2009年09月26日

土井正三逝去

 プロ野球の巨人で内野手として9連覇に貢献し、オリックスの監督を務めた土井正三(どい・しょうぞう)氏が25日午後零時24分、すい臓がんのため東京都内の病院で死去した。67歳だった。神戸市出身。葬儀は29日午前10時半から大田区池上1の1の1の池上本門寺で。喪主は長男健一(けんいち)氏。

 兵庫・育英高から立大に進み、65年に巨人入り。堅実な二塁守備とチームバッティングで当時の巨人が導入したドジャース戦法を実践し、長嶋茂雄と王貞治の両スター選手の脇を固めた。

 73年までの9年連続日本一に貢献。ベストナインにも2度選ばれた。78年の引退まで通算1586試合に出場、打率2割6分3厘、65本塁打、425打点。

 巨人のコーチを2度務めた後、91年からオリックスを3年間率いていずれも3位となり、この間に田口壮(現カブス)らを指導した。07年3月にすい臓がんの手術を受け、療養中だった。(時事通信)


 土井さんが亡くなりました。イチローを干した監督として有名になってしまったわけですが、改めてウィキペディアを読んでみるとコーチとしては優秀だったんですね。一茂に暴言を吐かれた話など秀逸です。

 個人的な思い出としては93年に車を運転してグリーンスタジアム神戸まで行きガラガラの内野スタンドで見たデーゲーム。その当時、すでに野球ファンの間で鈴木一郎のことは有名だったので鈴木が試合に出ないのを残念に思いつつ、盛り上がりに欠ける展開で唯一タイ・ゲイニーの2打席連続ホームランに興奮しました。

 ところが土井さんはタイ・ゲイニーの次の打席に代打。「えっ」と思いました。落合監督の「完全試合」山井交代みたいな。びっくりしているとその代打の人(名前は失念)がホームランを打ちました。まさに土井マジック。

 いま思い返すと代打というかその前の守備から交代していたような気もしますが、とにかくタイ・ゲイニーの3打席連続ホームランが見られなくてしょんぼりした記憶があります。試合というのは客を喜ばせるためにやっているのではなく、勝つことが目的なのだという川上巨人で学んだ野球哲学があのような采配になったんでしょう。

 イチローに関してはウィキに書いてあるように干したというより外野に高橋智、本西厚博、藤井康雄、タイゲイニー、柴原実、山森雅文と層が厚かったというのがあります。打撃理論に関しても現在イチローは「振り子打法」をやめているし、若い選手にも受け継がれていないように、王さんの一本足打法同様極めて習得が困難で当時土井さんが批判したのも分からないではありません。川上監督だって若き日の王さんに一本足打法やめろって言ってますからね。

 その後、日本中がイチロー礼賛の嵐となり仰木監督と比較して土井さんには常に毀誉褒貶が付きまといました。しかし、こういう頑固親父的な人もいた方がいいと個人的には思います。長嶋さん的「陽の人」ばかりでは球界に深みが出ませんから。陰翳礼讃です。土井正三さんのご冥福を心よりお祈りします。


<参照>
ウィキペディア 土井正三
posted by リュウノスケ at 00:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 訃報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする