立候補してトップ当選で国会議員になったが、「次の選挙は12年で朝青龍が出るなら人民革命党からでは」と事情通は指摘した。(サンケイスポーツ、2010.2.5)


 ちょっと遅れましたが、朝青龍は潔く引退したわけではなく3理事から死刑宣告されただけだったというニュース。

 「「解雇」になれば、約3500万円の力士養老金(退職金)や1億円前後とみられる特別功労金も手にできない可能性があり、両国国技館で引退相撲を開くこともできない。11年の土俵人生で築き上げたすべてを失ってしまう」(サンケイスポーツ)

 問題は今後の展開。「ASAグループ」の経営もそんなに順調ではないようなので総合格闘技に挑戦することも十分考えられます。対戦した力士は「どんなスポーツをしても超一流になっていただろう」と口を揃えるほどずば抜けた運動能力を持つ朝青龍。「打倒ヒョードル」は石井慧よりもこの人に相応しいような気もします。

 ハワイでのツーショットなんて石井が朝青龍の付き人にしか見えませんでした。オーラというか存在感が違います。格闘技ファンとしては現役感のあるうちに総合のリングに上がってほしいところです。
posted by リュウノスケ at 01:09| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする